マリー&バイオレット
うーほほーいっ!! 上手くすれば麗ちゃんとムフフな展開だぜー!! いつもより心臓バクバクで立つ玄関前。鍵を開けて俺の部屋へ突撃っ、だーあ!!
「うほーいっ! 場内進行だぜー!! ついでに麗ちゃんの場内も進行だぜー!! ってあれ? クルクルパーだ緊急停止ー!!」
相変わらず訳のわからないことを言いながら玄関の扉を開けた神威くんの先には…。
「ダァレがクルクルパーだコラァ!!」
神威くんは声の主に木製しゃもじでゴツンと強く、尚且つ痛快に頭を叩かれた。どうせなら金棒でやればいいのに。他の人に金棒で攻撃したら死んじゃうかもだけど、彼なら大丈夫。だと思う…。
「イテッ! なんだよるっせーなぁ! 髪クルクルパーだろ!?」
何故か玄関で仁王立ちしながら待ち構えていたのはボテボテナマハゲ、じゃなくて鬼のような形相で明らかに怒り心頭の神威くんのお母さん。とてもどす黒いオーラがじわじわ溢れ出ている。ピンクのエプロンに貼り付けられたヒヨコ三羽の隊列がミスマッチだ。
「これはパーマっていうのよお!! それよりアンタァ!! また奇声上げながら帰って来てからにぃ!! 部屋の中から丸聞こえよお!!」
あーもう邪魔くせぇなぁ! なんでこんな時にナマハゲ居るんだよ!? せめていつも通り仕事やらで留守してて、麗ちゃんとキスしかけたりとかイイ感じになったトコで帰って来るパターンがセオリーだろ。まったく天に召します意地悪な神様だぜ! って、俺が神だった。あいにく地上に降臨してるけどな。神は自らの物語を紡がなければならない。だがなんてこった。このナマハゲ、何を間違えたのか本名はマリアという。つまり神を産み出した聖母、名前だけなら絶対的存在だ。マジ名前負けもイイトコだぜ。
母チャンのガキん頃の写真には、聖母マリアの刺繍が施されたスカジャンを羽織って夜に仲間とバイクを乗り回してる姿があった。故郷の網走で総長をやってたという当時と現在の姿はあまり変わらないが、決して若さを保ってるわけではなく、元々老け顔だったというほうが正しい。
「コラアンタァ!! 何か変なこと考えてるでしょーお!? お尻の穴に箸差し込むわよお!!」
「なんだよきったねーなぁ!! やれるもんならやってみろ!!」
イチイチ声でけぇんだよ。近所迷惑だろ?
「フンッ!」
ブスッ!!
「うおっ!? うおおおおおおっ!! おおおおおおっ!!」
神威くんのお母さんは躊躇なく神威くんを持ち上げて肩に掛け、お尻にお箸を差し込んだ。神威くんはあまりのショックでお尻をビクビクさせながら悶えている。後で穴が開いちゃったズボンを縫合してあげよう。パンツは穴開きのままでも問題ないかな?
「あら、お嬢さん、神威のお友だち?」
私に目を遣った神威くんのお母さんは、神威くんを床にドスンと落として話し掛けてきた。神威くんは悶えながら慎重にお箸を抜いている。うん、コーティングされた木製の立派なお箸だ。きっと神威くんが愛用しているのだろう。じゃないとお母さんはお尻に差し込んだりしないよね。高級品のようだから、もちろん洗って再使用しなきゃ勿体無い。
「あ、はい、はじめまして。留萌と申します」
神威くんのお母さんとは、以前ここへ来たときに神威くんの布団の中に隠れて見たことはあったけれど、こうして会話するのは初めてだ。
「留萌さん? あらあらこんな綺麗な子が神威と一緒になんか居たらダメよ? 何されるかわかったもんじゃない」
私が綺麗かどうかは別として、ごもっともな忠告の返答に困った私はとりあえず苦笑いで誤魔化した。
「なんだと!? 麗ちゃんは俺の彼女だ! 大切な女性だから下心はバリバリあっても無闇に手出ししたりしないぞ!」
「神威、バレバレの嘘ついたって仕方ないわよ。こんな綺麗な子が神威の彼女だなんて、あっちゃいけないの」
「おいおいおい! 息子を信じろ! 麗ちゃんは正真正銘俺の彼女だ! なっ? 麗ちゃん」
「あ、はい…」
「麗ちゃん? あらあらあなたが麗ちゃん!? 神威がよくあなたの名前を呼んで発狂するのよ。この子妄想癖があるから恋人だのなんだの勝手なこと言ってるけど、放っておいてお茶でも飲んでいってくださいな」
神威くんのお母さんは中年女性によく見られる招き猫のような手先の振り方と笑顔で言った。
「あ、はい。ありがとうございます。おじゃまします…」
「はいはいどうぞどうぞー」
「おう、おじゃまだなんてとんでもない、むしろ大歓迎だぜ…」
息絶え絶えに言った神威くんの表情は痛みと呻きで疲れきり、今にも気を失いそうだった。
私は靴を脱いで客間へ通され、神威くんは床を一旦自室へ入った。
「はい、今日はお客さんが来てるけど、気兼ねなくのんびりしていってちょうだいね」
言って、神威くんのお母さんはその場を去り、私はゆっくり戸を閉めた。
客間は和室になっていて、少々色褪せた四畳半の畳が敷き詰められ、中心に正方形の漆塗りされたお茶卓の各辺に、紫色の座布団が一枚ずつ、そのうち部屋の入口から見て右側には、緩やかな縮毛をかけた長髪に、白いブラウス、黒いミニスカートとタイツ姿の10代後半から20代前半と思われる女の人が体育座りしていた。彼女もきっとそうで、私もそうなのだけれど、正座すると脚が湾曲しやすくなるので、なるべく体育座りしている。
「あら、お客さまでいらっしゃいますか?」
透き通る甲高い声にも気品がある。おーほっほっほっ! という台詞がとても似合いそうだ。
「あ、はい、こんにちは」
名乗ろうかな? でも私は名乗るほどの者では…。
「ごきげんよう。どうぞ、腰を下ろしてくださいませ」
「あ、はい、ありがとうございます…」
彼女はしなやかに腕を伸ばし、私に腰を下ろすよう少し内側に丸めた五本の指で対面を差した。
「貴女さまは、神威のご友人でいらっしゃいますか?」
私が腰を下ろして一拍置いたところで話しかけてきた。
「あ、はい…」
うぅ、人見知りがぁ。凄く緊張する。
「左様でございますか。いつも神威がお世話になっております。私、神威の従姉にあたります、音威子府純玲と申します」
失礼だけれど、とても神威くんのいとこさんとは思えない。お歳はいくつなのだろう。
「留萌、麗です。こちらこそ、神威くんにはいつもお世話になっています」
「あらあら、神威がお世話だなんて…」
言いながら、純玲さんはクスクス笑っていた。
「失礼いたしました。麗さま、とてもお綺麗でいらっしゃいますわね。どうぞ宜しくお願いいたします」
言って、純玲さんは右手を卓の中ほどまで差し伸べた。
「いえ、綺麗だなんて。こちらこそ、宜しくお願いします」
言いながら私も手を伸ばし、握手を交わした。
◇◇◇
げっ!? なんてこった! 隣の客間から純玲の声が聞こえるぞ!? やばいやばい、どうすんべ!? 麗ちゃんも居るから逃げらんねぇぞ!
ご覧いただき本当にありがとうございます!
そう簡単にラブシーンとは行かないのが本作。神威はチート気取りの残念な子ですからねw
流行りの主人公チートで何か面白いものを見出だせるのかと考えていたら、ちょっとしたネタを思い付きました。連載する気はございませんが、短編か幕間で出してみようか検討中です。
Twitterでの予告通り、マリアさん登場ですw ついでに純玲さんも出してみました!