5.指輪の益
主家の行く末を憂いて、選んではいけない手段を提示したことを悔やんだ。
煽ってしまったかもしれない。
気が楽になる飲み物や滑りをよくする精油など、負担を少しでも軽くできるものを全て用意し、必ず使用するよう申し上げたのだが……。案の定、魂をかきむしるようなような甲高い悲鳴が漏れ聞こえた。
遠耳の能力を持つ者にとって、これはつらい。
主の叫び声では断じてないので、あの華奢な奥方様が恐怖なのか痛みなのか、きっと両方に違いなく、叫ばれている。
断続的にあがる悲鳴に身がすくんだ。
元々、奥方様は余り丈夫でないとの調べが上がっていた。療養生活が長く、家族の集まりでさえ頻繁に欠席されていたらしい。体力は成人女性に到底満たないのではないだろうか。
その上、あの体格差である。我が主が規格外に大きいのは見ての通りなのでここでは言及しない。
もたらされた情報から用意した奥方様の衣装の寸法を何度も見直した。この寸法に成人した女性が入るのか、間違いではないかと最後まで疑っていたのだが、何事もなく着替えられていた。それどころか少し布が余っているようなのは、更にお痩せになっていた可能性がある。
安心して眠れなかったのが原因に違いない。
奥方様には同母腹の兄弟姉妹がいない。ご母堂として、何としてでも奥方様に多くの指輪をつけてもらいたかったのだろう。
数が多ければ多いほど、貴族同士のつながりを誇示することができる。母親として、そのつながりを利用するのは当然という気持ちであったはずだ。
もしかしたら、ご母堂様の指輪には貞節はないのかもしれない。
奥方様を取り返そうと、ご母堂様はきっと屋敷に乗り込んでくる。
多分、非常識と非難されるような時刻に、役に立たなかった侍女を引き連れて。
こちらとしては、件の侍女を置き土産にされぬよう心しておかねばならない。
急襲されるまでに、奥方様の正気が戻っていることを祈るしかない。
主の理性が残っていることに賭けるしかない。
それにしても、まだ満足しないのかっ。
悲鳴が聞こえなくなったのに、呼び鈴が鳴らない。
静かな呼び鈴を凝視する時間ばかりが過ぎる。
鈴が空気を震わす前に、侍従達が必要と思われるものを抱えて主寝室へと急いだ。
扉を開け、なだれ込むように入室すれば、本懐を遂げて満ち足りた気配を漂わせた獣が、哀れな生け贄を未だに抱きかかえていた。
もちろん、生け贄に意識はない。無体をされたのが如実な様子に息を呑んだ。
その場にいる全ての者が、主の指を視認する。
「あった」
思わずこぼれ落ちた一言は、自分が発したのか、侍従達が発したのか記憶があやふやである。