萌香のひとりごと
「萌香、色々世話になったな」
札幌に戻り2日、良き友となった勇と萌香は缶コーヒーを片手に大通公園のベンチに腰を下ろしている。緑いっぱい花いっぱい、水場で遊ぶがきんちょもいっぱい。果てたサラリーマンがちらほら。
二人に出かける宛はない。散歩がてら、近所の公園で休んでいるだけ。
「あははー、みんな仲良しがいいからね~」
萌香はいつも通り、気の抜けた口調で話す。
「仲良しにさせるために神奈川まで行くなんて、俺にはとてもできないことだ」
「仲良しに距離なんて無関係さ。それになんていうか、私は親父を亡くしてるからね。こう、なんだろう、勇や水菜っちは、親御さんが生きてるのなら、仲良くなってくれたらいいなっていうのもあったんだよね」
落ち着いた雰囲気の好々爺のように言葉を選び、紡いだ萌香。
中2の夏、萌香は癌で父を亡くしている。
「そうか」
こいつ、本当は何歳なんだよ、見た目は17歳だがとても同級生とは思えない。勇は萌香に対して、よくそんな感覚を沸かす。
「でも、そうはいかなかった。世の中、なかなか上手くいかないね」
「そうだな」
「でもね、せっかくそばにいても、どちらか一方でも気が大きくなったら、その重みで天秤が跳ね上げられちゃう。重みに耐えても、抗っても、深層心理では嘘をつけない。だから勇と水菜っちの家庭は崩壊した。それは間違いないかな?」
「そうだと思う。俺も、横柄になってたのかな」
「わからないよ。ただ勇と勇のお母さん、親父さんが、結果的には合わなかった。釣り合いが取れなかった。それだけは事実さ。水菜っちも」
「そうだな」
「あぁ、そうさ」
俄の沈黙。関東より涼やかな風が巨大なテレビ塔をものともせず一直線の公園を吹き抜ける。
「ちょっと独り言を言っていいかい?」
「ご自由に」
「病院のベッドで管に繋がれた親父、すんごい苦しいだろうにさ、私の前ではずっと笑顔だったんだ。
笑顔でいればどんなに辛いことがあっても幸せだ。いっしょに笑い合える人がいればもっと幸せだって。
俺は母さんと萌香と一緒に笑い合えて、最高に幸せだって、何度も何度も聞かされた。
だから私もなるべく笑うようにした。親父が死ぬ不安や恐怖、それに附随する邪気を祓うために。幸せになるために。
親父の棺に釘が打たれるときも、火葬場で焼かれる直前も、無理して笑ってた。
私に対する周囲の視線はすごく冷ややかだったけど、それでも笑い続けた。いま思えば、笑うことに囚われて心が病んでたんだと思う。
でもね、焼かれる直前の最後のお別れのときだけは堪えられなくて、床に膝を着いて大声で泣き叫んだ。
そのときは母さんが抱き締めてくれて、気が済むまで思いっきり泣けた。同じ悲しみを分かち合えた。
でも、水菜っちと勇は親父に恵まれなくて、お母さんにも向き合ってもらえなくて、お互い同じ悩みを抱えてる。だからね、苦しいときも、うれしいときも、涙を分かち合える関係になってほしいって、勝手に思ってる。そんなん私のワガママだってわかってるけど、どうにか幸せになってほしい。そんなことを、私は願ってる」




