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第15話:さてさて瀬栾さん、次は何処行く何をする?お化け屋敷なら任せとけ!…って、あれ、全然怖くない!?やっぱり可愛いは正義だな!文化祭編Part.5.2

「ひゃぁあっ!」


 そのなんとも可愛らしい声は、俺の腕を抱いたまま離そうとしない瀬栾から発された。


「そんなに怖いか?」

「さ、サンサロール様は、きゃっ!大丈夫、ひゃうっ!なんですか!?」


 ……。

 可愛いなぁ。

 これだけ怖がってもらえると、お化け側の人も冥利に尽きるってもんだよ。

 瀬栾は今にも泣き出しそうになりながら必死で俺にしがみ付き、やはりそう簡単には離そうとしない。

 もう本当に、可愛いなぁ!

 …と、瀬栾に視線を奪われていたが、俺の瞳は視界の端で何やらぴょんぴょん飛び跳ねて怖がってますアピールをしているこれまた愛らしい二人組のこともどうしても気になるようだ。


「…全く」


 瀬栾以外に、俺の直近には穂美と姫音ちゃんがいた。

 鶸ちゃんは今おそらく背後にいる。

 この殺気は間違いなく鶸ちゃんのものだからね。


「サンサロール様、ヒィィッ!た、たの、楽しんdあぴゃあっ!」


 怖がりながらも俺の事を考えてくれる瀬栾。

 なんて良い娘…っ!

 俺は神に感謝しつつこの状況を謳歌する。


「ほらアリス、いい?参巻が来たら『うらめしやーっ!』よ?いいわね?」

「…わかった。つゆちゃんも、ちゃんとやってね」

「な、何でつゆがアリスに心配されなきゃなのよっ。大丈夫に決まってるでしょ?」


 ……。

 多分この話は聞いてはいけなかったのだと思うが、ひそひそと言い合いをする二人の声はおそらくお化け屋敷中に広がっていた。

 俺は周囲を見渡す。

 案の定、露葉とアリスさんの会話を聞いたせいでお化け屋敷内にも関わらず微笑ましい雰囲気が漂っているのが分かる。


(怖がらせたいんだろうなぁ…)

(出てきたら怖がってあげよう…)

(可愛いなぁ、この二人組)


 そんな空気が室内には溢れていた。


「さ、さささサンサロール様ァっ!ま、前!前!」

「うぉっ!?どうした瀬栾!?」


 突然大声で指示を出す瀬栾。

 思わずその気迫に負け、改めて前を向いてみる。

 …と、そこには。


「うーらーめーしーやー?」


 ……。

 お、おう。

 アリスさんですね分かります。

 えー…っと、うん。

 あのー、その、…はい。


 多分猫耳をつけたままな事は完全に忘れているのであろう白いシーツに全身を包んだ、THE・お化けに扮したアリスさんがそこに現れていた。

 しかも何故か疑問系の『うらめしや』。

 何この可愛い生き物。

 そして俺はどうすればいいのだろうか。

 セオリー通り、驚くべきか。

 いや、相手はあのアリスさんだ。寧ろこの姿を愛でるべきなのかもしれないが…。

 いやしかしそれでも恐怖するべきなのか。


「ん、しょっ…と。どう?こわい?こわかった?」


 シーツ脱いじゃうのかよ!

 もうただのアリスさんだよ!

 ただただ超可愛いだけの全然怖くない女の子だよ!

 言いたいことが山ほど出現して脳裏を駆け巡る中、アリスさんの直ぐ後ろからまた一人やっかいなのが。


「にゃぁぁあ!化け猫のツユだにゃぁーっ!」


 は?

 何を言っているんだこの可愛い生き物は。


「ひゃぁぁっ!?な、なになに!?サンサロールさ、ぴゃきゃぁあ!?」

「お、落ち着け瀬栾。大丈夫、アレは怖くない、怖くないから」


 こちらはこちらでパニックに。


「サンサ、ロール様ぁっ!こ、こここ怖いですよぉーっ!」

「そんなに怖いか?」

「うらめしや?うらめしやって、なに?」

「こらアリス、聞いちゃダメでしょ!」


 本格的だったお化け屋敷は一瞬にして微笑ましい『お化けちゃんのお遊戯会』と化してしまった。…一名を除くが。


「ここでずっとやりあってるのも次の客に迷惑だし、とりあえず順路に沿って進むぞ」

「は、はひぃッ!」

「ありすも、いく」

「あっ、ま、待ちなさいよ!」

「つゆ姉…か、かわええなぁ〜…」

「姫音、あなたなんかキャラ変わってない?それに、一番可愛いのはお姉ちゃんに決まっているじゃない」

「お兄様、お隣のお化けはわたくしにお任せをっ!一網打尽にして差し上げます故」

「そんな事しなくても大丈夫だ」

「で、では、お兄様に先程から接触しているその女を一網打尽に」

「瀬栾には何もするんじゃないぞー」

「お兄様…、はぁ、全く、なんてお優しいのかしら…」


 兎にも角にも、俺たちはなんだかんだで大所帯グループとなってお化け屋敷を回ることとなってしまった。


「ところでなんだが、どうして二人がここにいるんだ?」


 露葉とアリスさんがここにいる理由を尋ねるのをすっかり忘れていた。露葉は流市と共に空気を読んでくれて、アリスさんはシアにお説教(仮)をしていたハズなのだが。


「お答えしよう参巻くんよ!」


 お化け屋敷も終盤、あとは出口から出るのみとなった位置で流市が現れた。

 あぁ、そういえばここに入れたのこいつのおかげ、というか今思えば差し金だったな。

 謎のドラキュラ(?)に仮装した流市は高らかに語り始めた。


「それは遡ること数分前ー」

「あ、悪いな。別に急ぎってわけじゃないんだがその話はカットしてくれ」

「お、おぉう」


 長くなりそうな出だしの語り部を一網打尽にして差し上げた。


「いいだろう?こういうのも」

「何がいいんだよ全く」

「いやほら、露葉様のコスプレをもっと見たかっ…じゃなくてお前に見せてやりたくてな!」


 あー、はいはい。

 そういうことか。


「どう?つゆの魅力に溺れちゃう?溺れちゃう?」


 お化けしてたんじゃなかったのか露葉よ。


「ありすも、まけてない。あとのてきは、せらのみ」


 瀬栾を敵視してたのかよ!

 つーか露葉は既に討伐済みなのかよ!


「フハハハハ!楽しんで貰えたなら光栄光栄」

「ん、まぁ楽しかったんだけどー…」


 流市の心遣いは確かにありがたいし、何よりサプライズ的な嬉しさがある。

 しかし今回はちょいやりすぎかな。


「さ、サンサロール様ぁ〜…、も、もう限界、です…」


 涙目のまま一番このお化け屋敷をその定義通りにリアクションする瀬栾ちゃんが、ドラキュラ流市の出現によってトドメを刺されてしまった模様。

 『キュ〜』みたいなSEがよく似合う気絶であった。


 数分後、瀬栾に気が戻ったのはお化け屋敷から俺によって搬送された保健室のベッド上だった。


「お、気が付いたか」

「ん…、はっ!?猫っ!?」


 何故に猫なのかは未だに謎であるが、深層心理的な何かに触れそうなのであまり踏み込まない。


「もう、大丈夫だからな。ここは保健室だ」

「あ、あたし、お化け屋敷に入って、えーと、黒猫にしがみ…つい…て…っ!?ち、違うの!あれは違うのよ!?怖かったからとかそういうのじゃないの!!ひゃうぅ!あたし何であんなこと…!?あー!あー!恥ずかしすぎて辛いぃ!」


 普段見られないよく喋る瀬栾に俺は動揺を隠せない。

 が、やっぱり『瀬栾は可愛い』に辿り着いてしまうファクターであり、結果的にはある意味でご褒美を貰った気分になる。


「ところで気分はどうだ?もう大丈夫かとも思うんだけど」

「…そ、そうね。別に悪くないわ。ただ…、やっぱり、くぅぅ!見ないで!こっち見ないでよぉ!」


 どうやらよほど恥ずかしいようだ。

 思い出させるのは、まぁ、酷かな。

 因みに露葉とアリスさんは二人揃って全力でついて来ようとしていたが、保健室に入る手前で保健室の先生に入室を拒否されてしまったのだ。

 故に、彼女達がこの部屋の出入り口付近で先程から色々話しているのがちょくちょく聞こえる。


「いい?アリス。ここは出てきた参巻を責めちゃダメよ」

「…それくらい、ありす、わかる。つゆちゃん、わかる?」

「っ!な、何でつゆがアリスに教えられなきゃならないのよっ」

「つゆちゃん、ほけんしつのまえで、おおごえはだめ。わかる?」

「ぐぬ…、そ、そうね、つゆ大人だもん。静かに出来るもん!」

「まだ、おおきいよ?しーっ」

「…っ!も、もう!アリスのバカぁーっ!うわーんっ」


 …き、聞かなかったことにすべき、だな。うん。

 露葉には後で甘い物でも奢ってあげよう。

 保健室の先生も流石に笑いを堪えている。

 本当すみません、騒がしくて。


「もう大丈夫そうね、楠町さん。気分が良いようなら、退院してもいいわよ」

「退院って、そこまで酷くないですよあたし」

「あら。楠町さんここに来た時彼にお姫様抱っこされてたから、てっきりキスでしか治らない重症かなーなんて思っていたのだけれど?」

「ふぇ、ふぇぇぇえ!?」

「お、落ち着け瀬栾!そそそそんな病気があるわけないだろう現実に!」

「そうかしら?確か海外の有名大学の研究で、キスで病気が治ることが証明された例があったよーな…」

「いいです!別に思い出されなくて大丈夫ですから!お、俺達はしませんよ!?しませんからね!?」


 全力で拒否したからであろうか。

 どことなく隣にいる瀬栾が落ち込んでいるような気がする。


「あ、あぁいや、したくないわけじゃないんだ!瀬栾とキスしたくないから拒否したんじゃなくて!ここ!ここは保健室だから!不健全!オーケー!?」

「あらあら?保健室だから、出来ることもあるわよ?(笑)」


 頼む先生!

 あんたもう余計な事を言わないでくれぇ!

 あーもう!

 瀬栾ちゃんが顔真っ赤にしてしまっている!

 何を想像したんだいや俺はそんな変な事は考えて待てやめろ妄想よ止まれここは保健室でベッドもあってカーテンで外部からの視線も遮断できてだから待てぃふしだらな想像を消すんだ俺そして瀬栾よ!!


「ふふふ、青春してるわねぇ」

「ほ、ほっといて下さいよ…」


 これからは保健室であれど警戒する必要がありそうだ。

 過ちを未然に防ぐ為にね!

 心の準備もあるしね!


「猫…、ちょ、ちょっと、いい?」


 そのセリフを言いながら上半身を急に起こしてベッド周りのカーテンを勢いよく掴んだかと思うと、そのままカーテンを投げるようにして閉めた。

 って、えええ!?

 閉めた!?

 閉めちゃいましたよ!


「あら?彼女さん、やるわねぇ〜っ!」


 もうこの人を保健室の先生として見てはいけないような気がする。


「ま、ままま待ってくれ瀬栾!その、俺、ほら、まだ心の準備が…!」

「お願い聞いて!」

「せ、瀬栾?」

「あの、ね」


 何を言われるのだろうか。

 いや、なにを言われても真剣に受け止めよう。


「…?あれ、こえ、しなくなった」

「全くもう!アリスにいじめられるなんていつものことじゃない。つゆったらバカみたい。って、アリス?何してるの?」

「しーっ!つゆちゃん、なにか、へんなの」

「変って、まぁ、確かに急に静かになったような…」


 そんな保健室の外の会話など俺と瀬栾に届くわけもなく、瀬栾は続けて言い放つ。

 究極の選択を。


「…お願い、答えて。…猫は、サンサ…ううん、違う。さ、参巻は!参巻は、あたしじゃ…ダメなの!?」


 むむっ!?

 突然のこと過ぎて頭がうまく追いついていかない。

 それに瀬栾に「参巻」って呼ばれることがこんなにも嬉しいとは思ってもみなかった。全身が熱いよ!?今なら俺の近くでBBQし放題かもしれないね!保健室だがな!あ、でもこんな保健室なら何してもいい気がする!って、そんなことはどうでも良くてですね!?


「ダメって、そんなわけないだろ」

「でも!参巻、あたし以外の女の子にいつもいつも…」


 普段なら絶対に言いそうにない事を口にする瀬栾。

 それに、何故か瀬栾の口調は二人きりの時と同然なものになっている。だった一枚のカーテン越しには先生がいるというのに。

 そして俺は漸く気付く。

 今まで、本気で想いを伝えることが出来なかった、瀬栾の辛さに。


「そう、だな」

「あたし、悪い子だよ。とってもとっても、悪い子だよ?」

「悪いって、どうしてそんなことを…」


 見え透いた解答がそこに当てはまることなど当然だったが、俺はその答えを敢えて聞く。

 これまで溜め込んできた瀬栾の想いを少しでも受け止めるために。


「本当はね、露葉さんやアリスさんにはあなたの隣にいて欲しくないの。隣には…あなたの、参巻の隣にはあたしだけがいていいの!そう思ってるとってもとっても悪い子なの!」


 そこには、本音があった。

 何を隠すこともない、純粋な本音があった。

 俺はそれにどう返せばいいのか、と全身全霊をもって知り得る限りの語彙を模索する。

 しかしやはり、この訴えに応えるにはどれもが安いような気がしてしまって。

 結局、無言のまま瀬栾を抱きしめることしか出来なかった。


「あたしは…悪い子なのに…。どうして、みんなあたしに優しく…っ!何でよ…。ずるいよ…」


 抱えていた闇の突然の解放に、瀬栾の心はギリギリで耐えているようにみえた。


「…ねぇ、アリス。つゆは、これからどうしたらいいのかな。つゆは、これから先参巻の隣を歩いてもいいのかな。…ねぇ、どう、なのかな」


 瀬栾の心の叫びを保健室の外で聞いてしまった二人にとっては、知りたくなかったことだろう。いや、あるいは分かってはいたが改めて言葉の力を知ってしまった、というところであろうか。

 どちらにせよ、露葉もアリスも、受けてしまったダメージはかなりのものであったに違いなかった。

 しかし。


「ありすはね」


 不意にアリスは露葉に語りかける。


「ありすは、しってたよ?せら、ダーリンのこと、すき。…でもね、ありすも、ダーリンのこと、すきよ。だから、ありすは、にばんめでもいいの」


 そのセリフは、露葉にとっては到底理解出来ないものだった。だが、同時にそのセリフは、絶望まみれになってしまった今の露葉にとって、予想外の希望の光でもあった。


「…強いんだなぁ、アリスは」


 アリスの心の強さに降参しつつ頬に一筋の涙を光らせながら笑顔を作る露葉のその姿は、閑散とした保健室前の廊下に寂しげな蜃気楼となって佇むしかなかったのだった。


「そろそろ退院してくれないかしら?お二人さん」


 明らかに眠そうな顔をした保健室の番人先生が唐突にカーテンを開けて来た。

 おい少しは躊躇というものをだなぁ。

 もし今ここで俺たちが不純なことに及んでいたらどーするつもりだったんすか先生。

 いややってないよ?

 別にそのつもりもなかった…とは言い切れないかもしれないけど流石にね?場所は考えて…え、何?「保健室は『立派な場所』だ」だと?うるせぇやっぱりあんた保健室の先生とは思えねぇ!


「瀬栾。俺も、瀬栾に言いたいことがあるんだ。いいかな?」

「…あ、あたしに?…いいわ、言って」


 そして、俺は一つ大きな深呼吸をする。

 これから口にする決断が、どんな結末を迎えたとしても、冷静に受け止めるために。


「俺、もう迷わないよ」

「え…?」

「俺のこの気持ちは、正しかったんだって、そう思えるから」

「それって、どういう」

「俺さ、…実家に帰るよ」

「えっ…」


 その言葉には、沢山の意味を込めた。その一つ一つを理解するには、ほぼ無理な量の情報を含んでいた。

 それを瀬栾が理解出来たかどうか、こればかりは分からない。

 だが、何故だかこの決断が今の俺が答えられる最尤な解答だということだけは分かる。


「待って、どうして?あたしが悪い子だから?あの二人がいるから?何で?え、待ってどうして?」


 最初こそこう言いつつ混乱した瀬栾だったが、数秒としないうちに何か感じるものがあったようで。


「…そっか。うん、分かった。分かったわ。そうよね。それが、…参巻の、答えなのよね」


 このセリフが、決して投げやりに発されたものでないことをその表情から感じ取った俺は、この状況下で精一杯の微笑みを見せて頷いた。

 多分、この上なく苦笑いに近かったろうと思うが。


「アリス、つゆは決めたよ」

「ありすも、きめた」

「そう。まぁ、そうなるわよね」


 保健室の外にいた二人にも、どうやら参巻と瀬栾の状況は伝わったようだ。

 二人も、瀬栾と同じ決心をしたようだった。

 俺と瀬栾は保健室を出た後、教室で始まっていた文化祭の片付けに参加した。

 片付けの後には全校集会が行われ、その後、後夜祭が行われる予定だ。


「さーて、そろそろ校長先生のありがたーいお話タイムがやって来るわけだが…その前に参巻くん?ちょっといいかな?」


 意味ありげな表情と共にそう言って俺を呼ぶ流市。なんだかんだでこいつには礼を言わなきゃならないような気もするし、誘いに乗って階段の踊り場へ向かう。


「なあ、どうだったんだ?」


 二人きりの場所で、ワクワクした目でこちらを見る男子。一歩間違えればヒイィなんて恐ろしい構図。あ、待って下さいよそこの通り掛かりの手提げを今床に落とした女子お二人さん!何で二人ともお顔を真っ赤にしながら手に持ってる資料で口元隠してコソコソ話し合ってるんですか!?

「…やっぱり逆カプもありよ絶対」「きゃあぁ!わたしどーしよ、前々から【りゅう×さま】ありだと思ってたのっ!はぁぁ〜…。きゃあっ!」

 !?

 !?!?

 なんだその悍ましいカップリングフレーズ!?

 今その手の女子の間ではそんな事になってたのか!?


「なぁ、どうだったんだよ?感想、聞かせろって」

「きゃぁぁあっ!感…想…っ!やばいやばいやばいっ!わたし壊れるかもぉ〜!」

「すまん流市、場所変えよう」

「ん?おお、別にいいけど?」


 盛り上がってるところ申し訳ないが、俺は流市を連れて階段を駆け上がり、屋上へ出た。

 これ以上は刺激が強すぎる行動に出たと勘違いしたのかどうかは分からないが、例の女子二人組は追っては来なかった。

 …後で露葉にでも聞いてみよう。

 あの娘なら何か知ってるかもしれない。

 俺周りの情報は多分、俺自身より詳しい気がする。

 あれ、それってもっと問題なのでは?とも思ったが、それより先は考えてはいけない気がしたので思考を強制終了した。


「それで、どうだったんだよ、楠町さんと」

「あ、あぁ、ごめんな何度も言い直させて。そうだな…とりあえず、次のステップに進めたような感じ、かな?」

「次の…ねぇ」

「あぁ。お前のおかげでってのがちょっと悔しいが、今回は色々世話かけたな」

「おいおい、らしくないぞ参巻くん?俺とお前との仲じゃないかハッハッハ」

「お前ならそう言うと思ったよ」

「…と、言うわけだそうだよ」

「?」


 突然流市のセリフが別のターゲットにベクトルを変えた。

 そして、屋上の出入り口から、露葉が出て来た。


「つ、露葉!?何でここに」


 不意な展開に俺は慌てる。

 流市の策士め、おそらくはさっきの女子二人組も仕掛け人だな。

 まんまと嵌められたわけだ。

 露葉は、ゆっくり、じわじわとこちらへ近づいて来る。


「参巻、つゆね、やっぱり絶対伝えなきゃいけない事があるの」


 ドクン

 急な展開に対して驚いたからだろうか。

 心臓の音がいつもより数倍大きく聞こえる。


「参巻がつゆのことを好きかどうかは、この際もう考えない」


 ドクン

 おい、何言って…。

 や、やめてくれ。

 それ以上は言わないでくれ。


「つゆが、つゆが参巻をね」


 ドクン

 やめろ。

 やっと決めたんだ、やっと決意を固めようとしているんだ。

 それを突き付けられたら、俺は、俺はどうすればいいんだ。


「つゆが参巻のことを好きなの!」


 カランカラン

 缶のジュースが俺の方へと転がって来た。

 まさかこんな状況で一緒に飲もうと露葉が用意した物ではない。

 俺は動揺したまま視線を出入り口へと向ける。

 そこには両手に溢れんばかりの缶のジュースを持ったアリスさんが佇んでいた。


「アリス…さん?」

「アリスっ!?何であなたが!?」

「おっと雪星さん?一つ残念なお知らせがあります。ボクはキミのファンでもありますが…それ以上に参巻くんの親友なのよ。分かる?まぁその親友が荒波に飲まれて困ってるのを、黙って見過ごせるわけがないんだわ」

「いや、で、でもどうして」

「むむむ…。ちょいと説明が足らなかったようだねぇ。ボクはねぇ、フェアなのが好きなんだよ。フェアなのが。そう、つまり平等って事だね。これで分かってもらえたかい?」


 その言葉には、俺としても正直驚いた。

 てっきり恋路のお節介程度かなと思っていた様々な行動は、裏で俺の未来を考えていてくれていたものだったのか。


「だから申し訳ないけど、雪星さんに対してだけ特別な対応ってのは、ね?それに…、最後に全てを決めるのは、他でもない自分なんだヨ。当たって砕けようが砕けまいが、幸せになる道を模索する権利は誰にだってあるワケ」

「…く…たくない」

「ん?」

「砕けたくない!」

「いや、それはボクに言われましても」

「砕けたくないよ!当たり前じゃない!ずっと!ずぅーっと、毎日毎日参巻のこと考えてるのに!それなのに…それ、なの…に…ッ!つゆ、絶ッッ対に、負けてなんかあげないもん!負け、ないもん…うっ、うぅ…っ負けないっ…絶対、絶対に…」


 アリスさんはこちらへ来ることもそのまま帰ることもせず、視線の先で泣き崩れる露葉のことをじっと見つめている。

 まるで、露葉の想いをしっかりと受け止めでもしているかのように。


「はぁ。まぁ俺がしてやれるのはここまで、かな」

「ッ!お、おい、露葉泣かしてそれは」

「泣かしたんじゃない。泣いたんだ。もういいだろ、参巻。そろそろちゃんと答えてやっても」


 そう言い残して、流市は屋上を後にした。

 戻り際に、アリスさんに何かを呟いていたようにも見えたが、今の俺にその内容を言及するような余裕はなかった。

 ただただ、目の前に聳え立つ覚悟と現実という最高難易度の塔に圧倒されていた。

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