通行人A
「サザンビーチはあそこの地下道をくぐり抜けてすぐですよ~。皆さんどちらから来られたんですか?」
静香が呼び止めた通行人の女性は俺たちと同年代くらいで、ミルクティーブラウンのロングヘア、くりんとした瞳に豊かな胸を持ち、まったりした雰囲気を放っている。デニムのショートパンツに、青字の筆記体で『Ohana』と記された白いTシャツ姿が湘南らしさを引き立てている。
水菜もそうだが、この辺りの女性は巨乳が多いのか?
「札幌から!」
「おおっ、味噌ラーメンと雪まつりの! 今日はのんびりしてってくださいね~」
「おう! サンキューな!」
静香が礼を言い、俺たち三人もそれに続くと、彼女はひらひらと手を振りながら「またいつか~」と駅方面へ歩き出した。
「なんか、文化が違うな」
彼女に言われた通り、俺たちはバス停から見て斜め向かいの国道をくぐり抜ける地下道を淡々と進む。地下道の壁は海の波を模したスカイブルーとホワイトのツートンカラー。白い部分にはシャボン玉のようなまるいキャラクターが描かれていて、よくある地下道の薄暗い感じとは相反して全体的に爽やかな印象だ。
「さっきの人?」と万希葉が返した。
「あぁ。なんかこの街って駅周辺は普通に都会の殺伐とした感じがあるけど、この辺の空気はなんかのんびりしてて、さっきの人も田園風景が広がる地方の人の雰囲気とは違う、ハワイとかバリ島みたいな南国っぽい穏やかさがあった」
「なんだ勇、そんないいとこ行ってたのか! こんどアタシらも連れてけよ!」
「行った記憶はないがそんな気がしたんだ。それと飛行機とか船には乗りたくないから渡航は断る」
「大丈夫だよぉ。貨物室に入ってれば外は見えないから」
「萌香、貨物室好きだよな」
「あははー、貨物室が好きというよりは勇を貨物室に入れてみたいってとこかなー」
地下道を抜けると、国道へ続く坂の中間に出て、少し高い場所から砂浜を見下ろせる。いくつかの海の家の向こうに蒼く輝く相模湾が広がっている。砂浜に沿ったサイクリングロードには黒いアスファルトに水色と白の小石のような欠片が散りばめられていて、これまた爽やかな印象を受ける。そのずっと向こうには、以前修学旅行で訪れた江ノ島が寝ている。
「あ、私これテレビで見たことあるー」
萌香が指差したのは、サイクリングロードの脇にずっしり構える『C』の形をしたコンクリート製のモニュメント。俺もいつしかテレビで見たが、思ったより大きく、高さ3メートルくらいはある。空や海の蒼と江ノ島を背景に黒光りするその姿は、なぜか暑い中で警備にあたるSPを連想させた。
「そうだ、せっかくだからみんなで記念写真撮ろうぜ!」
で、出た、この派手めな連中的なノリ。写真なんか別にモニュメントだけ写しておけば良かろうに。
「ほら勇、スマイルスマイル!」
「俺のスマイルは有料なんだ」
静香と萌香に無理矢理モニュメントの前まで引っ張られた俺は、スマイルの注文を受けるも品切れで用意できない。売値は一個一万円だから在庫を切らしてしまったのは残念だが、そう簡単に生産できるものでもない。だからこそ値が張るのだ。
「あははー、自撮りだと四人写らないや」
スマートフォンの画面を見ながら、萌香は手を伸ばしてどうにかフレームに四人を収めようとするが、なかなか上手くいかないらしい。女三人と密着しているせいで、俺の鼻孔をシャンプーの甘い匂いが3倍増しで刺激する。
「なんなら俺が三人写すか?」
「勇、無駄な抵抗はやめろ。すんませーん!」
静香は俺の肩をがしっと掴み牽制すると、またも通行人に声を掛けた。
お読みいただき誠にありがとうございます!
今回は通行人として別作品のキャラクターがゲスト出演いたしました!




