プチ同窓会
「おっす! 久しぶり!」
コンコースの支柱に凭れ掛かり、スマートフォンで塩化セチルピリジニウムというメディカルドロップに含まれる殺菌成分について調べていた勇の両肩を正面から現れた夏海がガシリと掴んだ。
「おっ、おう」
「変わってないね!」
「夏海もな」
「えー綺麗になったでしょー?」
「…」
「スルーすんな!」
夏海は冗談混じりに勇の肩をバシリと叩いた。
「リアクションに困ったんだ」
「ふぅん、見惚れちゃったんだー」
「あぁ、うん、そうだな」
二人は駅を出て、神威の住むマンションへ向かって歩きだした。
音威子府家の玄関前に着いてインターフォンを押すと、神威は猛烈な尻の痛みで立ち上がれないとのことなので、勇は手持ちの針金でピッキングして夏海とともに部屋へ入った。
「おう! 久しぶりだな夏海! 相変わらずイイケツしてるな!」
神威は青年向け雑誌が散乱するベッドに座ったまま二人を迎えた。
「ねっぷ久しぶりー! こんなに部屋汚くしてたらゴキブリ出るよ!」
「大丈夫だ! 俺とゴキブリは親友だからな! この部屋には一万匹以上住んでるが、その統領がこの‘ごきぶりん’だ!」
神威が紹介すると、ごきぶりんは箪笥の上の飼育ケースを飛び出して神威の頭上に飛び移り、触角をピクピクさせて夏海に挨拶した。
「ごきぶりんよろしくねー!」
横で見ていた勇はごきぶりんが苦手ではないものの、俺の周りの人々はなぜどこかぶっ飛んでいるのだろうか。ゴキブリを平然と受け入れるなんてどうかしてるだろうと常識の殻に篭もっていた。
「いやーしかし参ったぜ。このままじゃ麗ちゃんにフラれちまう」
「えっ!? ねっぷ彼女いるの!?」
「おう! だけどよぉ、手ぇ出すとすぐブッ倒されちまうんだよな~」
「そりゃそうだ。公衆の面前でロマンスの欠片もなく手出しされたら普通は嫌がるだろ」
「でもねっぷだったらそんくらい強い女の子じゃないとお互い身が持たないんじゃない?」
「まぁな。二股認めるくらいだから相当根性あるぜ」
「浮気したの?」
「いや、ダブル告白されてよ、もう一人の相手と二重交際でもいいって言われたんだ。でもソイツはそれは出来ないって言って辞退した」
「ねっぷがダブル告白された? あ、わかった! 妄想族だ!」
「なんだと!? 事実だぞ! なっ!? 勇」
「見てないからなんとも言えんが、その女子二人の態度を見てるとあながち嘘とも言い切れないから腹立つよな」
「なんだと!? 神への冒涜とは不届き千万! さては勇、水菜ちゃんと上手くいってないから八つ当たりか?」
「誰その子。勇の新しい彼女?」
夏海は内心を読み取りにくいぽかんとした表情で二人に問うた。
「彼女じゃねぇけど勇に惚れてるみたいでよぉ。でも勇がろくに相手にしないから最近近寄らなくなってきたんだ」
「勇ひど~い」
夏海のじっとりとした視線が勇の柔なハートにずぶずぶとのめり込み、胸と胃が苦しくなる。
「気持ちに整理がつかないんだ。好き好き言われると俺も自然に意識しちまうし、決して不快ではない、というかぶっちゃけちょっと嬉しい。でもだからといってそれが恋愛感情なのかと言われると判らない」
上手く言い表せらんないけど、夏海に告白された時の感覚とは違う嬉しさなんだ。だから恋か否か推察しかねる。水菜に構われなくなった今は自分の気持ちと向き合う絶好のチャンスなのに、未だに整理がつかない。
ただハッキリしているのは、新史さんにベタベタしてんのを見ると、なんだかムカツク。それが嫉妬であるのは間違いないが、想い人に逃げられたためか、自分を慕ってくれていた人に逃げられたために起こるものであるのかがハッキリしない。
「よし! じゃあとりあえず私とデートしよう! その後にその子との時間を作って気持ちを確かめるなり、私と縁りを戻すなり考えればいいよ!」
「おーっとちょっと待て! 今の今まで気付かなかったが、もしかして勇と夏海って付き合ってたのか!?」
「まぁな」
「うん! 中2の夏から卒業するまで!」
親指と人差し指で円を作る夏海と、平静な勇。
「うおおおおおお!! そうだったのかああああああ!! スマン!! そうとは知らずにケツ触りまくってパイタッチもしまくってた!!」
「ははは、私はねっぷの性分だと思って気にしてなかったけど…」
「俺も諦めてたな。夏海が嫌がったら止めるつもりではいたが、特にトラブルなく三人とも円満だったからな」
「そうかそうかそれは良かった! じゃあ過去は気にせず前を向こう! 気合いだ! 勇気だ! 前っ、進っ、だあ!!」
「だあー!」
「だあ~」
こんな流れで、勇と夏海は再びデートする運びとなった。
ご覧いただき本当にありがとうございます!
ここ数回ヘビーなお話が続きましたので、今回はライトにいたしました!




