卑しい自分
「私と勇が付き合ってる? いやいや違うって。勇がね、不器用な性格を直したいみたいだから相談に乗ってるの。でも私じゃお手上げだから電話したんだー」
テーブルを挟んだ勇の向かい側で誰かと通話している万希葉。勇には相手が誰であるか察しがついていた。
「うん、じゃあ勇に代わるね」
「えっ、急に代わられても困る…」
戸惑いつつも万希葉からスマートフォンを押し付けられ、勇は仕方なく耳を当てる。
「もしもし…」
勇が通話を始めると万希葉は胸ポケットからおもむろに掌サイズの赤い音楽プレーヤーを取り出して白いイヤホンを耳に差し込み、音楽を聴き始めた。
『もしもし勇ー? 久しぶりー! 夏海でーす☆ テキトーに元気してた?』
「ん? おぅ、まぁテキトーに…」
電話の相手は勇の元カノ、七飯夏海。少し茶色い艶やかな髪が肩甲骨まで伸びる元気な美少女で、言い寄る男子は多いが、夏海は髪をいじったり制服を派手に着崩す彼らではなく、飾らない勇に対して恋愛感情が芽生え、交際に至った。現在は勇たちより偏差値がワンランク高い高校に通っている。
『はははっ! 相変わらずだね! 万希葉のケータイだと料金アレだから勇の番号教えてくれる?』
夏海は中学時代から携帯電話を所持していたが、勇は所持していなかった。
「あ、いや、むしろそっちの番号を教えてほしい。俺からかけるから」
『そんなんで気ぃ遣うなよ! 私バイトで月七万くらい稼いでるからさ!』
「七万!? じゃあお言葉に甘えて…」
『なんかいま、勇が将来ヒモ男になりそうな気がした』
「やっぱ番号教えてくれ」
『ジョーダンジョーダンまぁイケるジョーダン! だから番号教えて?』
電話の向こうの夏海はきっと上目遣いだろう。勇は夏海の表情を想像しながら自らの電話番号を告げ通話を切り、万希葉に礼を言ってスマートフォンを返した。万希葉はイヤホンを外し、もう終わったの? と訊ね、勇は夏海のスマートフォンから改めて電話が掛かってくる旨を告げると、早速コールがあったので応答した。
「はい、鈴木デス」
「プッ…」
勇のロボットのような錆びた声真似に万希葉が噴いた。
『あっ、ごめんなさい、間違えました!』
「ごめん、悪ふざけした。夏海だよな」
『もう。変質者かと思ったじゃん。で、勇は私に不器用な性格を直してほしいんだよね?』
「いや、別に夏海に相談しようと思った訳じゃ…」
万希葉は再びイヤホンを装着し、音楽を聴き始めた。
『四の五の言わないの。そういうところが不器用なんだよね』
「ごめんなさい」
痛い、痛い痛い。夏海の言葉が五臓六腑に突き刺さる…。
『でも、私は勇が優しいヤツだって、知ってるよ。バスケの試合に負けて、部員の前では気丈に振る舞ってたけど我慢できなくて、体育館の裏に逃げてひとりで大泣きしてたら不意に勇が現れて、汗臭い私を抱きしめてくれたときは、本当にうれしかったんだよ? あぁ、私、勇を好きになって良かったって、本気で思った。一生思い出に残る、最高のハジメテだった』
「あれはホントにスマン。どうすればいいか判らなくて衝動的にやっちまった」
『はははははっ! うれしかったって言ったのにどうして謝るのさっ! そりゃ他の女の子にやったら嫌がられるかもだけど、私は抱き締められたとき抱き締め返したじゃん! だから全然気にしなくていいのに』
ケラケラ喋る夏海に拍子抜けする勇。けれど嫌がられる可能性のある行為に及んだと再認識した。
『だからさ、勇はもう少し自信を持ちなよ。不器用もさ、なんかこう、上手く言えないけど、心に引っ掛かるものを取り除いてシンプルにしちゃえば、良くなるっていうのかな?』
夏海にしろ、ねっぷにしろ、留萌さんにしろ、言うことは似てるな。つまりそれが真理なのか、それとも単なるマジョリティーの意見に過ぎないのか、現在の俺には推察し兼ねる。
『でもね、心をシンプルにするには時間がかかるかもしんない。ふとした瞬間にそうなるものだから。ましてそれを器用な言葉に変換するなんて、きっと勇には難しいと思う。私が物事を論理的に考えるのが苦手なのと同じでさ。そんな一見真逆のような共通点が嬉しくて、勇を好きになったのかな? なんてね。ふふふっ』
論理的に考えるのが苦手という割に、夏海の言の葉は俺なんかよりずっと論理的だ。
「なぁ、今度会わないか? ねっぷと一緒にだけど」
どういう訳か、ねっぷと三人で会いたくなった。俺は器用な二人を利用して、何らかの利益を得ようとして、唐突にその言動に及んだ。卑しい自分、それは間違いない。
『いいよ! じゃあ明日なんかどう?』
「マジか。じゃあねっぷに連絡してみるわ」
アイツはまだ気絶してるだろうから、明日誘ってみるか。
約束をして、約一年三ヶ月ぶりにまた明日の挨拶をして通話を切る。
「ふふっ、勇の表情、少し和らいだね」
万希葉が俺に微笑みかけた。
「そうか? ありがとな、夏海に連絡してくれて」
「ううん、私にできることなんてこれくらいしかないけど、少しでも楽になったなら良かった」
「ホント、ありがとな」
ふふふと微笑む万希葉。俺は交友関係には恵まれているようだ。
結局のところ明確な答えは見出だせなかったけど、なんとなく、薄ぼんやりと進む道が見えたような気がする。
これを機に、というには違和感があるが、水菜に対する気持ちがどのようなものなのか、自分なりに見詰めていこうと思う。
っていうか、間接的で尚且つ万希葉の厚意とはいえ元カノに恋愛相談なんて、俺、どうかしてるわ。
目的達成のためなら利用できるものは何でも利用する。卑しい大人になりそうで嫌気が差す。どうしてこう、負の方向へ進んでしまうのか。それもまた、卑しいのだ。
ご覧いただき本当にありがとうございます!
前回の後書きで『週連載に囚われず』などと申しておきながら定時掲載ですm(__)m
夏海のキャラが『いちにちひとつぶ』シリーズの未砂記と被らないようにしなきゃと先ず外見と微妙な言い回しで差別化を図りましたw




