温もりとリセット
ここ数日、自分の気持ちに向き合おうとか不器用な性格を直したいとかで悩みに悩んで深みに嵌まった俺だが、休校で土曜日の今日は気分転換に夏海と遊ぶことにした。
「勇は進路どうするの?」
昼過ぎ、昼食後に落ち合ったふたりは駅前にある家電量販店でローズピンクのポータブルプレイヤーを手に取って見ながら夏海は俺に訊ねた。
「まだ決めてない」
「じゃあ北海道出るの? それとも内地でも行くの?」
「家は出ても北海道は出ないだろうな。飛行機乗りたくねぇし。夏海はどうするんだ」
「私も出ようとは思わないな~。東京とか大阪とか怖そうだし、札幌圏なら進路も生活も困んないし」
「じゃあ神奈川とか兵庫なんかどうだ?」
「あんま変わんないでしょ。私を道内から追放したいわけー?」
「そうは言ってない。ただなんというか、その理屈なら札幌でも怖いと思うぞ」
「うん、変な人いるよね。ゴキブリ飼ってるヤツとか中学生なのに風俗行っちゃうヤツとか奇声上げながらパンイチで走り回るヤツとか」
「害虫マニアにマセガキと露出狂か。意外と治安悪いんだな。俺もよく見掛けるけど」
「あんだけ影響力あるんだからあるイミ神だよね」
「だな。疫病神のような気もするが」
その頃、神威の部屋では…。
「ハークション!! おうおうおう! 今日も誰かがイケてる俺のウワサを流してやがるぜ! 人気者はツラいなぁ! 麗ちゃんのお見舞いがないのはもっとツラいけどな! わーはっはっはっはっ!!」
怪我は完治していないが相変わらず気楽な生活を送っていた。
家電量販店を出た勇と夏海は琴似にある夏海が住むマンションでゆっくり過ごす。いわゆるおうちデートだ。七飯家はつい最近このマンションの7階へ越したばかりで、以前は勇や神威の近所に住んでいた。夏海の両親はミュージシャンの追っかけで横浜へ旅立っている。
夏海特製のアイスレモネードをお供にのんびりした時間が流れる。中学時代、PC漬けでインドア派の勇と、バスケ部で激しい運動していた夏海にとって、両親が留守の日にこうしたゆるりとした時間を過ごすのは良い気分転換だった。
「このレモネード、なんか落ち着くわ」
「でしょ? 隠し味にローズマリーのハチミツを加えるのがポイントなんだ」
レモネードの味と褒められ嬉しそうに語る夏海に、勇は懐かしさと安心感を覚えた。
俺はこうやって世話になるばっかりだ。夏海と付き合ってた頃、ねっぷに振り回される日常、万希葉に心配されてカレー食わせてもらったり。そして今もこうして世話になっている。そのくせ俺は、誰かの力になれているとは思えない。ぶっきら棒に人を遠ざけることもあるくらい、独りであろうとするんだ。そこに、もどかしさを感じるんだ。
「どうした勇? いつもに増してボーッとしてるぞ?」
「普段ボーッとしてるか?」
「ボーッと、っていうよりは、何か考え事してる? 心配が募ってそれに縛られて、内側から何かを出せないでいる感じ」
「色々あるからな」
「もっと話せばいいじゃん。私だけにでもさ」
「言葉にさえ出来ないんだ」
「そういう人だよね、勇って。典型的なインドア派?」
「そうだな。上手くコミュニケーションが取れないから他との接触を拒むのかもな」
勇が言うと夏海は立ち上がり、彼の背後へ回り込んだ。勇はそれを目で追い、首を右斜め後ろへ向け、夏海を見上げる。夏海はそれに構わず膝を絨毯に着け、屈み込んで勇を優しく抱いた。勇のからだは自然に夏海と向き合い、密着する。
「上手くコミュニケーションが取れなくても、伝わるモノってあるでしょ?」
ローズマリーの甘く華やかな香り漂う吐息が勇の首筋と心臓をくすぐる。やわらかいからだの感触と、しっとりした髪の感触に勇は身動ぎさえ忘れ、ただ身を任せた。
「これね、勇が教えてくれたんだよ? こころを伝えたくても上手く言葉にできないとき、こうすれば伝えられるって」
「ごめん、意図は伝わってるのに、からだが思わぬ方向に反応するんだ」
「ハハハッ、なら久しぶりにお昼寝する? その後ならからだにだってこころは伝わるんじゃないかな?」
「いいのか?」
言って、勇は口中に溜め込んだ唾液をごくりと飲み込んだ。それと同時に脳内で絡まっていたストレスファクターが一気に解け、思考能力が奪われていった。
「フリーでしょ?」
「まぁな」
「じゃあ、今回だけはセラピーだと思って割り切ってよ。私もそのつもりでいるからさ」
「合理的解決?」
「そんなとこかな。これで中学時代の恩返しができるなら」
「恩返し?」
「バスケで負けたときの」
「それなら十分にしてもらった。寧ろ俺が恩を返さなきゃいけないくらいだ」
「ええいっ! うるさいっ!」
夏海は御託を並べる勇を押し倒し、唇を重ね黙らせた。
30分後、何も飾らず寝転ぶふたり。勇は頭を抱き寄せられ、夏海の胸に顔を埋めていた。
「恩返しとか不器用な性格を直したいとか、それ以外にも悩みとか背負うものは色々あるかもしんないけどさ、一回リセットしようよ。私は勇に抱き締められて、そういうのを感じたよ。そこからさ、悔しさを振り切って新しい私が始まった。だからって言うのも語弊があるかもしんないけど、きっと共通するものはある筈だから」
「うん。リセットされた気がする」
「良かった。今は何も考えないで、ゆっくりお休み?」
午後3時のまどろみのなか、ふたりはゆっくり目を閉じ、吸い込まれるように一時の温もりへと堕ちていった。
ご覧いただき誠にありがとうございます!
今回は100%ピュアではないふたりのお話でした。




