第12話:さてさてデート!これからいよいよ本番です。露葉とのデート、クレープにパフェ!だけど甘い時間だけじゃない。文化祭編Part.3
朝、若干の頭痛に悩まされながらも身を起こしてリビングルームへ行くと、普段通りの三人の少女達…に加えて我が妹を含む三人の妹軍団までもが朝食の準備をしていた。
どうやら昨日は彼女達もここに泊まっていたようだ。
なるほど、だから普段は瀬栾に買い物を頼むハズのひよこさんが買い物に行ったのか。大荷物になると車を使う事になるわけで。
「おはようみんな」
「あっ!おはようございますサンサロール様!昨日はその…大丈夫でしたか?」
「おはよー参巻ぃ。全く、人騒がせなんだから」
「ぐっもー…にん…。だぁ、りん…?zzZ」
「おはようございますお兄様っ♪ついさっき見た夢ぶりですね♪はぁ〜、お兄様と朝の戯れ!何という甘美な響き!あぁ…!神はわたくしに(ry」
「…お、おはよーさん…。あ、あんまこっち見んといてな!朝やからと思って油断してもーた…」
「はぁぁぁぁぁあああ。おはようございます『サ!ン!サ!ロ!オ!ル!さ!ま!お!に!い!ちゃ!ん!』」
朝の挨拶だけで、こんなにもそれぞれの個性が出る事が分かった。
それはそれとして、俺は今日から始まる三日間の祭典の事を脳裏に浮かべていた。
折角の文化祭。楽しまなきゃ損だろう。
そう考えつつ、異例の事ながら七人での朝食を摂った。
朝食の後、瀬栾はアリスさんの制服のブラウスにボタン付けを行っていた。アリスさんがボタンを付ける瀬栾の手元をじっと見つめていて、何だかとても可愛らしい状況だ。
何故ボタンが外れているのかと尋ねてはみたものの、瀬栾も露葉も顔を真っ赤にして「サンサロール様の / 参巻の せいよ!」と言われてしまった。俺、やっぱり昨日アリスさんに何かしてしまったのだろうか?
だが、その張本人は俺を責めるどころかどこか嬉しそうに、「ダーリン、だいたん♪」などと言っているのでそんなに問題はないのかもしれないな、と思う。
その後、朝の身支度を終えた俺と瀬栾、露葉、アリスさんは、最終準備をするためや諸注意等の告知を聞くべく、妹軍団よりも一足先に朝都学園へ登校した。
朝食の時に穂美から聞いた話によると、彼女達は今日からの都涼祭を三人で一緒に回りたいという事があって集まったのだという。友達の家にお泊まりしたかった、という本音もあってこの形をとったようだ。
登校すると、教室に入る前に流市に俺だけ呼び出された。
今日明日のデートについて言っておきたい事があるらしい。
「参巻、今日明日は待ちに待ったデートだな」
「本当に大丈夫なのか?俺達ばっかり休憩を貰ってる気が」
「案ずるなよ参巻。俺達のお楽しみもちゃあんと用意してあるんだ。お前の休憩をどうこう言うつもりは、俺にも他のクラスメートにもないさ」
お楽しみ…?
気になる単語が出て来たが、流市には今回のセッティングをしてもらった訳だし、言及はし難いが…。
そんな俺の不安もつゆ知らず、ついに時計は午前九時の開始時刻を示し、都涼祭が始まった。
開始するや否や、即刻たくさんの人で賑わう校内。目まぐるしい勢いで重複して行く注文。せっせと働きながらも充実した時間を過ごすクラスメート。すやすやと静かな寝息を立てながらお昼寝を堪能する二人の少女…。
「うぉ!?働け二人共ォ!頼む、働いてくれぇ…」
アリスさんと露葉は二人揃って大殿籠もられている。
確かに文化祭開始の合図とほぼ同時に数え切れない男子生徒(恐らくは瀬栾・露葉・アリスさんのファンであろう)が飛ぶ鳥を落とす勢いで進撃して来て気が滅入ってしまった事は認めよう。俺だって口からエクトプラズムが出て行くのを見た気がしたさぁ!でもなぁ!だからといってお昼寝されると困るんだよォォオオオ!
グループは違えど、調理場などはホットプレートやジュースサーバーなどを一箇所に集めた教室の三分の一の空間しかないため、結局のところ応援要請を聞きつけてここへ入った俺は露葉とアリスさんと同じ仕事をする事に。
今日はこの二人とのデートもあるので、瀬栾を除いた俺達三人は流市の計らいもあって仕事の大半は午前中で終了するようスケジュールされている。
だが、このままでは間違いなく休憩になど入れない。休憩に入る暇がないのだ。
あぁ、文化祭って忙しい。
そこで俺は、切り札を使う事にした。
「今日はこの様子だと休憩時間取れないかもしれないな…」
俺は知っていた。
この文化祭で露葉が何よりも楽しみにしているものを。
それは、三年生のシアの教室で販売が既に始まっているであろうクレープ喫茶だ。
なんと実はそのクレープ喫茶、ただのクレープ屋ではない。シアが謎の力(権力・財力)を発揮したお陰で、人気中の人気を集めている有名クレープ専門店による訪問実演販売が実施されるのだ!
一体高校の文化祭に何を求めたらそんなレベルに達するのだろうか!?
つまり、休憩に入れない=その普段口にする事はまず叶わないであろうクレープを食す事が出来ないという事になる。
案の定、真っ先に反応したのは露…と思いきや露葉だけでなくアリスさんまでもが急激に態度を改め本来の自分たちの仕事である接客&料理に戻ってくれた。
「きゅ、休憩に入れないなんて、あ、あああり得ないんだからぁ!絶対、絶対に休憩時間はもらう!絶対にデートするんだからぁ!」
「ダーリンとデート、する。ぜったいに、きゅうけい、はいる」
!?
どうやら俺の心中に浮かべていた内容とは全く異なる事情で仕事に戻ってくれた様子。
俺は己の神経が熱を帯び始めているのを感じつつも、自分の本来の仕事であるゲーム説明と接客へいそいそと戻るのだった。
「あ、はい。そうですそうです!そんな感じで…そうそうそう!」
「このゲーム面白ーい!」「次はこうかな…?」「いい感じ!」
ゲーム説明をしつつゲームを楽しんでくれるお客さんに感謝する俺と流市。周囲を見渡してみれば、他のチームもどうやら上手くいっているようだ。
露葉達の復活から少し経った頃にカフェテーブルの方を見ると、アリスさんが猫耳メイド姿でご主人様へご奉仕をして…!?
待って!
どういう事!?
不思議の街のアリスさんどこ行った!?
俺はアリスさんの方へ歩み寄り、その理由を聞いてみた。
「アリスさん?あの…衣装は?」
「あ、ダーリン。これ、どう…?かわいい?」
今にも「にゃーん♪」と言い出しそうな猫の手でそれっぽいポーズをしてこちらを見つめて来る。
やーめーてーっ!
それ超可愛いじゃーん!
反則だ…。
毎回、アリスさんは俺の許容限界を遥かに超越する可愛さを引っ張って来る。…ズルい。
って、 違 う そ う じ ゃ な い 。
「アリスさん、そうじゃなくってね?えと、作ってもらってた衣装は?」
「…あ。これ、ちがう」
今気付いたのかよ…ッ!?
劇の展示という謎の発想から誕生したこのコスプレゲーム喫茶だったが、その核とも言えようコスプレを間違えるとは…!
許容を超えるのはどうやら可愛さだけではないようです。
「さっき、エプロンから、これにきがえた」
軽い料理と言えども、パスタやスープを作る際に折角作った衣装を汚してはいけないので、ローテーションとなっている料理の順番が回って来た人は体操服にエプロンと決まっている。
因みに、察しの良い人はもうお気付きかもしれないが、料理担当ローテーションはコスプレ担当者が担う事になっている。さっきみたいに俺やコスプレ担当以外が調理場に入るのはイレギュラーだ。人が多くなってきたりすると料理も間に合わなくなるわけで。
つまり、アリスさんは料理の担当が終了して着替える際、何故かこのコスプレに着替えた、という事になる。
「折角作ってもらった衣装だし、着替えようよ」
俺はアリスさんに着替え直すよう軽く促した。
「…!だ、ダーリン、だいたん…!」
そういいながらアリスさんはコスプレゲーム喫茶盛況中のこの教室のど真ん中で服を脱ぎ始めた。
そうじゃねぇ!!
今ここで着替えろって意味じゃない!!
周りの男子が血眼になって凝視してる!?
阻止だ阻止!絶対阻止ッ!
「違う違うアリスさん!落ち着いて!更衣室でいいから!お願いしますそっちで着替えて頼むよ何か黒くて怖いオーラみたいなのを今俺の背後から感じ始めたから本当頼みますさぁ更衣室へレッツゴーもちろん俺は行かないよ大丈夫安心して下さいませだからアリスさんは行ってらっしゃいそして露葉は振り上げてるその手に持ったプラスチック製のトレーをまずゆっくりと戻すんだ&瀬栾は手元よく見て既に溢れまくってるけど紅茶をこれ以上犠牲にしないようにね!」
男子共はアリスさんを見つめていた下心ありありの視線を、怒りにも似た感情を露わにしたものへと変換して俺に向けて来た。
そりゃあまぁ、そうなりますわな。
だけどね、これは見過ごせないですよ。本当、申し訳ないけど…。
「瀬栾、ちょっといいか?」
俺はシフト中の瀬栾に声をかける。
すると、瀬栾も状況が状況なだけにすぐ理解してくれたのか、アリスさんのそばへ駆け寄って行き、そのまま二人でカフェの準備室やコスプレの試着室となっている隣の空き教室へと移動して行った。
「はぁ…」
「なんだ参巻、この程度毎日の事だろ?」
流市はそんな風に言うが、今日は文化祭であり、普段のこの状況を知らない人々が多い中でいつものノリで事を進められてはこっちの身が持つかどうか…。
ただでさえアリスさんの挙動は大胆なので、こういう場面でアピール的な行動をされるとそれをフォローした俺が周囲の男子共の敵となってしまう。
「いやこれは疲れるって…」
「まぁそうだろうなぁ(笑)だが俺にはどうしようもないんでね。頑張ってくれよ相棒!」
「調子のいい事言ってっけど、お前さっきからずっとゲーム説明してねーじゃねーか」
「このゲームの原案は確かに俺が出したかも知れないが、これに色々アレンジを加えたのは他でもない参巻だろ?」
「色々って、ただの回転椅子がマジでゲームになると思うのはおかしいだろ!?」
俺達のグループで立案され、今現在お客さんに楽しんでもらっているゲームは【回転椅子ルーレット】だ。
最低二人いれば楽しめるもので、一人が回転椅子に座って、もう一人が目隠しをして椅子を回し、そして止めてもらう。椅子に座っている一人目が、止められた所に立ってもらい、その床に敷かれたシートに描かれているポーズと同じものを自分で実行するというものだ。一応景品も用意してあり、一番難易度の高いものを完璧にクリア出来れば、某有名ゲームメーカーのポータブルゲーム機が贈られる。因みに、誰もクリア出来なかった場合は俺達のうち誰かが貰える事になっている。正直なところ、欲しい。
そんな景品付きの回転椅子ルーレットだが、エンターテインメント道具と化した回転椅子が、例の罰ゲーム並に酷い回転をしている所は、まだ見ていない。
「仕方ねーなー、リーダーの出番、って事か」
「あぁ。よろしく頼むぞ」
「あいよー。お前はそろそろ行ってやれ」
「行くって…あぁ、もうこんな時間か。ありがとな」
「後で感想、聞かせろよ?(笑)」
どこぞの母親から聞いたような発言に軽く返事をしてから、俺の都涼祭デートが始まった。
「参巻遅い!女の子を待たせるなんて、信じらんない!」
「ごめんな、ちょっとやる事が多くってさ」
「ち、違うでしょ!?こういう時は『そのくらい待てよ』とか『仕方ないだろ?』とか、ほら!つゆのキャラに合う返し方を…はっ!」
今この娘、自分で「キャラ」とかいっちゃってたような…。
「何でだよ?待たせたのは本当だし、悪いと思ってるよも本当だぞ?」
「そうじゃなくて…はぁ。まぁいいわ。むー、ちょっとは楽にしてくれてもいいのに…」
露葉のセリフの後半は小さく呟かれたが、俺には聞こえていた。
楽にしてないように見えるのだろうか?
まぁそれはそれとして、実はこのやりとりには俺達二人にしか通じない思い出が詰まっている。
付き合っていた頃は、デートでよく露葉が俺を待たせていた。当時のやりとりは「遅かったな、何かあったのかって心配したんだぞ」「ふふん、男の人が女性を待つのは当然よ!大人の女性には、色々あるのよ〜。だから遅くなっても仕方ないじゃないっ」というものだった。ほぼ毎週のようにデートしていた俺達は、その都度このやりとりをしていた所為もあってか、デートの始まりといえばコレ!という感じになっている。
だが、男子と女子が入れ替わった場合は…、成り立たない。どうも露葉は逆転ver.をやってみたいようだが、うーむ、少なくとも俺には出来そうにない。実際にやれば、多分露葉は怒るし。
「ところで露葉、お前行きたいところがあるんじゃないのか?」
俺は露葉が楽しみにしていると思しきクレープ屋さんの事を仄めかした。さっき露葉がデートを一番の楽しみとしてくれているという事は分かったが、クレープ屋さんを楽しみにしているのは間違ってないと思う。
「いいの!?やったーっ!」
小さな子供のように喜ぶ露葉に、思わず優しい気持ちになってしまう。
「それにしても、そんなにそこのクレープって美味しいのか?」
「えっ、参巻、えっ…。ま、まぁ、そうよね。仕方ないよね…」
「何が?」
「な、何でもないわ!それより、あそこのクレープ屋さんはね、パフェが一番人気なの!」
…どういう事だろうか?
スイーツ専門店ならまだしも、クレープ専門店でパフェが一番…それはもはやパフェ専門店なのでは?
俺は露葉と一緒にシアのクラスへと向かいながらその事について話す事にした。
「パフェ専門店の方がよくないか?それ」
「んー、つゆも噂で聞いたんだけどね、元々はクレープ屋さんだったんだってさ」
この娘は何を言っているのだろうか?
元々も何も、クレープ専門店だろうに。
「でも、クレープだけだと経営が厳しかった時期があったらしいのね」
「なるほど、それで考案したのがパフェだったのか」
「んー、ちょっと違うかな。そこで働いてた家の貧しい従業員のパティシエさんがね、店長からいいよって言われて、売れ残ったクレープをたくさん容器に入れて、妹さんの為に持って帰ってたんだって」
「ほぅ」
「でもたくさんのクレープを容器に入れて持って帰ったらさ、中でぐちゃぐちゃになっちゃうでしょ?」
「あぁ、なるほど。それを元にしていっその事パフェにしてしまえばいいんじゃねってなったのか」
「そう!それでね、」
「店で出したら大ウケした、と」
「そうなの!参巻何で分かったの!?」
「いや、分かるだろ」
ここまでヒントを出されればある程度察しの良い人ならすぐ分かると思うのだが。
「参巻って、もしかして頭いいの?」
「おいコラ待てどういう事だそれ」
「ふふっ、やっといつもの参巻に戻ったー」
露葉は突然、何故かそんな事を言い始めた。
俺としては最初から普段通りのつもりだったんだが、違ったのだろうか?
「なんか今日の参巻、朝から気を遣ってるっていうか、緊張してるっていうか、いつもと違う雰囲気だったからさ」
露葉は少し俺より前に出て、くるっと半回転し、若干前屈みになりつつ両手を後ろで組み、小首を傾げて俺へと微笑みながらそう言った。
俺は、心の中に不意に天使が舞い降りたかのような錯覚に囚われた。
普段と違う魔法少女のコスプレ姿を見たばかりだからか、今のいつも見ているハズの露葉の制服姿でもいつも以上に可愛らしく見える。
時間が遅くなったように感じる。
露葉のこの笑顔をもっともっと見ていたい。
何でこんなにも露葉が愛おしく感じるのだろうか。
突然の事すぎて戸惑ってしまう。
「な、何だよ、ハハハ、露葉にはバレてたか、アハハ…」
「分かるよ。だって、
…だって、どんな時もつゆは、参巻の事を想ってるんだもん。
えへへ、らしくないかな…?」
そうか。
そういう事か。
二人でデートして、露葉の魅力を間近に感じて、今更気が付いた。
普段から少しずつではあったが、露葉の事を愛おしく思うのは、彼女自身が誰よりも俺の事を好きだという気持ちが強いからだったのか。
「露…」
「いいの参巻!」
「いいって、お前」
「分かってる。分かってるから、いいの」
「露葉…」
「大丈夫、つゆ、いい子だから。えへへ、でも、あとちょっとだけ、ちょっとだけだから、つゆに合わせてくれる…?」
そう言う露葉の表情は、穏やかだった。
そうこうしているうちに、シアの教室へ到着してしまった。
「やっと着いたねーっ!」
「随分とはしゃいでるなぁ」
「そりゃそうよ!このクレープ屋さんには、思い出の味があるんだか…はっ!ななな何でもない!」
「思い出の…?」
俺は急に焦り始める露葉を見て、自分が何かを忘れているのではないかという不安に駆られる。
俺は己の記憶を辿る。
クレープ専門店と聞いて今まで何も感じる事はなかったが、パフェとなると話は変わる。
デートのうち少なくとも一回は露葉と一緒にパフェを食べていた記憶があるのだ。
それも強く印象に残っている…。
「もしかして、そのパフェって」
「ふっふっふー、そゆこと」
露葉はとても嬉しそうだ。
「ご来店ですか?」
「はい。二人です」
「シェ、シェリアさんから、これ貰ってます」
露葉は今日この日のために朝都学園へ派遣されたクレープ専門店の店員さんに、二枚のチケットを提示した。
「あぁ、コレですね。お待ちしておりました!さぁさぁ、こちらへどーぞー」
チケットを見るなりヤケに高いテンションになりながら俺達を席へと案内する店員さん。
指定席へと案内された後、流れるようにパフェが出て来た。
クレープ専門店にもかかわらず何の注文もなしにパフェを提供する…。それでいいのかクレープ専門店!
いや、だがコレはあのチケットのおかげかもしれない!
そうだそういう事に違いない!
「参巻、ほら、あーんっ!」
到着したてのパフェをスプーンで掬うなりこちらへ向けて来る露葉。
物凄く輝かしい笑顔もご一緒である。
周りの反応が怖…と、辺りを見渡してみたが、なるほどこの場所へ案内されたのはどうやらこういう事がしやすいように、という事らしい。カップル専用のテーブルのようで、隣り合ったテーブルとは磨りガラスによって隔てられている。よくもまぁここまで教室を改変出来たものだ。流石はシアクオリティ。
露葉が恐らくシアから手に入れたのであろうあのチケットは、カップル専用チケットだったようだ。
「…こういう事、ちょっと苦手なんだけど」
「ふぇ…?参巻はやっぱりアリスからの『あーん』じゃないとダメ、なの…?」
「どうしてそうなるんだよ…」
むー。
このまま露葉を悲しませたままだと、この日を楽しみにしていた彼女に申し訳ない。
仕方ないか。
「ったく、ほら、あーん」
俺は口を開けて露葉のスプーンが運ぶパフェの一匙を待った。
「!」
「どうした?早くしてくれよな。結構恥ずかしいんだぞ、コレ」
「え…あ、あの…ん、ふふっ。にゃはっ♪ふっふふ〜♪」
初めは戸惑っていたが、理解した瞬間、口元をふにゃふにゃにしながら頬を赤らめてスプーンに乗ったクリームをテーブルの上に落とした。
俺はとりあえずそのテーブルに落ちたクリームを備え付けの布巾で拭き取った。
「あ…、も、もう一回!もう一回お願い!」
露葉はワンモアチャンスを懇願して来る。仕方がないので応対する。
「しょうがないなぁ…ほら」
「ふっふふ〜♪あ〜んっ」
露葉はご機嫌な様子でいつかの昼休みに瀬栾によって実行された「あーん」なる行為と同様の事象を再現した。
「…お、美味いなここのパフェ…って、ん?」
「どしたの?」
急に俺は咀嚼したパフェの味に対して、既視感を覚えた。露葉は笑顔を絶やさぬままに小首を傾げる。
「このフルーティなクリームの味…、それに小さく刻まれたカシューナッツの歯応え…」
「…やっと、かな?」
「露葉、お前コレ、やっぱり」
「参巻、つゆ言ったよね?『分かってる』って」
どうしても露葉は俺にこれ以上の事を言わせてくれない。
それも、ずっと笑顔のままだ。
「あのね、参巻。つゆ、参巻と初めて会った時から参巻の事好きだったんだよ。あの雨の日。丁度ほら、つゆの名前と被るよねって話しをした、あの梅雨の日」
確かに当時、そんな話しをした記憶がある。
露葉は想い出を吐露し始めた。
「そしてその後付き合う事になった時はね、もうすっごく嬉しくて。ついつい今まで色々ちょっかい出されてた先輩に自慢しちゃったんだ」
そんな事があったのは初耳だ。
しかしまぁ、露葉ならやりかねない。
その時の露葉の行動は容易に想像出来る。
「でもね」
露葉の声に曇りが掛かり始める。
「その後何度もデートしたでしょ?つゆもとっても楽しかった。だけど、実はそのデートのうち一回だけね、その自慢した先輩がつゆの事を気にしてたみたいで」
「俺、結構デートの時周り見てたけど、そんな人いたっけ?」
「参巻は知るわけないよ、別に見張られてたわけじゃないし」
段々と話が暗い方へと向かうのが、何となくではあるが伝わって来る。
「…このパフェがね、その先輩が教えてくれたお店のだったんだ」
「な、何だよ、それならそんなに暗く話さなくたって」
「聞いて参巻。お願い」
どこからともなく俺を襲う謎の緊張感と焦り。
これ以上の事は聞くべきではない、という気持ちが不思議と込み上げてくる。
しかし、ここで露葉にそれを言っても何も変わらないのもまた事実。
「そのパフェを食べたデートはつゆ達のデートの中で一番、その、想い出になったデートだったよね」
そうだった。
そのデートで、俺と露葉は初めて世に言う間接キスというものを実践したのだ。中学生だった当時では、そりゃあもう恥ずかしさはMAX。辺り一面が真っ白に見えるくらいに脳が活動を休止する程に混乱したものだ。
「そのデートを企画してくれたその先輩、本当はつゆが参巻に無理矢理付き合わされてるって思ってたらしくてね。このデートで白黒付けようって事だったみたいなの」
「それって…」
「うん。そこでつゆ達、その、間接キス、しちゃったじゃん?…し、しかも、つゆから…」
つまり、それで先輩とやらが無理矢理の恋愛ではないという事を知ったのだろう。
「それでね、例の海に行ったデートの日、嫉妬した先輩が友達と一緒になって参巻を…」
…そうだったのか。
どうもあの露葉との距離が大きく開いてしまったあの海での事件には違和感を感じていたのだ。
そういう事だったのか。
「それは初耳だぞ露葉。でも、だったらどうしてその時露葉は俺が悪いっていう結論に至ったんだ?」
確かに事件の記憶と辻褄は合う。
つまりナンパグループだと思っていたあのグループは露葉の知り合いの先輩とその仲間で構成された集団で、その場で露葉と俺との縁を切ろうと計画を立てていた、という事だろう。
都合良く二手に分かれていたあたりを考え直すと、なるほど確かに露葉に彼氏がいるという前提を知っていた者による犯行だと分かる。
「それは…、その、ごめん。実はつゆ、その先輩の事よく覚えてなくてね、誰なのか分からない人に絡まれたーって思って参巻を呼んだんだけど助けに来てくれなかったし、それにその時先輩が『あいつ、俺ら見た途端お前ほっぽり出して逃げ帰ったぞ!ヒイャハハハ!』的な事を言ってたから、そうなのかな、って」
「うわー…、何その先輩。色んな意味で超怖い」
超怖いぜ。
『ヒイャハハハ!』なんて笑い方の時点でどうかしてるって。
「…つゆが、つゆが最初にその先輩に変な自慢さえしてなければ、参巻は…、参巻は、ずっとつゆの隣いてくれたかもしれなかったのに…」
俺は漸く心の紐を解き始めたのであろう露葉の頭を軽く撫でてやった。
表情にはもう、笑顔はなかった。
「ごめんね…」
「何で謝るんだよ?露葉は何も悪くないぞ」
「そんな事ない…。つゆが自慢さえしてなければ今のこんな気持ちになる事なんてなかったの!他の誰かに参巻を取られちゃうっていうこの焦りを感じる必要もなかったかもしれないの!」
俺は薄々気付いてはいたが、ここでやっとはっきりと理解した。
露葉は、この今のデートを恋の大きな分岐点として設定している。
「露葉、あのさ」
「参巻、つゆに気なんか使わないで欲しいな」
「それは…そう、だけど」
「分かってるから。それ以上は」
「いや、ごめん。そうじゃなくってさ」
露葉が求めているであろう一言を紡ぐ事は、俺にとって他の二人を大きく裏切る事になってしまう。
そう簡単に決められるハズがない。
だが一つだけ、このデートで俺が抱いた率直な感想があった。
だから、俺はその感想を露葉に伝える事にした。
「…悪かったな、露葉」
「だから、別に謝って欲しかったわけじゃ…」
「いや、まぁその、俺、もっと露葉の事知らなくちゃいけないなぁって思ってさ」
その瞬間だった。
露葉の表情は急に穏やかになり、そしてその直後、辛い思い出を大粒の涙と共に流し始めた。
「…ざまぎの、バカぁ…!バカバカバカぁ!」
「そうだな、俺はバカだ。露葉が言うなら違いない」
心にあった氷は全て溶け切ったのか、目の前に座る少女は泣きながらパフェを頬張り、泣きっ面を誤魔化そうとしていた。
露葉の頭を撫でる手から伝わる露葉の温かみは、彼女の心の温かみに比例するかのように優しく、そしてちょっぴりだけ切ない感じがした。