合法ロリに逆襲しようかな
いよいよ開場時間の十時。即売会開始を報せる案内放送が響き渡ると、まだ一般参加者、つまり買い手が入場していない会場に、売り手たちの拍手が沸き起こった。それからまもなく、一般参加者が鉄砲水のごとく極限まで走りに近い速歩きで目当てのブースを目指し続々と入場してきた。たった今まで枯れた川のような通路が、一気に限界水域を超えてしまった。
会場は息苦しくなるほどの熱気と汗の臭いが充満し、心なしか天井が曇ってきたかのように見える。昨日も体感したけれど、売り手側としてブース内に座っている分、パーソナルスペースは確保できているので、人混みによるストレスは比較的少ない。
「一冊ください」
「あ、はい、ありがとうございます」
十時三分。最初のお客さまが購入者さまが訪れた。この即売会では売り手、買い手が対等の立場にあるという考え方から、クリエイター、お客さまという概念はない。お互いに交流を深めるのも醍醐味の一つで、アマチュアも、アニメ作品のテロップに登場する方でもSNSなどを用いて、観客とじっくりお話したいと云う場合も珍しくない。
最初の購入者さまは二十代くらいの細身の男性で、行列ができている両隣さんには及ばずとも、その後も二十代と見られる男女を中心に、コンスタントに購入者さまが現れた。
「麗姫、ありがとう。そろそろ接客を替わろう」
スペースの都合上、接客は一人で行わなければならず、知内さんは私の背後でスマートフォンを操作していた。きっとSNSでファンの方とやり取りをしていたのだろう。知内さんはウェブサイトにイラストや漫画を公開していて、そこで知り合ったファンの方と積極的に交流し、同じ趣味を持つ方々と共に応援し合い、札幌市周辺にお住まいの方とはオフ会もしているとか。
ふぅ、これにて一段落。接客から解放された私はふと天井を見上げると、昨日と同じく、同じ建物にいる数万人の参加者から発せられた熱気で曇っていた。
「インターナショナルうほーいっ!!」
「Uhoi!!」
「「うほーいっ!!」」
気にしないようにはしていたのだけれど、神威くんは隣のオセアニア人サークルのお手伝いさん、しかも結構美人の女性となにやら盛り上がっている。奇妙なテンションで『うほーいっ』を何度も繰り返し、とにかくうるさい。
「Yeah!! Your crazy!!」
「おっ! いまの英語ニュアンスでわかったぜ! 俺は天才ってことだな! 北海道を支配してきた神たる俺が、とうとう世界を支配するときが訪れたんだな! そうとなれば全宇宙を支配する日もそう遠くないぜ!」
おかしな人ね!! と云われた神威くんは都合の良い解釈をしている。知らぬが仏。
「やあやあやあ! 遠路遥々ありがとう!」
知内さんの声が聞こえたので振り返ると、黒いチリチリパーマの外国の女性と会話をしていた。
「あなたに会うのと、この同人誌のためだけにブラジルから来たヨ!」
ブラジル!? 見た目は子供で頭脳は煩悩にまみれた醜悪な大人が純真無垢な少女を汚してハァハァする不健全極まりない本のために地球の裏側から来たの!? 時間とお金の無駄です! もっと有意義な使い方がある筈です! どうせ百合本を読むなら他の方の作品を強くお勧めします!
その後も知内さんのお仲間さんという札幌の方や、沖縄の方など、国内外から多くの方が訪れ、なんと開場から三時間ほど経過した十三時頃には用意していた三百冊がすべて売り切れてしまった。
あわあわあわあわ、どうしよどうしよどうしよう!? あんなろくでもない本がまさか世界進出しちゃうなんて!!
でも、どうしてだろう、ちょっとうれしいな。みんなで徹夜して作った本を、色んな人に楽しんでもらえるところを想像したら、頑張って良かったって、少しだけ思えた。
今度は私も、なにか描いてみようかな。純真無垢な少女が合法ロリの醜悪な大人に逆襲する純粋で健全な本でも。




