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第14話:都涼祭で俺が得た経験は、これからの生活を…って、人がいい事っぽいセリフを…あぁ、いや、違うんだ瀬栾!デートが嫌とか、そうじゃなくて、くぁあ、緊張感半端ねぇよ!文化祭編Part.5.1

 アリスさんを教室まで送り届けた俺は、最後に控えている瀬栾とのデートについて考え始める事となった。明日のデートは色々と油断が出来ない。

 今までにもデートは実行して来たが、これといって何か特別な事をしたようには思えない。

 思い出こそあるものの、何処でも見られるような青春の一ページに過ぎない気がしてしまう。

とりあえず、アリスさんとのデートをゆっくりと心に刻みながら、一日を締めくくった。



「今日こそは…」


 気合いを入れる。

 一応デートコースは用意してみた。

 今年の都涼祭でとあるクラスの出し物が一番の注目らしいので、そこをとりあえず選んでみたのだ。

 俺達のクラスもなかなか有名ではあるが、主にFCの方々に占拠されてしまったような状況なので、残念ながらサービス内容等の詳しい情報を纏った噂や知名度は、そのクラスに劣ってしまったのだ。

 俺は緊張した自分を落ち着かせようと目を瞑り、暫しの間深呼吸を…と目を閉じて数秒後、その気合いを尽くなかった事にするかのように、ある女子生徒の人差し指が俺の頬をつついている事に気が付いた。


「なーにしてるのっ?サンサロール様っ」


 いつになく機嫌が良いような声を上げる彼女は、俺の顔を覗き込んでいた。


「な、何でもないよ」

「そんなに堅くならなくても大丈夫なのに」

「そんな風に見えるかな…」

「見えます」

「よ、よし!そう見えないようにしなきゃだな」


 瀬栾に気を遣わせてしまったようだ。

 うーむ、この空気はあまり良くないぞ。

 何とかしなければ。


「あっ!」


 瀬栾が突然何かを思い出したように声を上げた。

 それと同時に、俺の背後に広がる廊下の突き当たりの方に軽く目で合図のようなウインクをした。

 その後、徐々に瀬栾は表情を暗くしてしまった。

 俺は気になって振り向くが、そこには人影はなかった。


「サンサロール様?」

「ん、な、何だ?」

「あ、いえ…。その、あの、あたしと二人きりでのデート、サンサロール様は楽しくないのかもしれないなって、ちょっと思っちゃって」

「そんな事ない!」


 思わず声が大きくなってしまう。

 瀬栾が驚いて少し瞳を大きくしているのが分かる。


「あ、その…、ごめん。でも、本当にそんな事はないよ」

「それなら、いいんですけど」


 ?

 どうしてだろう。

 いや、そういうより何があったのだろう。

 瀬栾の表情がやはりどこか暗くなってしまっている。

 さっきまでの笑顔は一体何処へ行ってしまったのやら…。

 あのウインクの理由も分からないし…。


「瀬栾こそ、俺と一緒で…あ、悪い、何か変な事聞いてるよな」

「あたしは、この時間が、物凄く待ち遠しかった、です…」


 若干作っているのが分かる笑顔を見せつつ、そう答える瀬栾。

 声は完璧に出来ても、表情はやはり完全には作れない、という事なのだろうか。


「お、俺もだよ。めちゃくちゃ楽しみだ!」


 俺は瀬栾の表情を、それに何より気持ちを壊したくなくて、必死になって応答する。


「…優しいんですね、サンサロール様は」


 デート始まりに呟かれたその小さな声の一言は、見えない針となって俺の胸に刺さった。

 何だ?

 何が瀬栾に不安をけしかけているんだ!?


「と、とりあえずさぁ、まず何処か行こうぜ」

「そう、ですね」


 どーすればいいんだ…。

 何でこんなにテンションが低いんだ…?

 二人きりだからなのか!?

 いや、でも本当に二人きりなら瀬栾の口調が変わるから、今は近くに知り合いがいるわけで…。

 ん?

 知り合いが近くに?

 ここで俺は気が付く。

 文化祭がやっているとはいえ、俺は瀬栾と二人きりの時間を作ろうと人のあまりいない場所で催し物のない準備室や理科室等の特殊教室の並ぶ第二校舎の三階を選んだのだが、瀬栾の口調は全くそれらに影響されていない。

 つまり、これらが導く答えは。


「ちょ、ちょっとここで待っててくれないか?」


 俺は瀬栾を廊下の壁側へ誘導し、何か飲み物でも買って来るよと言い残して俺の背後の廊下の奥、突き当たりにある階段へ向かった。

 瀬栾は何かを言いたそうにしつつ半分それを諦めたように俺へと伸ばした左手で空を握る。


「はぁ。やーっぱりそーいう事か…」


 俺が向かった先、そこには、露葉、アリスさん、そして流市の姿があった。

 それぞれがビデオカメラ、スマホ、校内地図を持ちながら完全な尾行体制をとっていた。


「や、やぁやぁ『サンサロール様』くんよ。元気してたァ?(笑)」

「『元気してたァ?(笑)』じゃねーぞコラ。何やってんだ全く」


 半ば呆れ気味に聞いてみる。

 すると、アリスさんが確実に嘘泣きだと分かる演技で俺に襲い掛かって来た。


「うっ、うっ、だぁりんが、せらに、おもしろいことするよって、このひとにいわれたの。だから、ありす、わるくない。うん。わるくない。ねっ♪」


 あの、最後の方演技すらしてないじゃないですか。

 泣き真似は最初だけかいな。

 でも可愛いから許すよ。うむ。アリスさん悪くない。猫耳付けてるし更に悪くない。いいよ、うん。

 まぁそれは置いといて。


「流市くん?これはどういう事なのかねぇ。説明はよ」

「ひいぃ!分かった分かった(笑)。いやー、悪い悪い。実はな、楠町さんに頼まれちまってさぁ」


 意外な事実が発覚した。

 どういう事なのだろうか。


「は?」

「あ、あの、それ、本当です…。てへっ」


 まるで『やっちまいましたー』的な動作で俺の背後から声を発したのは瀬栾だった。


「えっ、…えっ?」

「あーもう!参巻は相変わらず分からず屋ね!」

「じゃあ露葉は分かるのかよこの状況」

「ふふん♪つゆは鋭いからね、こんな状況あっという間に理解して」

「それで流市、これは一体マジで本当にどういう」

「って、聞きなさいよ参巻ィ!」


 俺は何か瀬栾に怖がられているのだろうか。

 二人きりになると、その、襲われるかもしれないと思ったのだろうか…。

 確かに、それはしないとは言い切れない。

 だけど!だけどね!瀬栾本人の同意も無しに、まぁ、何だ、あれこれしようなんて考えてないさ!だがな、俺だって普通の健全な男子高校生なんだし、し、仕方のない事だって…違う!違うぞ正統化したいわけじゃないんだ!待てよ?でも俺はまだ何もやっていないぞ!それなら今こんな事を考えている場合ではないだろう。って、そうじゃない!『まだ』って何だおい『まだ』って!?待って俺は一体何を考えているのだろうかそりゃあ瀬栾は可愛いし好きだし愛せる女の子だけれどもこんな俺に惚れてくれているだけでもう十分ではないか!それ以上に進むというのは流石に図々しいのではなかろうかいやしかし女の子というのは積極的な男子が好きだとかいうのも何処かで聞いた事があるなぁあれは…そうだ流市ソースだこれは信じてはいけないやつだはぁ全く俺はこれからどう行動すれば良いのだろうk


「あのねサンサロール様ッ!」

「おおぅ!?」


 自問自答の嵐に囚われていた俺は現実リアルへの強制送還を実行されて間抜けな声を上げてしまった。


「あのね、あたしね!」

「お、おう、何だ?」


 心拍数が上がる。

 何だ?

 何が始まるってんだ!?


「今回だけでいいから…」


 ん?

 頼み事、なのか…?


「サンサロール様と、自作映画を作りたかったの!」

「……えっ?」


 はい?

 えっ?

 えーっと、ん?


「その、これを、片縁くんに貰って…」


 瀬栾が差し出してきたその手には、一枚のチラシが。


 《【第一回!自主映画作品コンテスト in 朝都学園】開催!!

 優勝作品の制作者と出演された方には豪華賞品や称号入りのトロフィーを授与致しますッ!

 また、第一回開催を記念して、『ベストアクトレス賞』、『ベストアクター賞』には、なんと今回だけの特別記念賞品として、【何でも好きな事をお願い出来る券】を授与致しますッッ!!

 是非是非、奮ってご参加下さい!!!》


 …何だこれは。

 ってかこの券大丈夫なのか!?

 使い方によってはヤバいんじゃ…。


「おぉっと参巻、今お前が考えている事は分かるぜ。一応この券の使用上の注意事項として、『異性間、又成績等に関わる事柄にてこの券を使用する場合は、この券の本来の効力の限りではありません。予めご了承下さい』という風に書き加えてあるからな。安心しろ」


 …なんてこった。

 しかし、それはつまり学食一年間完全無料にしろとか、附属図書館に好きな漫画雑誌を導入とか、自由って事だよな!?

 それってある意味凄くない!?


 …いや、待て。

 今、流市が言った言葉をもう一度再生してみよう。

「〜という風に書き加えてあるからな」…?

 俺は瀬栾から手渡されたチラシを隅から隅までよく確認してみた。すると、案の定、学園公式のチラシに必須である生徒会の印がない事が分かった。

 更にはチラシの一番下の端に、物凄く小さく「参巻よ、ファイトp(^_^)q」と書いてあるのが見えた。

 おそらく彼は俺が瀬栾からチラシを渡される事も含め、この小さな文字すらも見つけるだろうという事まで予測していたのであろう。全く何てやつだ。

 つまり、この企画そのものが流市による偽の企画だった事になる。何故そんな事を流市がするのかというと、あまり思い込みはしない俺でもそう思ってしまっても仕方のない事に収束してしまう。

 …なんだかんだ言ってるけど、応援してくれてるんだな、と。


「あぁ、それとな」


 また、流市は大事なことを言い忘れてたぜ的な風貌で俺に歩み寄り、瀬栾にも同じ事を伝えたのであろう一言を呟いた。


「異性間であっても、互いに了承が得られた場合は、どうなんだろうなぁ?」


 つまり。

 その場合は。


「…なるほどな」


 この券はこの滞りかけていた恋の新たな第一歩のきっかけになり得る、と。


 そうか。

 瀬栾はこの賞を取って、ずっと止まってしまっているこの現在いまの関係に決着を付けようとしているのか。

 流市がくれたこの企画を偽物であると気付いてはいないようだが、これを良い機会と捉えているのか。


「あの、サンサロール様、もし嫌だったら言ってくださいね…?」


 どことなくしょんぼりとしながら上目遣いを駆使して俺を甘く攻撃する瀬栾。

 こんなに可愛いお願い事なら、いくらでも聞いて差し上げようではないか!


「嫌だなんてそんな。まぁ、なんだ。アリスさんと大会出てたのは…会場で観てたから知ってるよな。露葉とも思い出を振り返りつつ十分に楽しんだ。つまりは瀬栾さえよければ俺はいくらでも付き合うし、それを瀬栾が楽しむのなら、俺も全力で一緒になって楽しみたいと思ってるよ」

「ほ、本当に…?」

「あぁ。鶸ちゃんの前以外で俺は絶対に嘘をつかないぞ」

「私の前だと嘘つくのね」

「そうそう、流石に色々細かに説明してると俺の命が…って、ちょっ、え、待って!」


 突然すぎて何が起きたのかがよく分からないが、俺の隣には鶸ちゃんがいた。

 穂美が腕に絡み付いてきていたのも今知った。


「お前達、え、何でこんな文化祭と関係のない場所に!?」

「な、何ですって!?言っておきますけどねサンサロール。私はね、文化祭に来たんじゃないのよ!お姉ちゃんと一緒に、来年入学するかもしれないこのお姉ちゃんの母校たる朝都学園の中を見て回りたかっただけなのよ!つまり!私はお姉ちゃんがいればどこにでも行くわ!」


 …すみません。

 どうやら鶸ちゃんの逆鱗に触れてしまったようです。


「鶸、あまりお兄様をいじめないであげて下さいね。度が過ぎると…ふふっ、分かりますね?」


 暗黒微笑を浮かべる穂美。

 頼もしい反面恐ろしい。


「ひぇ、あ、あの、そんな、まま、まさか、まっさかぁ!わわ私、そんな事して、え、あの、ご、ごめんなさいぃっ!これ以上言わないからッ!お願いだからその画像だけは絶対にばら撒かないで下さいぃ〜っ!」


 !?

 どういう事かと思って穂美を見ると、普段通りの眩しい程の笑顔と共にその表情には似つかわしくない俊敏な動きでスマホをウエストポーチに収納する動作がそこに展開されていた。

 その間およそ一秒ないといったところだろうか。

 そんな妹達のやり取りを見ていた瀬栾が、何かを諦めたように少し俯き始めた。

 しかし、そんな瀬栾の表情はどこか緩んでいるようにも見えた。

 そして、彼女は俺に、決心したような純粋な瞳で、一言だけ願いを零す。


「…あの、サンサロール様、やっぱりあたし、サンサロール様と一緒に文化祭を回りたいなって…、どうでしょうか?」

「え、でも映画作るんじゃ…」

「はい。その事なんですけど…もう、いいんです。あたし今気付いたんです、サンサロール様と一緒にいる時間を切り取る必要、別にないなって」


 瀬栾はデート開始時の時に見せた、いつも以上に機嫌の良さそうなふんわりとした微笑みを浮かべつつ、言葉を紡いで行く。


「それに」

「それに?」


 瀬栾は少し恥ずかしがりながら、言葉を一瞬だけ詰まらせる。


「それに、これ以上、何かに頼って進める恋なんてしたくないから」


 その一言は、瀬栾自身が今まで自らの気持ちを上手く表現できていなかったという現実を俺に叩きつけるのには十分すぎた。

 俺は黙って、瀬栾の手を取る。

 今は、そのくらいしかやれる事はないような気がした。


 おっと、待って下さいよそこのあなた。あなたですよ読者のあなた。

 今、「こういうシチュエーションなら黙って抱き締めるとか、キスとかが王道だろう?」とか思いましたね?思ってません?いえ、思って大丈夫ですよ、本来ならばそちらがオーソドックスなのですからね。しかしですよこの状況、一応サンサロールくんの周りには彼に想いを寄せる少女が右にも左にも前にも後ろにもいるわけでですね、優柔不断な彼としてはあまり大胆な行動に出られないのです悪しからず。


「…分かった。じゃあ、行こうか瀬栾」

「あ、あの!でも、少し、少しだけ、待って下さいサンサロール様。あたし、今ちょっと緊張しちゃってて…」

「あ…」


 確かに瀬栾の脚は先程からカタカタと震えている。所謂『膝が笑っている』状態だ。


「お姉ちゃん!?まさかこの『妖怪サンサロール』にやられたのですか!?そうなのですね!?くぬぁ!!許すまじィ!」

「ひーわーちゃんっ、誰にやられたって今言ったのかにゃー?まさかお兄様の事では、ないわよねぇ?ねぇ?…ね?にゃぉおん!?お兄様の事悪く言う、それ即ち悪!シャーッ!!」


 こちらお二人はどうも空気が読めないらしい。

 まぁ俺も瀬栾もほとんど相手にしていないが。


「つゆちゃん、こんなんいつ買うたん?ウチこんなんつゆちゃんが持っとんの見たん初めてやねんけど?」

「いいこと姫音?お母さんに言っちゃダメよ?本当に。怒られちゃうから。つゆが怒られるの、嫌でしょ?」

「うち別に構へんけど?」

「だ、ダメなの!お願い、本当、言わないでねっ!つゆがカメラ持ってたなんて、絶対言わないでぇ!」


 そのカメラは露葉の私物だったのかよ!?

 てっきり流市の物かと思ってたぞ!

 つーかそんな言い方じゃあどっちがお姉さんか分からないんだけど。


「楠町さん、この程度で緊張するようじゃあ、あの向かいの校舎の『覗きさん』にすら勝てないぞー」


 応援しようとしているのか、それとも単純にこの状況を楽しんでいるのかは不明だが、このカオスな状況下で流市は瀬栾を煽り始めた。瀬栾を応援していると思われるが。

 …って、え!?


「仕方ないじゃないですかぁ。好きな人の前にいるっていうだけで、結構な緊張なんですからっ」

「違うぞ瀬栾、気にするべきはそこじゃない。流市の言った事が本当なら俺達今まで相当な間監視されてた事になるんだが」

「…はっ!」


 俺が瀬栾に気にかけるべき部分の指摘をした直後に反応を示したのは意外にもアリスさん。

 俺がアリスさんが何かを見つけた方へと視線を動かすと、流市が言うように、窓の外数十メートルと離れた向かいの教室のある校舎四階、とある一つの窓のから、明らかにおかしい光り方をする日光の反射が確認出来た。

 …シアだった。

 シアはこちらに気付かれているとはつゆ知らず、一生懸命にこちらを覗き続けている。

 しかしそうこうすること数秒、こちらの視線に気が付いたのか、一瞬にして反射光の発生源であったレンズを手で覆い隠し、窓から乗り出していた身を戻し、窓をピシャリと閉めカーテンをシャーッと閉められた。


「…きゃはっ☆見つかっちゃったわね☆」


 !?

 まだ向かいの校舎の変化が起きてから十秒も経ってないんですけど!?

 声がした背後を振り向くと、そこにはシアがいた。


「何だかとっても面白そうな雰囲気だったから、つい」


『つい』じゃねぇ!

 なるほど今まで俺が気付かないうち色々写真撮られてたのは相当な距離を確保していたからだったのか。

 超人じゃああるまいし、そんな長距離の気配を感じ取れるわけがない。


「シェリー、こーゆーのは、よくない」

「あらあら」


 なんとあのアリスさんに説教されるシア。

 アリスさんは姉とは違い、善悪の分かる良い娘に育ってくれているようd…


「あとで、いちまい、ちょうだい♪」


 やっぱりこの娘達は姉妹だったわ。

 そう簡単に血筋には逆らえないようだ。


「サンサロール様っ!」


 おぉっと危ないすっかりみんなのペースに飲み込まれてしまっていた。

 瀬栾が少しばかり頬を膨らませて拗ねていた。

 可愛いのでもう少し見ていたい気持ちもあるが、それよりも彼女の笑顔が見たいという思いの方が勝り、俺は再び瀬栾の手を取り直して廊下を駆け出した。

 案の定、残りのメンツも付いて来ようとするが、二人きりの時間を作ろうしている俺の意図を汲んだ瀬栾は本日で一番の笑顔を見せながら俺と一緒になって駆け始めた。


「ふふっ。サンサロール様、ありがとうございますっ!」

「まだだよ瀬栾。お礼ならデート後に、な」

「はいっ♪」


 そうして俺達は駆け続けた。


 …一体どのくらい走っただろうか。

 駆け出してから数分後、後ろからこちらを追いかけるメンバーの姿は誰一人として見当たらない。

 どうやら上手く撒けたようだ。


 まぁ実際には流市と露葉は気を利かせて、雰囲気だけを作り深追いをしないでいてくれたわけなのだが。

 アリスさんはシアへのお説教(写真譲渡取引)中で最初から後を追っては来ていなかった。

 …これからが、いよいよ瀬栾とのデート本番だ。


「さ…、さま…く、黒猫!こ、ここ、これから、ど、何処、行くのっ!?」


 よぉし。

 瀬栾もすっかり二人きりの時モードだ。

 初めの頃と比べて進歩したのは、猫の種類が変わったというだけでなく照れながらも俺の意見を聞いてくれるところだと思う。

 しかし俺はその問いにすぐには答えない。

 理由?

 そんなの決まっているじゃないか!


「ね、猫ッ!ほら、何か、何か言いなさいよッ!…にゃ、にゃあっ!」


 どうです?

 お分り頂けましたか?

 このモードの瀬栾ちゃん半端なく可愛いんですよ。いつもの清楚な雰囲気の瀬栾も可愛いんだが、こっちの瀬栾はその倍以上は可愛い。正直な話、俺の中ではアリスさんや露葉を色んな意味で軽く超えてしまっている。


「そうだなぁ。どうせなら楽しいところがいいし、何か珍しい展示とかやってるエリアに…」


 言いながら俺は前方に広がる廊下を見、声を詰まらせた。

 こんな言い回しをしているが、もちろん演技のつもりだった。予めこの場所へのショートカットは考えておいてあったのだ。

 しかし、この現状に息を詰まらせたのは演技ではない。


「楽しいエリアがいいのは分かりますけど…、ちょっと並びすぎのような場所は…」


 瀬栾の口調が元に戻っている。

 つまり知り合いが付近にいるという事だろう。

 まぁ、目の前に長蛇の列を成すお化け屋敷なる展示教室があるのだから仕方のない事なのだろうが。


「本当に並んでんだなぁ」


 実はこのお化け屋敷でのデートを計画していた俺。

 まさかここまで列を作るほどのものとは思ってもみていなかった。


「参巻君、キミにスペシャルなプレゼントだ」


 列の先頭から二番目に位置する場所に並ぶ男子生徒に声を掛けられた。


 片☆縁☆流☆市☆サン!!


 お前何なの?

 いや嬉しいけど!

 頼もしい上に超嬉しいけれども!

 えっ、俺に何をして欲しいの!?

 逆に怖いよォ!


「へぁ…?」

「…?」


 俺も瀬栾も気の抜けたような声しか上がらない。


「ささ、どうぞー」

「はーい、二名様追加ご案内準備ですねー」


 流市に言われるがままに列へ堂々と割り込む俺達。

 何故かお化け屋敷のフロント担当者でさえもが快い笑顔で出迎えてくれる上に上機嫌で割り込みを了承していた。


「…瀬栾、ここでいいかな?」

「あ、あたしはサンサロール様と一緒にいられるのなら、いいですよ」


 そう言われると、やはり少し照れてしまう自分がいた。

 しかしまぁ、瀬栾は嬉しそうだ。

 表情が柔らかくなっているのが見てとれて、俺は漸く安心した。

 それと同時に、俺が事前に計画していたこのお化け屋敷デートの内容をもう一度脳内で整理し始めた。

 やる事は単に順路に沿ってお化け役の生徒達と馬鹿をするくらいなので、そこまで大それた事は特に計画してはいない。

 ただ、このデート中に、必ず俺の気持ちを瀬栾に届けようと、そう決心はしていた。


「さ、さんさ、サンサロール、様ぁ…。い、いよいよ、ですね…」


 あー、どーしよ。

 一瞬にして頭真っ白になりそうですわこれは。

 色々考えたいのは山々なんですけど、目の前でそんなにプルプル震えながらうるうるした上目遣いで俺の制服の袖をきゅっと引っ張られると、何ていうか可愛すぎんだろゴルァ!ってなるわけで。


「よぉし瀬栾!行こうかァ!」

「ひゃあっ!え、えぇっ!?ま、待って下さい、…ま、待ってよぉ…」


 とりあえずもう考えるのは一旦止める事にしました。


 お化け屋敷に入ってまだ五分も経ってない頃の事。

 隣にはぷるぷると小さく震える瀬栾。

 そしてまた逆の隣には上機嫌な穂美。

 …そう、穂美がいるという事はつまり


「お姉ちゃん大丈夫私全然怖くないこんなの作り物ヒィッ!ぜ、全然驚いてなんかないし!こここ怖くないし!ヒャァッ!あぅ、はっ!へ、平気だし!」


 瀬栾の制服の裾をきゅっと握るいつもより可愛らしい鶸ちゃんもいて、さらには


「あんなぁ、だから言うたやん。つゆちゃんがいるって聞いて入ってもうたけど…、ねぇ、まだなん?まだなん?」


 はぁ…。

 どうやら俺と瀬栾はどうしても二人きりになれそうにはないようですなぁ。

 いや別にね、こういうみんなでワイワイみたいなのも嫌いじゃあないんだよ?

 けどさぁ、そろそろ空気読んで欲しいというか、何というか…。

 あの露葉でさえ読み始めているこのあからさまな雰囲気を軽々とブレイクして行く妹達ェ…。


 俺はため息を吐きながら瀬栾を見やる。


「あわわわ…、ひゃっ!?あぅ…」


 はぁ。

 なーんてこったい。

 ここが今年の都涼祭で一番人気のデートスポットって聞いたから選んだんだけど、選択間違ったかなぁ。


「なぁ瀬栾、あのさ」

「…うぅ、は、はい、な、何でしょう?」

「あ…、えーと…。いや、何でもないや」


 瀬栾に直接的な質問をしようとしたが、それはこのデートを根底から否定してしまう事に繋がりかねないと思い、やめた。


 …今は、まだこのままの関係でもいいのかもしれないな。


 俺はそう思うと同時に、色々な考えを巡らせていたせいで気付けていなかったデートの楽しさに、少しばかりの間身を任せるのも一つ有りかな、とも思った。

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