6.泡沫の指輪
従兄が妻を娶ったとの急報が、もたらされた。
愕然としているうちに、続報が次々と届いてくる。『貞節の指輪』を取り交わしての婚姻との知らせに、領内が沸き立った。
そしてお相手の女性が成人したばかりで今年一番の年若い花嫁であり、実家が王都近郊で権勢を誇る一族の本家の末娘とくれば、手放しの大歓迎状態となった。
お体が弱いようだという報は負にすらならず、更なる団結を促すことになった。
実家に療養などという名目を与えてなるものかと、昼夜を分たず住まいが整えられていく。
あの従兄に『貞節の指輪』を捧げる女が王都にいたのか。あり得ない、嘘だと心の中で叫んだ。
嫁取りを本格化させていたこの数年間、無惨な結果しか残せていなかった。
財力を散らつかせても、貧窮した家柄の女すらつかまえることができなかったのに。
いつか、私が拾ってあげるのだと思っていた。従兄が頭を下げ、周囲の懇願の中、『契約の指輪』を仕方なく交わす筈だった。
乞われて仕方なく指輪を取り交わせば、私の立場は悪くならない。あんなみっともない男とひっつくなんてと、友人達に陰口を叩かれずにすむと計算していた。そうして手に入れれば、従兄より優位に立てると本当に思っていた。
今回、王都での嫁取りが失敗すれば私への要請が始まるから心づもりせよと、父から内々に申し付けられていた。
やっとここまできたと、社交の季節が早く終わるのを心待ちにしていたのに。
二度と、叶わない夢となった。
王都での披露宴をすませた後、領地に戻ってきた従兄の腕の中にはか弱い女性が捕らわれていた。
幸せそうに従兄を見上げている。無理矢理攫ってきたのではないかと、それを心のどこかで期待していた。
どうして、あんなに堂々と従兄への愛情をひけらかせるの。
散々陰で従兄のことをこき下ろしあっていた仲の良い友人達が、良かったわねと声をかけてきた。晴れやかな笑みを浮かべてうなずき返すしかない。
いつもは従兄の風貌を口に出して盛り上がるのだが、今ひとつ勢いがない。そして私をうかがうように、さも今気づいたかのように、
「お体が弱いってことは、跡継ぎが作れないかもしれないんじゃない?」
「その可能性って高いかも」
「じゃあ、まだお役御免ってわけにはならないじゃない」
「まあ……」
ああ、その可能性があった。まだ諦めなくてすむ。
従兄夫婦に、なかなか子どもができない日々が続いているのに、周囲に焦りが見受けられない。
何故?
跡継ぎを一刻でも早くとあれだけせっついていたのに、そのような言動を全く聞かなくなっていた。
居ても立ってもいられずに、近侍に渡りをつけた。
「御子様ができれば一番ですが、できなくても構わないのです。一番大切なことは、奥方様に末永く幸せに暮らして頂くことだけです。それだけで良いのです。
中央への太いつながりによって、奥方様がこの地にあるだけで十分な恩恵を得ております」
「跡継ぎはどうするおつもりなのでしょう。新しく女性を迎えれば」
「奥方様の指に一つしかないのに、主様が二つ目をはめることを中央は許しはしないでしょう。表向きはそんな理由ですが、ご本人にはめる気がありません。
……見向きもされない立場になって焦っているのですか」
「何を言ってるの。別に私は」
「貴方とどんな種類の指輪も取り交わしませんよ。
それでも主様の御子様が欲しいというのなら、種付けになりますがそれでよろしいのですか。複数の立会人のもと、採取したばかりのを医師があなたの身体に注ぐという行為が妊娠が判明するまで続けられます。
そのような待遇であってもかまわないという覚悟が決まっているのでしたら、主様にご注進させていただきます」
「ひどい……」
「ご安心ください。主様は貴方の腹など全く望んでおりませんので」
近侍が優雅に頭を下げて去っていった。
うつむいた視線の先、右手に三つの指輪がはまっていた。父に紹介された男性達と取り交わした指輪だった。友人達に羨ましがられたけれど……。
手に入れそこなった指輪。
つけることができるのは夢の中だけ。