7.指輪(前)
妻が、その華奢な指に嵌められた指輪を自慢に思っているということをなかなか信じることができなかった。どう見ても本人を生き写したかのように醜悪としか言いようがない指輪なのだ。右手の薬指を犯しているとしか表現のしようがない。
妻の右手を見た者に、見てはいけないものを見てしまったという表情をさせてしまうのだ。
そんな指輪を事あるごとに愛おしそうに撫でたりする。
「緊張がほぐれるの。あと勇気をもらったり。感謝したり」
夜会の前、嵌めた本人にではなく指輪に縋られてしまった時はどうしてくれようであった。嬉しいのだが、情けない限りではないか。
嵌める指輪は一つだけと互いに固く約束しあったが、周囲はなかなか認めてくれはしなかった。
子が生せない原因がどちらにあるのかわからない場合、つらい思いをするのは大概女性の方であるという知識はあった。
辺境伯の地位は血縁で優秀な者が継げばいいと、早々に明示した。
私の直系をと持ち上げてくる輩には失笑するしかない。あれほどまでに、差し出そうとしなかったくせに今更である。中央への繋がりを得るためには、なり振りなど構っていられないのだろう。
その辺りの処理は側近達に任せた。
近づいてきた女達が、妻への害意に振り切ってしまわないようにいろいろと画策したようだ。そのことで、私が酷評されても痛くも痒くもない。
どうせ地に墜ちていた評判である。王都の屋敷が男ばかりで動かされているのは、その評判が一人歩きしすぎたからだ。
本来、貴族の屋敷に奉公すれば箔が付くことになるのだが、私の屋敷の場合、慰み者にされたという色眼鏡で見られてしまうそうだ。老若関係なく。
開き直った執事が男所帯を完璧に切り回している。
妻の血筋をどうしてもこの地に欲しいと蠢いた一派には、その考えを改めるようきつい仕置きを課した。私の不手際で彼等が複数の夫を持つことを直接打診したのを防ぐことができず、嫌な思いをさせた。
自分以外が触れるなど、到底許せるものではない。何故、分かち合えると思うのだろうか。
妻が同じ考えの持ち主であることに感謝した。
それにしても夫候補にあげられてきた男達の二極化には呆れるというか、複雑である。
匂い立つような美貌の持ち主はさもありなんだが、私に近い不自由な面構えの者をもってくるとは。妻がどちらも選ばなかったので、心底安堵した。
私の無様な指にある華奢な鎖に触れようとする仕草を察知した途端、心臓が期待に高鳴る。
妻が指輪に触れた途端、じわりとした熱が薬指を覆う。
想いが流れてくるのだと、都合の良い解釈をさせてもらっている。
新たに誓い立てをしてくれているのだと。