勇、飛び立つ
これは、新聞部の七人が東京へ旅立つ前日の話である。
勇と水菜、夏海の三角関係に進展はなく、勇は家庭問題に頭を抱え、水菜は萌香以外には事情を話さぬまま茅ヶ崎へ飛び、夏海は夏期講習と、三人それぞれの課題に向き合っていた。
30℃近くまで達した昼間、父親と取っ組み合いの喧嘩をして疲弊した勇は行く当てもなく札幌市街を彷徨っていた。父親に投げられたビール瓶が左腕に当たり、少々腫れてジンジン痛む。
まずは札幌駅に隣接するビルの最上階にあるラーメン共和国で腹ごしらえ。今回は旭川の醤油ラーメンにした。次に同じビル内にあるゲームセンターで独りカーレースとリズムダンスゲーム。続いて家電量販店でキレの良いと評判の最新型電気シェーバーを見てニヤニヤしたりと、エスカレーターで徐々にフロアを下っていった。これが勇の日常だ。
翌日から合宿とあり、勇は旅支度のため早めにビルを出て、薄暗いビル群を他の歩行者の邪魔にならぬよう歩道の端をとぼとぼと自宅へ向かう。
「おーす!」
下を向きながら歩いていると聞き覚えのある声に呼び止められて振り返った。
「おう」
声の主は萌香。バイト帰りで角地のコンビニに寄ろうとしたところ、とぼとぼ歩く見覚えのある姿が視界に入ったため呼び止めたという。 この界隈では他に神威と万希葉に遭遇しやすい。
「どうした? いつも以上に元気ないぞ?」
勇はさりげなく車道側に寄り、萌香を内側にして並んで歩く。
「色々あるんだ」
「色々? 例えば?」
「どの電気シェーバーを買うかとか」
「あははー、なんだそれー。取り敢えず高いの買っとけば間違いないゾ☆」
「生憎そんなリッチじゃない。マニュアルタイプの替刃を買うのだって躊躇するくらいだ。なんならカミソリ負けの回数で勝負するか? 俺は年間100回前後だ」
「あははー。私は10000回さー。ウソだけど。ならさ、私と一緒にバイトする? 接客がイヤだったら洗い物専門でもいいし」
「考えとこう」
「あははー、断られたー」
「いやいや、本当に考えとくわ。家に居るのイヤだしな」
「そうかー。左腕が腫れてるのは何かあったのかな?」
「いつものことだ。骨折はしてないだろう」
「いつもそんなじゃカラダもココロも壊れちゃうぞ?」
「もう壊れてる。少なくともココロは」
「なんだか心配だなー」
「大丈夫。心配には及ばない」
「たとえ今は大丈夫でも、ふとしたキッカケで壊れてしまうものだよ。勇も水菜っちも」
「アイツがどうかしたのか?」
「茅ヶ崎に帰ったよ。もしかしたらもう戻らないかも」
「は?」
「お父さんがね、反省した帰って来てくれってしつこいんだってさ」
「おいおい待ってくれ。そういうこと言うヤツは反省したところで行動は改善されないぞ」
「だったら今すぐ茅ヶ崎へ飛んで水菜っちを助けに行くといいさ」
「でも住所知らん」
「なら向こうに着いてから本人に電話するなり調べるなりすればいい。とりあえず近くまで行ってれば、すぐに助けに行ける」
「助けるったって、俺に何が…」
「胸を貸すだけでもいいさ。不器用なら黙って慰めるのもオトコってもんじゃない?」
「かもな。サンキュ」
「飛行機、一緒に乗ろうか?」
「…悪い、頼む」
乗ったら精根尽き果てるくらい飛行機が苦手な勇は、萌香に付き添われて一路茅ヶ崎へと旅立った。
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今後は即売会と勇の勇み足の組み合わせで進行する予定です。




