夏の夕暮れ、まどろみのひととき
水菜を乗せたバスが発車して間もなく到着した次のバスに、勇と萌香は乗車した。
「あははー、このバス幼稚園バスみたいだねー」
「俺たち幼稚園児みたいだな」
勇と萌香が乗車したのは、白い車体に幼児向けとみられる丸みを帯びた動物のキャラクターが描かれた路線バス。車内も青地のシートにキャラクターの絵柄がプリントされている。必死な状況にこのバスと萌香のテンションは拍子抜けしそうだが、ニヤリと少し気持ちが和らいでいるのも事実。
「わーお、前のバスに追いついた!」
乗車から三分、勇と水菜を乗せたバスは自家用車を挟み、水菜を乗せたバスの約十メートル後ろに追いついた。前方のバスが客を集めたため、後続車は途中の停留所を通過できたのだ。終点まであと二区間。このまま行けば同時到着で水菜を捕まえられる。
『次は、中央公園前、中央公園前……』
終点の一つ手前のバス停に近付いたとき、ティントーン! と軽快に降車チャイムが響いた。
「なっ!?」
思わず声を出す勇。
前のバスも止まれ! 止まってくれ! 止まれやコラ!
予想外の出来事に勇は焦りを隠せない。遥か北海道から恐怖で心臓が張り裂けそうな思いで飛行機に乗り、神奈川に降り立ち、ラッキーにも水菜を発見できたのに、こんな所で見失うなんて、あまりにも酷過ぎる。
しかし祈り届かず、前方のバスは停留所を通過。勇のバスは停車し、財布から小銭を漁り、両替をする若い男を待つこと約一分、ようやく発車できたが、前方のバスはもう見えず、すぐそばの交差点で三分、その次と更に次の交差点で一分ずつ停車し、まもなく終点の駅前ロータリーに到着する。
「あー、あの回送車、水菜っちが乗ってたヤツだ」
「よくわかるな」
「車両番号を覚えてたんだよー」
回送車とすれ違ったのは駅前の交差点。到着してから客を降ろし、ここまで折り返すにはそれなりの時間を要しているはずだ。
バスを降り、駅ビルや家電量販店など、商業施設を探し回ったものの、水菜は発見できなかった。精根尽き果てた勇はペデストリアンデッキのベンチに腰を下ろし、少し広げた両脚に組んだ腕を載せ、項垂れた。
一切の疲れを見せない萌香は、勇の左隣にそっと腰を下ろしてから、僅かに身を寄せた。
「勇はすごいね」
「なんでだよ。ここまで来て結局捕まえられなかったじゃないか」
「それでも、淡い希望を抱いた水菜ちゃんを傷付けないために、苦手な飛行機に乗って、ここまで追いかけてきたじゃん。それとも単にストーカーをしたいだけ?」
「ちげぇよ。もう一度やり直そうなんて言われて、それを信じたヤツがバカを見るなんてよくある話だから心配しただけだ。傷付いたときに一人ぼっちはつらいだろ」
それを聞いた萌香は少し頬を染め、天使のように微笑んだなど、勇は気付かなかった。
「うん、そうだね。じゃあさ、もう夕方だし、今日はゆっくり休んで明日はじっくり捜し回ろう? 近くにビジネスホテルあるから、そこ予約するね」
「悪いな。萌香まで巻き込んで」
「なに言ってんのさ。仲間だろ? それに水菜っちは、私の親友だゾ」
街の喧騒と、どこからともなく聞こえてくるセミの声。肌をこんがり焼く真夏の太陽はまもなくビル陰に隠れ、ふたりを、街を、柔に包み込む。そのまどろみに、ふたりはそれぞれの思いを馳せ、身を委ねた。
お読みいただき誠にありがとうございます!
毎度更新が遅くなりまして恐縮です。
この物語は良いアイデアが閃くとスピーディーに書ける反面、構想を具現化する作業が他作と比較して難易度が高いようです。
パンツに顔をズリズリする回からスタートし、いくらかの不純を孕んだ本作を、今後とも生温かく見守っていただければ幸いです。




