心臓が止まってしまいそうだ
陽が沈み、北海道とは異なり夜も変わらず暑い風を感じながら、水菜の捜索を今日のところは断念した勇と萌香はハンバーガーショップで食事を済ませ、駅に近いビジネスホテルの一室に入った。宿泊代金が廉価で有名なホテルチェーンだ。
「おい、なんでベッドが一つしかないんだ」
暗い部屋に暖色証明を灯すと、シングルより若干広いベッドと小さなテーブル、テレビが浮かび上がった。ごく一般的なビジネスホテルのインテリアだ。
「あははー、セミダブルっていって一応二人用なんだよー。ダブルより安上がりなのさー」
「にしたってこれじゃ寝返りもうてないだろ。俺、寝相悪いから腹にかかと落としするぞ」
「だいじょぶだよぉ、やられたらキンタマにかかと落とししてやるー、百倍返しさー」
「お、おまっ、キンタマだと!? あれがどれだけの苦痛を伴うか知ってて言ってるのか!?」
「知るわけないじゃんかー、あ、勇は私の下半身見たことないんだっけ? 残念だけどぞうさん一式は付いてないんだよぉ」
「‘勇は’って、過半数が見たことあるみたいな言い方だな」
「だって、ねっぷがスカートめくりするからもっこりしてないのはクラスの大半が知ってるんじゃないかと思うんだよ」
「そうか、色々大変なんだな」
納得の沈黙の後、1から12まで全てのチャンネルが映るテレビに驚いてから、北海道でも同時刻で放映されている音楽番組を視聴すると、二十一時五分前となった。そろそろシャワーを浴びなくてはと思い立った勇。
「なぁ、大浴場ってどこにあるんだ?」
「あははー、そんなのあるわけないじゃんかー。ここはリーズナブルが定評のホテルじゃんかー」
「じゃあ、脱衣はユニットバスで?」
「別にここで脱いでも廊下で脱いでもいいよ」
「萌香は俺をなんだと思ってるんだ?」
「キミはおかしな質問を連発するね。勇は勇でしかないし、それ以下であってもそれ以上ではないよ」
「以下ってなんだよ。逆に気になるだろ」
「そうだなぁ、ねっぷ以上のおサルさんか、勇が勇に成る過程の迷える子羊、かな?」
屈託ない笑みで図星を云われ、けれどそれが不快ではなく、むしろ嬉しいくらいの感覚。萌香の勘は鋭く、しかも恩を押し売らないスマートな優しさがある。
「後者は認める。だがねっぷ以上のおサルさんとはどういう意味だ」
「それは自分が一番理解しているんじゃないかな?」
わかっている。夏海との出来事が鮮明に蘇る。だが萌香はそこまで見抜いているのか?
「自覚、あるみたいだね。大丈夫、私も似たようなものだよ」
えっ? と、聞き取れたのに思わず聞き返す。
「じゃあ、お先にシャワー浴びてくるね」
そうじゃないと、身もココロも持たないや。私の人格もまた浮遊していて、落ち着く場所を見付けられていないから。早くなんとかしないと、加熱し過ぎた情に耐えきれなくて、心臓が止まってしまいそうだ。
お読みいただき誠にありがとうございます!
約二ヶ月半ぶりの更新となりました。毎度遅めの更新で恐れ入ります。
遅い分、キャラクターの描写をより丁寧に描くよう努めてまいります。




