8.指輪(後)
早い段階で父は考え方を切り替えて私の気持を尊重してくれたが、母は王都を離れる直前まで指輪の斡旋をし続けた。
母にとって見目の良さは何物にも代え難い条件らしい。人目もはばからずに私の気持を踏みにじろうとするので、一生懸命対抗してみることにした。母に負けていたら、他の人にだって言い負かされてしまう。
自分が手に入れた指輪がどれだけ素晴らしいかを事細かにまずは主張して。それから、ここからが本番とばかりに贈ってくれた人が世界で一番格好良い男性だということをありとあらゆる美辞麗句で表現してみたのだけれど、考え方は当然受け入れてもらえない。
あんなに素敵なのに。
私の主張をさらに踏みにじろうとする母を父が押さえてくれた。
「家の利益を取った貴方なんて」
泣き出した母を近侍に連れ出させた父が、
「利潤追求を取ったわけではないからね。大事な我が子を生涯に渡って一番幸せにしてくれるだろうと思えたから認めたんだ」
父がそれだけは信じて欲しいと、言葉を続けた。
「でも人の心は移ろいやすいこともある。嫌になったら我慢する必要はないから、速攻で帰ってきなさい」
父をぎゅっと抱き締めた。
王都で華やかな披露宴をこなし、国境沿いにある領地へと出発した。
道中ほぼ膝の上腕の中だった。
たくさんの話しをした。と言っても、私が経験したことは屋敷内で起こったことばかりで、全然面白味のないことばかり。自分のことを話すより、年の功の体験話を聞く方が楽しくて仕方がないと伝えているのに、私のことを聞きたがった。
好きな食べ物、苦手な食べ物から始まって食べたことのないものを話す。飲み物に付いても然り。読みたい本、やってみたいことも優しく聞かれた。
とうとう話すことがなくなって、身長が低いことも気にしているけれど、一番は肉付きの悪さであるということを告白する羽目になった。
その夜、肉付きの悪い私の身体は貪られて、その価値の高さを思い知ることができた。
領内に到着してからはほぼ歓迎一色で出迎えられた。
まあ、これだけ素敵な人だから私の存在が面白くない人が絶対にいると分かっていた。
身体的に傷を付けられることはなかったけれど、辛辣な嫌みには落ち込むことがある。
妊娠の兆候すらみられないのも、彼女達を助長させているのだと思う。
「身をお引きになったら」と、忠告ばかりされていた。
年配の方からは、指輪をたった一つしか嵌めていないことを恥ずかしくないのかと揶揄された。伯爵夫人ともなると片手を埋めるぐらいの個数をするものだとか。
そう言って、甥だとか弟だとかを賑々しく紹介された。
「私は我がままです。『これは、あの人についてきてもらおう』『この件は、この人に』というのが嫌です。指輪を交わしたたった一人の人に全部してもらいたいです。それが難しいのなら、部屋に閉じこもってます」
本当に閉じこもってしまったら、負けなんだけど。でも、気持の根幹の違いを指摘され続けると疲労感倍増です。
王都の屋敷に女性の働き手はいなかったけれど、こちらでは普通に勤務されていた。指輪が一つだけという侍女は見受けられない。誰かと誰かが繋がっていてという複雑な関係を考えるとため息が漏れた。
複雑な関係が、強固な団結力を生むということは理解できるんだけれどそれを私に求められたら、困ってしまう。
自室で一人きりになってしまったという報が行ったのだろう。慌てた様子を隠さずに入ってきた。
挨拶をしながら、手をとってくる。一つだけの指輪に安堵される姿に、私の方が安堵する。
こうやって手を握りあう時に、他の人の想いが籠った指輪をした手に触れられたくないと思う。
たくさんの情がこもった指輪を贈られて幸せすぎる。それ以上の誓いを返したい。 私のこの誓いが顕現されれば、立派な鎖になるはずなのに。
さりげなく頼りないとしか言いようがない指輪に手を伸ばして触れた。
これにて終了です。読んでくださり本当にありがとうございました。
あと、こぼれ話をいくつか予定してます。