第10話:回レ回レ回レ回レ…あぁ、目が回る…。こんなゲーム普通にやるんじゃなかった…ど、どうしよう、っうぇ!?ま、まだやるのか!?文化祭編Part.1
中間期末テストは、無事終わった。
いや、本当はオワタ…ってなる寸前だった。
赤点回避がこんなにも恐怖を与えるモノだとは思わなかったぜ…!
「テスト返却も全部終わりましたねー」
「つゆは全部60点超えたよっ!」
「ありす、ぜんぶ、まんてん」
「俺は何個か40点スレスレだったぜ…」
アリスさんの学力の高さには正直脱帽せざるを得ない。
だがこの朝都学園の赤点設定は40点であり、本当にギリギリでセーフだった事を今でもよかったと思う。
何故なら…
「よし、じゃあ買い出し行って来るわ」
「サンサロール様、あたしも一緒に行きます」
テスト返却が全て終了した今日からの数日間、それから続けて夏休み前に、ここ朝都学園の文化祭、『都涼祭』が開催され、そしてその文化祭開催までの準備期間に、赤点獲得者は補習を受けるために時間を割かなければならないからだ。
そうはいうものの、秋ではなくこのシーズンにおける文化祭というのは、中学時代に秋季開催を常識として来た俺や露葉みたいな生徒からすれば、些か抵抗を感じるところがあった。
しかし夏休みに入る前に文化祭のある高校というのはまぁそれほど珍しいものではないらしく、実際に調べてみたところ、朝都学園周辺の高校ではこの時期の文化祭開催が目立つ事が分かった。
「つゆも行くーっ」
「ありすも、いく」
結局俺達四人は行動を共にする事になった。
…と、そんな俺達四人を教室から眺める者がいた。
「くそ、参巻のやつ相変わらず露葉様と良い感じの雰囲気になりやがって…!」
「なぁ片縁、今度こそ石川の野郎から美少女達を奪還する良い機会だと思わないか?この文化祭は!」
こちらはクラスメートの片縁 流市とそのご友人の会話。流市くんはこの作品ではだんだんとモブ扱いとなっているが、そこそこ出て来るので頭の片隅にでも。因みに流市と会話している方の名前は倉仲 涼という。俺の友人でもあるので紹介しておく。
「そうだな…。フフフ、よし、良いだろう。倉仲、あの作戦で行くぞ」
「了解だ」
この二人、意外とクラスでは知られているコンビである。
何でも、参巻が美少女達とどんどん深い仲になって行くのが面白くないらしく、あれやこれやと参巻から自分等に彼女達の好意ベクトルを変更されるように作戦とやらを実行し続けているのだ。
本人達が楽しくやっているようなので、作者も微笑みながら観察して行きたいらしい。
物語の邪魔はしないように念は押しておこうと思う。
「ところで、都涼祭で俺等のクラスは何をする予定なんだ?」
「えっ?参巻聞いてなかったの?」
……!?
…つ、露葉に驚かれた!
ま、まさか先生やクラスメートの話を露葉が聞いていたとでも言うのか…!?
あの露葉が…!?
「…今、『あの露葉が!?意外だ…!』って思ったわね。悪かったわねぇ、いつも話聞いてなくて!」
お前はエスパーか。
人の心をさらっと表情から読んでんじゃねーよ。
「全くもう、サンサロール様ったら。私達のクラスでは劇の展示をするって事になりましたよ」
劇の展示…?
「ほ、ほぅ…。ま、まぁ確かに劇がどうとか展示がどうとか言ってたような気がするな。…んで結局、何の劇だっけか?」
「グループを作って、そのグループ毎に何の劇にしようかとか、そのグループでどんなゲームをしようかとかを決めるんです」
なるほど、それは面白そうだ。
「そっか。じゃあ俺達はグループ成立、なのか?」
「そう、でしたっけ?えっと、確か…、説明の時にもらった紙によると、五人以上でグループ成立…あ、一人足りませんね」
瀬栾は『クラスプロジェクト』と書かれた紙を取り出してこちらに見せながら言った。
後一人、か…。
俺はクラスメートを頭に浮かべて行く。
流市、涼、笹宮さん、時島さん…
会話をする機会があまりないからか、流市達など男子諸君はまだしも瀬栾や露葉、アリスさん以外の女子となるとそう簡単には思い浮かばない。
って、待て待て待て。
落ち着け俺よ。
これ以上女の子をグループに入れてどうする!?
後一人くらいは男子を増やすのが常識ってもんじゃね!?
このままじゃまるで…
「参巻、後一人は男子の予定なの?」
「ありす、ともだち、ふえる?」
「ダメですよサンサロール様。女の子はあたし達以外に入れちゃダメです。で、でも、その、男子一人がいいと言うなら、む、無理に止めたりは…しませんけど…」
そうである。
このままでは俺がハーレムを目指す不潔な子になってしまう。
「りゅ、流市とかどうだ?あいつ、露葉のファンクラブの中でも結構名の知れてる方だし」
それに、露葉やアリスさんの為になら何でもするとか前に言ってたし。
「えぇー、何それ…。ファンクラブとか、そ、そんなにつゆ、魅力的?」
「どうだかな。俺は、まぁその、普通に可愛いと思うけど」
「ほ、本当!?」
「ねぇダーリン、ありすは?ありすは?」
「アリスさんは超可愛いぞ!」
「…かった」
「な、なによそれっ!?」
「もう、露葉さん、アリスさんに喧嘩売っちゃダメです」
「売ってないわよ!ってかそもそも買ってももらえないわよ!アリス、買ってくれた事ないもんっ…!」
あ、それは分かってるんだ。
なんて残酷な現実…。
とりあえず、俺は流市を当たってみる事にした。
「流市、メンバーの事で相談があ」
「いいところに来たな参巻クン!」
俺の言葉は途中で遮られてしまった。
「えっ?あ、えーっと…?」
「参巻よぉ、よーく考えてみろよ?本当にこのメンバーでいいのか?」
突然何を言い出すんだこの男は。
「本当にって、いつものメンバーじゃないか」
「ほぅ、いつもの、な」
「い、いいだろ別に」
「まぁ確かにそこは今はどーでもいい」
言いたい事がよく伝わって来ない。
「お前、さっき説明の時寝てたろ」
お、おう、寝てたよ。
寝てたけれども。
「実はな、このクラスでは劇の展示をする事になった」
「それは知ってるさ。グループを組んで、劇のコスプレをする人と衣装を作る人と各ゲームの内容を考える人とを決めるって事もな」
さっき瀬栾からプリント見せてもらっておいて良かった。
「そこまで分かってて、どうして気付かないんだよ」
「?」
「つまりだな、各グループ毎にその役割分担があるって事だよ」
あぁ。
なるほどなるほど。
「このメンバーだと、コスプレ出来るのは三人の内一人だけになってしまうって事か」
「そういう事だ」
そうか…。そうだよな、俺がゲーム考案係で、仮に流市が衣装作りが出来たとしても、アリスさんがコスプレしたいって言い始めたとして、瀬栾は軽く譲ってしまいそうだし、そうなると露葉がつゆも〜ってうるさそうだし…。
「何か打開策でもあるのか?」
「フフフ…、俺を誰だと思っている?」
まーた何かを企んでるのか…。
露葉ファンクラブの存在を知らされた時もそうだったが、流市が何かを企むといつも何故か得意顔になる。
「他のグループを見てみろ」
言われて俺はクラスを見回してみる。
「何だ?特に変わった様子はないけど?」
「人数を確認してみろって」
「人数?」
四人、四人、四人、三人、五人、五人。
うぉっ!?
綺麗に俺達分の人数が空いてる!
「こ、これに入れって事か?」
確かに三人のコスプレ姿は見たいけれども…。
待てよ。そもそもそれぞれ分かれてグループを作ったとして、あいつらが確実に着れるとは限らな…あれ?
空いているグループのメンバーが俺の方を見て爽快な笑顔でサムズアップしている。
流市さんあなた凄いよ。
「ま、そういう事だ」
「…分かったよ」
そういう事になった。
「サンサロール様、お話って?」
「あぁ。露葉とアリスさんにも聞いてもらいたいんだけどさ」
「何よ?」
「なに?」
俺はグループを分ける旨を伝えた。
当然、最初は驚愕と拒否の色を見せていたが、「みんなの可愛い衣装姿が見たい」という俺の願望を知ってからは、三人とも顔を俯かせて仕方ないという意味合いの言葉を発しながら納得してくれた。
「全くもう、サンサロール様ったら。照れずに『みんなの』じゃなくて『瀬栾の』って言ってくれれば良かったのに♪」
「し、仕方ないわね、参巻がそこまで言うなら、つゆ、頑張っあげないこともないわ♪」
「ありすに、のっく、あうと♪」
三者三様に俺の発言を独自解読してくれていた。
三人それぞれは他二名のそのセリフは聞こえていないようで少しばかり安心している自分がいる。
…修羅場は嫌いですよ、当たり前じゃないか。
ところでそうなると、先ほどの人数から考えて、俺は三人のうち一人と同じグループに所属する事になる。
基本的に考えて、俺は一応瀬栾の彼氏な訳でして、そうするのが妥当でしょうな。
そういう事になった。
グループが再編成され、活動が再開した。
俺は瀬栾と流市と同じグループになった。
露葉とアリスさんは…まぁあの様子なら問題はなさそうだ。
二人とも、同じグループのメンバーと賑やかに喋りながら笑顔で活動していた。
「どーしたどーしたぁ?そんな杞憂な顔して」
「杞憂な顔って…。露葉とアリスさん大丈夫かなって見てただけだって」
発言直後、自分でも「それがまさしく杞憂だろ」と思ったがまぁそれは別にどうでもいいだろう。
「ふぅん。まぁいいや。ところで参巻、一つ頼みがあるんだが…」
流市の頼みがまともだった試しはない。
「何だ?」
けど一応一度は聞いてみる。
「いくらお前が彼氏同然な存在だからと言って、ここまで出来るとは思ってはいないが…」
「何だよ、もったいぶって」
「…楠町さんの胸のサイズ、聞いて来てくれないか?」
ッ!?
何を突然言い出しやがるこの野郎!?
「なッ、何でだよ!?」
「落ち着け、な?落ち着けよ?いいか、俺が知りたいわけじゃない。いいな?」
「よくねーよ!?」
「まぁよく聞けって。さっき楠町さんの採寸し終わった俺らのグループの衣装製作担当二人が、【『瀬栾さんの衣装、これでいいかな?』『うん、大丈夫だと…いや、待って。私、前の水泳の時間に気付いたんだけど、瀬栾さんって結構大きいのよ』『えっ、そうなの?じゃあ胸囲はもっと採った方がいいって事?』『うーん、ある程度でいいから情報がないと…』『聞いてみよっか?』『それもそうなんだけど、普段はそんなに気にならないって事は、瀬栾さん自身があんまりその手の事に突っ込んで欲しくないからなのかもなーって』『あー、確かに。それはあるかも…』】って話してるのを聞いてな」
おう!?
それで俺に振るか普通!?
ってかお前それ一回聞いただけで憶えたのかよ!?
すげぇな!
「一緒に住んでるお前なら、単なるクラスメートよりいいかなってさ」
「…そ、そうか…」
俺は例の風呂事件を思い出した。
確かに大きかったよなぁ…。
いやいやいや、でもそう簡単に聞き出せるもんでもないだろう。
お風呂の時であの反応だ。聞いてしまったが最後、瀬栾が正気を保っていられるかどうかも心配だし。
そういえばあの後俺リビングにいたけど、誰が服を着させてくれたんだろう…?
今更になって恐ろしい二次災害に気付いてしまった。
だがとりあえず今は伏せておこう。
「待て。俺が一つ情報を提供しよう」
「情報?」
「とりあえず、その衣装製作担当のところに案内してくれ」
瀬栾には到底聞けそうもないと考えた俺は、風呂事件の時の記憶を頼りに情報を提供する事で場を凌ごうと思い付いた。
そして、担当者二人に情報を提供する事になった。
「ちょっといいかな?」
流市が軽く担当者二人の会話に割って入る。
「あ、片縁くん。どうしたの?衣装ならもうちょいだよ」
「その衣装の事で一つ情報を、と思ってね」
流石グループの長だけあってコミュニケーション能力は高い。アリスさん並みにナチュラルかつ見事な流れで女子二人の視聴対象を自らへと変更させた。
「あ、もしかして」
女子の一人が気が付いたように言った。
「さっきの話、聞こえてた?」
「あー…、まぁ、聞くつもりはなかったんだけどさ」
「そっか…。どうしよう、瀬栾さんに悪い事しちゃったかな?」
幸なのか不幸なのかは分からないが、衣装の採寸を終えた瀬栾はこのグループ全員分の飲み物を調達しているので今ここにはいない。
本当は俺も一緒に調達する予定だったが、流市に呼び出されてから別行動になってしまった。
「あたしは大丈夫よ、サンサロール様っ」なんて言われてしまえば、それ以上の行動を取るわけにはいかなかった。そんなに危険な事でもないし。
「しかしまぁ、なんだ、とりあえずこいつが良い情報を知ってるんだとさ」
「本当にっ!?」
「助かるー…けど、何で石川くんが知ってるの?その情報って、瀬栾さんの…、えっ?まさかもうそんなところまで進んで…!?」
この反応を見る限り、どうやらクラス中で俺と瀬栾はまだ通常のカップル扱いらしい。クラスメートでシェアハウスもどきな状況になっている事を知っているのは、今のところ流市…とおそらく涼の二人だろう。
「そ、そうじゃな…いよ!?本当、本当にその、ちょっとした日々の中で知っただけの事で…」
「ッ!?!?も、もはや日常的にそういう関係なの!?」
「さまきクーン、そこんとこどーなんですかー?(笑)」
女子二人の慌てように焦りつつ、流市にはとりあえずスマホの画面を見せる。露葉の連絡先がギリギリで見えないようにアドレス帳を開いて、名前欄の部分のみを、だ。
「き、汚いぞ参巻ーっ!そんなだから女子に変な誤解を招くんだよ全くもう仕方がない露葉様の連絡先を教えて下さいもうこれ以上下手な行動は慎みます故」
効果は覿面だった。
分かりやすいやつめ。
お前に露葉はやらん。
俺はアドレスを見せないままスマホをしまった。
「大丈夫!俺と瀬栾はそんなに進んでない!大丈夫だから!」
心の中では二人に平謝りです。
嘘です。一緒に住んでる時点で相当進んでますねはい理解はしていますしかしですね行動にはまだ及んでおりませんのでご安心下さいでもこの真実はちょっとアレなのでお教え出来ませんごめんなさい。
「うん…。それならいいけど、ま、今は情報が第一だし。いいよ、とりあえず教えて」
「おう。それじゃあ、えーっと、採寸の時はどのくらい…って、ちょっと待ってくれるか?」
俺は製作担当さん二人に一時中断を求めた。
約一名の男子生徒をこの場から排除せねばならぬ。
瀬栾のこのトップシークレットな情報を他の男子に漏洩させるわけにはいかない。
何よりこの男は一度聞いたであろう事を完全に記憶してしまう謎の特技を所持しているらしいので。
「流市、瀬栾のやつを見て来てくれないか?ちょっと戻るのが遅い気がする」
「参巻が行くべきじゃねーの?そういうのは」
「俺は今行けねーだろこの状況的に」
「えー…、いやでも自販機そんなに遠くないし、大丈夫なんじゃ…」
しぶといなこいつ…。
「流市、それならどうして瀬栾はまだ戻って来てないんだ?」
「……」
「……」
「…確かに」
ここで漸く納得してくれたようで、「ちょっと行ってくるー」と言い残して瀬栾を探しに行った。
実は、瀬栾はコンビニで買い物をしているので後少しは時間がかかる。俺はコンビニに行くと言った瀬栾に付き合う形で飲み物調達を提案したわけであって、その俺が行けなくなったというだけなのであった。
「さて、話を戻したいんだけど…」
「へっ?あ、うん。どうぞ〜。ふふっ」
「石川くんって、ほんとに瀬栾さんの事を大事に想ってるのね〜」
何だか二人ともにやにやしている。
「そ、そりゃあな。一応彼氏だし」
「一応、ね。ふふふっ」
「それじゃ、始めるわね」
その後すぐに採寸で得られた瀬栾の身体的情報が開示された。
俺は今二人が問題としている胸囲の情報に訂正を入れた。二人が獲得した情報で衣装を製作すると、コスプレ中にブレイク&露出という大惨事を招く可能性が垣間見えたのだ。
訂正後、二人は衣装を繕い直し始めた。
「本当にこのくらいなの?」
「んー、これでも少し小さめに伝えてるつもりなんだけどね」
「え…、瀬栾さんって、一体どれほどの…」
「俺だって、初めて見た時はそりゃあ驚…」
俺はここで自らのセリフを強制終了させ、二人の一時記憶データからそれが完全に消去されるのを待った。
「み、見た…!?い、いい今、たたた確かに『見た』って!?」
しまっっったぁぁぁああーーーッ!
「あ、いや、みみみ見たってのは、えと、ちょっと待ってくれ!違うんだ!本当に見たんだ!ってそうじゃない!あれは事故で!そう事故!あれは事故だったんだって」
言い訳するのが精一杯だった。
言い訳にすらなっていないような気はするが…。
「サンサロール様、お茶どーぞーっ」
なんというタイミング。
これは吉と出るか凶と出…
「瀬栾さんッ!石川くんに、へ、変な事された事とか…ある?あ、えぇと、まぁ付き合ってるわけだし、ダメって事じゃないんだけど、ね?」
瀬栾はゆっくりとそれに応じる。
頼むぞ瀬栾、余計な解釈を招くような言動だけは控えて…
「え…?変な事って?」
Oh…。
マジかこの娘。
そこでその答えか…。
だがしかし今までの会話を知らない彼女にとって、その反応は無理もないものだ。
「変な事って、その…、は、裸を、見られた、とか…」
数秒の沈黙が隙間風のように瀬栾と少女達を隔てる。
因みに『変な事』の具体例を既知とした瀬栾はというと、耳まで真っ赤に染め上げて無言になってしまった。
「…それは、えと…、えっ!?べべべ別に無い!ナイヨ!?」
最後の方が片言になってました。
「い、石川くんって、大胆ね…!!」
女子って怖いです。
今の瀬栾のセリフを完全無視な発言が飛び出した。
しかしこんな会話も長くは続かなかった。
「はーい、それじゃ衣装出来たところから試着してー」
今回のプロジェクトのリーダーを務める少女によって掛けられたそんな号令を聞いて、各グループはそれぞれ移動を開始したのだ。
「むむむ…、まだまだ聞き足りないけど、とりあえず今は行こうか」
「うぅ…、そうね。もう少しお二人さんの事を知りたいところではあるけど、仕方がないわ。行こう、瀬栾さん」
「う、うん。サンサロール様、また、後で」
「お、おう。また後でな」
そういう事になった。
女子達がわいわいと試着室と化した隣の空き教室へ移動した直後の事。
「参巻、ゲーム何するか決めたか?」
一人の少年、流市は俺へそう問うた。
うちのクラスプロジェクトはコスプレだけでなく、各グループがそれぞれ考えたゲームをお客さんに提供する事で楽しんでもらおうというものでもある。
俺のグループでは瀬栾がコスプレを、残りの女子二人がその衣装作りなど瀬栾のバックアップを、という体制に既になっているので、残された俺と流市の男子組でゲーム内容を考える、という事になる。
まぁコスプレはどの班でも女子がする事になったらしいので、結局のところ、女子がコスプレ関係、男子がゲーム関係といった役割分担になっている。
だが正直、どんなゲームなら人の気を引けるのだろうかと考え出すと、内容を決めるのは容易ではない。
「いや、それがさぁ、なかなか思いつかないんだよね」
「だよなぁ。いきなりこんな事言われてもなぁ。『いきなり』言われたらねぇ。本当、“突然”言われてもねぇ…」
どうやら彼には考えがあるようです。
こんな事もあろうかと、とでも言いそうな雰囲気を醸し出している流市に、仕方がないので聞いてみる事にしました。
「何か温めてる案があるなら言ってくれよ。同じ班だろ?」
しかしこの時、このセリフが参巻にとって大きな過ちとなる事など、予想出来なかったのであった。
「いいのか?それじゃあ、遠慮なく…」
その言葉の発言から数十秒後、流市はどこからともなく高級感溢れる黒い外見のふっかふかな一人用の回転椅子を運んで来た。
「なんか物凄く高そうな椅子だな」
「そうでもないぞ?校長室にまだストックあるぜ?」
流市ィ!?
それストックちゃう!
ってかまさか校長室の椅子かこれ!?
「まぁいい。とりあえず今はゲームをしよう。俺発案の、超簡単に誰でも出来る制さ…じゃなかった、罰ゲ…ゲームだ」
「おい今お前何て言い掛けた!?」
「とにかく!ゲームをするにはまずこれに座れ」
嫌な予感しかしない。
流市が企画や発案した物が今まで正気の沙汰であった試しがない。
断れば良かっ…
「お前らァ!掛かれェ!」
流市の大号令によって教室のあちこちで各々の作業をしていた男子が一人残らずこちらを向き、非常に良い笑顔で突進して来た。
「ちょっ、えッ!?」
「石川 参巻(17)に対するクラス一同による制裁を開始しするゥ!」
な、何だってェ!?
「おいコラ逃げんな石川ァ!」
「悪いが石川くん、僕らの青春を奪った罪は、重いよ?(暗黒微笑)」
「喰らえ俺の回転技!」
「や ら な い か」
「さぁ、おとなしく座るんだ石川。俺達の心の彼女を我が物にしやがって!」
「露葉様ァ!アリス様ァ!」
「この野郎二股どころか三股…毎日毎日登校するや否やすぐイチャつきやがって…!」
「参巻、これが世の中という不条理さ(笑)」
「おい待て何か物凄くホモホモしい不穏な声が混ざっている気がすギャァァア!止めろォォオ…」
散々なセリフを吐かれながら、俺は回転椅子によって延々と高速回転を受け付けるしかなかった。
うぉぇ…、も…無理…。
ま、待て!
ギャァァア!回すんじゃない!これ以上はァ!うわぁぁぁぁあ!
解放されたのは、制裁ゲーム開始から十数分後でした。
どうやら男子共の体力や気力も限界に達したらしく、ゼェゼェ息を切らしながらの幕下ろしとなったのだった。
丁度その幕下ろしと同じ頃に、隣の空き教室にも変化があった。
「何か男子騒がしくない?」
「いつもの事でしょ?」
「それよりちょっと、これ見てよ!どう思う?」
「わぁ!空雪姫だ…!」
「でしょでしょ!?」
空雪姫。
それは瀬栾が着る事になっていた衣装だった。
つまり、このセリフから読み取れる事をそのまま解釈するならば。
コンクリートを一枚隔てた向こう側には、試着の完了した瀬栾がいるという事になる。
…見たい。
「あ、あの、みんな、あんまり見ないで…」
瀬栾の声。
恥ずかしがっているようだ。
「顔真っ赤にしちゃってぇ、可愛いなぁもう!」
「あんまり見ると彼氏くんに悪いよー。その辺にしときなって。ね、瀬栾さん?」
「はぅ、さ、サンサロール様になら…、ハッ、いえ違うんです別に今すぐ見せたいなぁとか、思ってません考えてません!ダメです!今サンサロール様に見せるのはフェアじゃないです!」
全力で弁解する瀬栾。
聞いているこっちの方が恥ずかしくなって来る。
だが正直なところ、見たい。
「むむ、今すぐ会いたい、かぁ…」
「だ、だからあたし、今はダメ、ダメなのぉ!」
うぁぁあ…。
可愛い…。
自分だけがコスプレして好感度アップをするのは露葉やアリスさんに悪い、とでも思っているのだろうか?
「分かった、わーった!連れて来てあげるから!」
!?
突然の事ではあったが、瀬栾がダメと発言した瞬間には既に数人の少女達は教室の方へと戻って来始めていた。
…俺を捕獲しに。
「ここは?」
目隠しをされ、数人の少女達に背中や肩を押されながら歩く事数十秒。
俺はカーテンのような布を二枚潜らされたあたりでそう言った。
「そろそろいいんじゃない?」
「そうね、もう目隠し取っても良いわよ、石川くん」
許可を頂いてから、目隠しとして頭に巻かれていたロングタオルの結び目を解く。
すると、俺の両眼に淡い水色のドレスを身に纏った少女が映り込んで来た。
……き、綺麗だ…!
そのドレスの少女はまだこちらに背を向けていたが、その後ろ姿だけで既に息を飲むほどの美しさを、そしてその類のオーラとも言える何かを放っていた。
「ほらほら、ご希望の殿方を連れて来ましたよっ」
「ふぇっ!?って事は、いいい今入って来たのって!?」
「あ、うん。石川くんだよ」
「ッ!?さ、さ、サンサロール様ッ!?」
「おい、やっぱり俺が来ちゃダメな場所なんじゃねーのかここ!?」
「きゃあッ!ホントに!何でッ!?あわわ、あたし、今ちょっと変な格好、えぇっ、どど、どうしよう!?」
落ち着け。
落ち着くんだ瀬栾。
「そんじゃ、後はごゆっくりぃ〜☆」
「瀬栾ちゃんがんばっ」
「いいねぇいいねぇ、お姉さんこういうの好きだわぁ」
「はいはい、いいから出るよほら。邪魔しちゃ悪いでしょ」
俺をここまで連行して来た少女達はそんなセリフと共に退出。
瀬栾と二人きりになってしまった。
「あ、あのぅ、あたし、どど、どう、かな?」
「え、あぁ、えーと…、まぁ、似合ってる…ぞ?うん。ってか超綺麗だと思う」
普段見る空き教室とは違い、プロジェクトのグループの数だけカーテンによって仕切られたうちの一つの区画で、俺は瀬栾に率直な感想を述べる。
「ほ、本当…?」
「マジだって!えと、今は後ろ姿だけだけど、それだけでも相当綺麗だって分か…」
言葉は最後まで紡げなかった。
不意に瀬栾が180°のターンを実行したのだ。
ひらひらと空を舞う青空のように美しいドレスに身を包んだ学園一の美少女が、今俺の目の前に完全なる降臨を遂げたのだった。
「うふ、ふふふっ、…サンサロール様、ありがとうございます。そう言ってもらえて、その、何だか急に安心したのか、気が楽になりました」
そう言う瀬栾の表情には、先ほどまで浮かべていたのであろう困惑のそれを欠片も感じさせない、俺が一番好きな彼女の笑顔があった。