3.隷従の指輪
夜会は半ばすらいかずして崩壊し、本日の主役二人は別室にて説得の嵐に遭遇中です。
取りあえず交互に発する言葉は、
「解除はしません」
『貞節の指輪』を取り交わしたばかりの二人を前にして両親から、説教なのか、取りなしなのか、言いがかりなのかが掃射されてきた。
どうやら、世間知らずの小娘がやらかしたお痛ごとにしてしまおうと思っているのがありありとわかる。
虚弱な身に辺境地の暮らしは無理だとか、後継者を産める骨格ではないとか、正夫人としての重責を負わせるのは酷だとか、対外的に役には立てないとかいろいろ。
本当のことだけど、そんなに役立たずを連呼しなくてもいいと思うの。
突き詰めれば、違約金を支払うので指輪の解除をお願いしますと両親が涙した。
何だかなぁと、ため息が出る。この方の何が気に入らないのだろう。父の一番大切な取引相手だと明言されてたのに。
「私がまっさらの指で一生を暮らすのは駄目だから、夜会を開いてたくさんの男性を招待してくれたんですよね。だから、あの会場にいた人たちの中から、私がどの人を選んでも全然おかしくはなかったと思うの。
反対に、あの場にいた男性達は私が指輪をくださいとお願いしたら、了承する気があったんですよね」
傍らに寄り添うように立ってくださっている大事な人を見上げた。深くうなずき返してくれた。
確かに父達の言う通りでこれからの暮らしは、私に取って不得手なことばかりが降り掛かってくるかもしれない。でも、そんなことにはならないような気がする。
今まで以上に、大切にされると思う。
だって、両親の筋違いな頼み事を一蹴せず、怒りも見せずに耳を傾けてくれている……と、思っていたのだけど反撃の機会をうかがっていただけだったみたい。
更に父が言を尽くそうとしたのをばっさりと遮ってきた。
「現在、妻に対する保護責任はこの私にあります。ご不安なことはおありでしょうが、こちらに任せていただいて結構です」
その言葉に母が息を飲んだ。
「では、このまま連れ帰ります」
きっぱりなされた宣言にとうとう悲鳴を挙げた。
急展開に驚くが、付いていった方が絶対にいいことは分かっていた。
残れば、二つ目の指輪が無理矢理でもはまりそうな予感がする。私のためとか言いながら、都合のいい男達をあてがってきそう。
夜会が近づくにつれて、侍女が窓の鍵を閉め忘れたりするという粗相があって本当に嫌だった。信頼していたのに。
挨拶もそこそこに、部屋を出た後は抱え込まれるように外へと連れ出される。
出発するだけとなっていた伯爵の家紋が入った馬車の中に通され抱き締められた。
「ご実家にあるもので持っていきたかったものはありますか」
「……ないです」
「思い出したら絶対に教えてください。必ず頂いて参ります」
「はい」
「入り用なものはすぐに用意させますから、我慢は絶対にしないでください」
「はい」
こんなに疾走する馬車の速度は初めての体験である。揺れが凄くて、どうして普通に話せるのか不思議でならない。
「お願いがあります」
「はい」
「夜会や観劇などの外出時には必ず相伴します。だからあなたの指を飾るのは私のだけにして欲しいのです」
「?」
『貞節の指輪』と夜会や観劇が何故つながるのだろうか。
私が返事をしないことで顔色を変えかけたが、意味が通じてないこちらの様子に気づかれたようだ。じっと直視してきた。
きっと今更なお話しなのだろう。
無知の度合いが桁外れなのがこうも早くにばれるとは。まずいなぁ、指輪を返せって言われたらどうしよう。
右手を取られ、指輪ごと何度も撫でられた。
「指輪は多種多様で一番有名なのは『貞節の指輪』です。『契約の指輪』はその次ですかね。互いに便宜をはかりあうために取り交わします。
悪名高いのが『隷従の指輪』です。相手にひたすら尽くすことを強いられる」
「初めて知りました」
「貴方が差し出してくれたのは『貞節の指輪』です」
「はい」
自信を持って答えられる。それにしても、両親の指にたくさんはまっていた指輪に、違いがあるなんて思いもしなかった。
「私のは色々と混じってしまったようです。貞節も契約も隷従も懇願も呪縛も。
貴方が欲しくて仕方が無かったから。
指輪は一つですがたくさんの要素がつまってます。だからこれ一つだけで我慢して欲しいのです」
「はい」
返還要求されると思った。だって、そんなにたくさんつめこまれているのなら、お得なのは私の方よね?
一部、不穏な要素が入っていたのが気になるところだけど。
即答した私を、痛ましい眼差しでどうして見るのかさっぱりわかりません。お願いしてきたのは、そっちなのに。
「私が全て引き受けます」
「はい」
気持のよい返事をしてるつもりなんだけど、返事をするたびに複雑な顔つきになる。
疾走する馬車が止まって、揺れから解放された暁にはご領地のことも含めて色々なことを聞かせていただこう。
ご領地の常識とかは必須だと思う……。