2.契約の指輪
自分で言うのも何だが、爵位もあり国境という辺境ではあるが領地もうるおっていて、実業家としても辣腕であると評されている。結婚市場では買い手の立場に立てると思う。
しかし、不人気これ極まれりの容貌(ウドの大木からにょっきりと生えているごつい手足に、鋭すぎる眼光と人に不安を抱かせる目鼻立ち)のおかげで、家柄、財力で釣り合いの取れた女性を妻として掴まえられず、現在35歳に至ってしまった。
跡取りもそろそろ必要だしと、ひどく親戚等からせっつかれたものの、この容貌だから嫁のなり手は一向に出現してはくれない。
全く一人も、清々しいほどに皆無という状況である。
「跡継ぎを産んで頂けるのならどんな女でも構いません」
あからさまに言われても文句も言えない状況下だった。
この際、貧窮している貴族の家から財力にものを言わせて妻を買い取ろうと、悲愴な決意で今シーズンも社交界に挑む。
……まあ、去年も一昨年も挑んだのだが、結果はこれこの通り。今年も見通しはお先真っ暗だった。
開かれる舞踏会、劇の鑑賞会と出かけた先々で紹介を受けた女性陣達は案の定、こちらの財力目当であることは周知の事実のような火の車の貴族の娘たちばかり。親御世代は『契約の指輪』を交わせと娘をせっついているが、それすらも自主的には差し出してくれそうにない。
莫大な財と引き換えに、跡継ぎを産んでもらう『契約の指輪』で駄目ならば『隷従の指輪』での後継者づくりとなる……私の出自と同じだ。
薄ら寒い未来の幕開けだよなと、それだけは何としてでも避けたくて仕方が無い。
実のところ契約だろうと隷従だろうと、どちらも実母に育てられることは無い。
自分を怖がるような女性を無理矢理にでも妻にしなければいけないのかと、暗澹たる思いで社交生活を続行中だった。そんな苦行のさなかに、うら若き女性が視界に入ってきた。
遠めであったにもかかわらず一目みて彼女に恋い焦がれ、その素性を探ってみれば自分の手には届かない存在だとすぐに思い知らされる。
同じ爵位であるがこちらは辺境伯で格下となる上に、あちらは金に全く困っていない裕福な貴族(仕事上のつきあいもあってその豊かな内情はすぐに知れた)の末娘。
彼女の周囲には心酔者がわんさかと群がっており、結婚相手を選ぶのに不自由をしていない。
声を近くで聞くことすら叶わない相手だ……でも、諦められない。
彼女をどうしても手に入れたい。
その妄執とも言える考えに取り憑かれて、いつもは用意周到に動き出すことを課しているのに、早く動き出さなければと焦った。
他の男にとられてしまうという焦燥感に駆られ屈強な男達を国許から呼び寄せたり、もし手に入れることができたならと彼女の住まう部屋をあちこちに用意した。どれか一つでも気に入ってもらえたらと願いながら、室内装飾に気を配る。
そうして自分でも訳の分からぬ準備に奔走したご褒美だったのか、一生分の幸福が舞い降りた。彼女の一族が主催する夜会の招待状が届いたのだ。
儀礼的に届けられた招待状を盾に背水の陣で乗り込んだ。
華やかな夜会に、私の存在は浮きまくっていた。移動するたびに、ざわめきが無様に途切れていく。
いつものことだ。気にせずに主催者の元に足を運んだ。
当主に挨拶し、その夫人方へ、そして彼女の母である女性に丁寧に頭を下げる。そうして意を決して彼女に手を差し出した。
「踊っていただけますか」
体よく断られても仕方がない、彼女の側で断りの言葉をつむぐその声を聞けただけでも善しとしなければならないと思っていた。
こちらの何もはまっていない指をすっと流し見られたことに気づく。絶望が競り上がってきたところに、彼女が本当に嬉しそうに微笑んで手を取ってきた。
「私の指輪を受け取ってくださいっっ」
「……よ、よろこんでっっ」
彼女の華奢な手から顕現したのはあれほどまでに焦がれていた『貞節の指輪』だった。急くように私のごつい手を取ってはめようと四苦八苦されている。
彼女に似た華奢な指輪。私の指にはめるだけで引き千切れそうな、握りつぶせばこわれてしまいそうな指輪。
呆然と彼女の動きを見ていたが、ご両親の強い拒絶の帯びた叫びに押された。
急ぎ、彼女の指にがっしりとした『貞節の指輪』を銜え込ませた。彼女と自分の指輪の差に、自嘲がこみ上げる。
私が差し出した指輪には、何だか色々と混じっていそうな気配がしてならない。私に縛り付けるために、貞節を誓い契約を交わし隷従することを乞う。
無骨なその指輪を不思議そうに眺め、私の指にはまったちんまりとした細いくさりのようなのを不安げに見比べている。
病弱で世間知らずな彼女は知っているのだろうか。『貞節の指輪』を交わした瞬間から、保護責任は親から配偶者へと移行する。
このまま我が領地に連れ去っても何の咎にもならないことを。