1.貞節の指輪
長らく病弱を理由に自室に引きこもり続けていたのだが、とうとう夜会に引っ張り出されてしまった。
周囲に群がる男達が、この世にいる女は私だけかのように、愛を捧げてくる。
そして、私の愛が欲しいと乞うてくる。
大勢の男達が差し出してくる手には、きらめく指輪がいくつも輝いていた。
それって『貞節の指輪』ですよねー?
奥さん、知ってました?
貞節って一対一の関係じゃないのよ、この世界では。
愛を誓い合って、取り交わす『貞節の指輪』がどうしてそんなにたくさん指にはまってるのか、未だに理解できませーん。
私の母の指にも計六個の指輪がきらきらと輝いてます。高位貴族の夫人ともなるとそれは当たり前なんですって。びっくり。
夫婦で競り合っているのか、父の指には計八個。母を除いた、あと七人の女性を私、全員存じ上げてますの。ご夫人同士で親しく言葉もかわしちゃってて、見ているこっちはもう精神ごりごり削られっぱなし。
どうしてそんなに仲良くできるのか、本当に気持ち悪い。
この世界、男の数が少ないとか、女の数が極端に少ないとかそんな人口比率の偏重は全くありません。
男尊女卑であるとか、その反対であるとか、表向きかもしれないけれどそういうのも耳に入ってきません。
貞節の誓いを複数の人と交わしあってる、それだけ。
指輪の数が二桁超えてる猛者がごろごろいるんだから、もーやだー、絶対にやだ。
世間の愛欲にまみれたくないと引きこもっていたら、虚弱体質認定をもらって、このまままっさらな指のまま独身を貫く所存だったのにっっ。
虚弱体質な私の指がまっさらでこれからも療養生活が続く中、それは余りにも可哀想というのが一族総意と聞かされたときは、
「捨て置いてくださればいいのに」とつぶやいた。
一族総意の元、私のための夜会開催が決定。衣装も気張ったものがばばーんと用意された。精一杯着飾れされた私は、家族と一緒に挨拶回りを無事に終えた。
さーやってきました供宴が。
男達が次から次へとやってくる。愛してる、愛して下さいと迫ってくるその指には燦然と輝く指輪たち。
まっさらな指をもつ男はいないのかっ。踊りの誘いを断るのに虚弱設定大出動中。
はぁーこれ以上、指を見ていたら吐く。
そんな中、異形の大男がこちらにやってきた。一瞬、広間が静まって不自然にざわめきが戻る。
父の一番大切な取引相手だと、笑顔がすこし固くなった母が教えてくれた。国境地帯を治める手腕の凄さに、ひれ伏すもの続出なんですって。
父と親しい仲にも礼儀ありな挨拶を交わしたあと、小娘である私に視線を合わしてくださった。
失礼にあたらないよう、背筋を伸ばして対峙した。
迷いを振り切ったかのように、こちらに手を差し出してきて踊りを乞われた。
その手に指輪はなく、ちらっと見てしまったもう片方の手にもはまっていなかった。
今、まさに天啓がおりた。
この人を逃したら、二度とまっさらな指にありつけない。
女の度胸は、いま!!
「私の指輪を受け取ってくださいっっ」
「……よ、よろこんでっっ」
手を、指を逃がさぬよう握りしめて私の指輪を急いで嵌めているうちに、あちらの指輪が一足先に私の指をがっしりと銜え込んだ。右手の薬指がじんじんと熱い。
私の指輪もとれる様子は無い。
両親達の叫び声が聞こえたけれど、何の問題もなし。『貞節の指輪』は思いが通じ合っている間は、外れないと聞いているから。
私は最愛の人を手に入れた。
……たぶん。