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暗夜の礫  作者: 篁霞流
Ⅰ 騒動は初めから
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舞台裏 


 「ただいま、戻りました。陛下」


 王宮殿フィラデルへ帰還した2人を出迎えたのは、シシリアただ一人であった。

 フォンビレートが「ルシア」として敵中に潜入していたことは、だれにも知らせておらず、シシリアの独断で許可された作戦であったためだ。もっとも、シシリアでさえ、王位を継ぐことが決定的になった1年前から敵対する貴族達(リスト)を作って確認してはいたが、どの獲物から狩ろうとしているのかまでは知らなかった。

  潜入先がアルイケ侯爵家であることも知らず「ちょっと不穏な動きがあるので、潜入してもいいでしょうか?」と曖昧をさらにオブラートで包んだような漠然とした許可を求められただけである。昨日の昼に知らされるまで、昨年の春に既に狙われていたことを知らなかったのだから当然とも言える。

 それでもこうしてその成果が出ているのであれば、やはり判断は間違っていないということだろう。

 潜入中、フォンビレートは最もらしい理由をつけて数多くの計画を潰していたし、最終的にジェームズを追い込んだのも彼一人の力である。

 シシリアが被った被害は、執事にも関わらずほとんど自分の傍に居ない、というただそれだけである。それでも、彼女が不自由を感じたことはほとんどなく、感じたとしても、週に何度か立ち寄るフォンビレートによって改善されていったから文句があるはずもない。


 フォンビレートもまた、自分がむちゃくちゃな事を行ったと自覚していた。シシリアからの絶大なる信頼がなければ、許可が下りるはずもないようなお願いであり、自分で振り返ってみてもどうしておりたか分からないほどである。

 だが、シシリアは当然のように許可を出したし、フォンビレートもまたその信頼に応えたのである。


 そして今、そのすべての帰結を決定する権利はシシリアに委ねられていた。


 ―― 昨日

 全ての背後関係を説明した上で「どうしましょうか?」と尋ねたフォンビレートに「私が決裁する」とシシリアは答えた。

 フォンビレートは「処断してきて」と言われようが、「滅ぼして」と言われようが応えられるだけの用意を整えていたが、主の願いを果たすために、ジェームズを法廷に引っ張り出だけの行動しかとらなかった。今から行われるジェームズの裁判にて審判者として女王が赴き、処断が行われるというのがシシリア側が思い描いている青写真である。


「御苦労様、フォン……」

 忠実に役割を果たしたフォンビレートを労おうとしたシシリアの言葉は取ってつけたように続いた。

「…………ビレート?」

 一般的に言って、使用人を親しげに渾名で呼ぶ主などほとんどいないが、シシリアはそうしている。  が、彼の横にソーイを認めたシシリアの語尾とっさに正式に呼んだのだが、あまりのわざとらしさに尻すぼみになった。それも、疑問形になるおまけつきである。

 一方、ソーイの方も目を丸くして驚いていた。

 当たり前のように繰り出されたそれは、国の最高権力者がこの執事に対していかに愛情を抱いているかを示しており、それは彼がこれまで目にしてきた貴族社会には存在するはずもないことであった。信頼すれど親愛は生まれない。それが貴族ひいては政治の世界である。

 彼が驚きのあまり思考を停止したとしても無理はない。


「なぜ疑問形になるかはともかくとして、ひとまずご報告申し上げたいのですが、よろしいでしょうか?」


 そのなんともいえない空間をいち早く立て直したのは、やはりというべきかフォンビレートであった。

 ソーイが取り繕えなかったことも、シシリアが周りを確認しなかったことにも、好意と憂慮を同時に抱いたがそれをちらりとも匂わせずにすべきことを指摘する。


「……ええ、いいわ。執務室にいらっしゃい」

 シシリアもまたソーイの思わぬ登場に驚いていたが、すぐに態勢を立て直した。戴冠式後の顔合わせ以来2度目となる相対だったが、シシリアとて自国の騎士団長の顔ぐらい、把握している。ただ、敵か味方かに確信が持てないだけだ。

 だが、フォンビレートが彼を警戒していないことに気付き、その疑念を直ぐに振り払う。

 踵を返し、先頭を歩いて私室に戻る。

 そのすぐ後にフォンビレートが付いていくことに気づいて、ソーイも慌てて後を追った。

「なぁ」

「はい?」

 ソーイが小声でフォンビレートに声をかけると、彼はちらりとも視線を向けないまま返事をした。

「いつもなのか? ……その……フォン? って言われているのは」

「ええ、拾われた時からずっと。名を与えてくださったのも陛下ですから」

「……あぁ、そうだろうな……貴族でもないのに神聖名セカンドネームも名字も持っているなど不自然とは思っていたが……まさか、下賜されていたとはな……」

 カルデア王国において名前が全てを表しており、身分を推測するのは簡単である。

 名=神聖名=性別・名字のように構成されている。名字を持つことが赦されているのは貴族と王族だけであり、苗字=偉い人という図式が成り立つ。一方、神聖名とは神官が神託を受けて名付けるものだというのが建前があり、寄付という名の代金を払えばだれでも付けてもらえることができるので、富裕層であれば平民でも持っている。また、身分に関係なく性別を表わすダ(男子)もしくはド(女子)はつけることになっているため、もし、フォンビレートが一般的な名付けで行われるとするならば『ダ・フォンビレート』となる。

「拾われてすぐに与えられたから、別段なんとも思いませんでしたが、分かるようになった時はさすがに青ざめましたよ?」

 ソーイの言葉に、フォンビレートも昔を思い出した。

 シシリアは本当に面白い主人で、拾ってきたフォンビレートにフルネームをつけるばかりか、教育を受けさせていた。使用人として拾った後もイッサーラの孤児院に通わせ、その書庫で過ごす時間を大いに取ったのである。王国最高の教育を一使用人に行ったのと同じであった。

「幼子に与えたのか……君には何かがあったのだろうな」

  ソーイから見れば、海のものとも山のものともつかない幼子に、一代爵位と言えど爵位を授けるなど狂気の沙汰としか思えない。それともシシリアには慧眼が備わっているのだろうか、と一種の畏怖さえ覚える。

「さて……私には分かりかねます」

 ソーイの恐れを含む呟きに、フォンビレートは気を悪くすることもなくとぼける。

  本当の事を言えば、フォンビレートはシシリアが幼子に爵位を授けた理由を何となく理解している。第3執事就任の際に渡された言葉。『唯の味方でいなさい』それが全てだろう。シシリアは王族として決して持つことが許されないもの”盲目的な臣下”を求めたのだ。

  結果としてそれは成功したと言えるだろう。

  フォンビレートは莫大な知識と知恵を合わせもつようになり、史上最年少で王家筆頭執事まで上り詰めた。フォンビレートはそこに自分の才能よりもシシリアの寛大さが大きく影響していることを自覚している。そのことに気付いた時、フォンビレートはシシリアに生涯をささげることを決意したのだ。

「分かりかねますが、そのようにして示されたモノが、私の忠誠心をより一層強化したことは認めなければならないでしょうね」

 主の心の内を明かすことは出来ないため、事実のみを告げる。

「……君の忠誠心に僕は近づけるだろうか……」

 ソーイはフォンビレートの話を聞きながら自嘲気味につぶやいた。

 彼の父がそうであったように、道を間違えてしまう可能性などいくらでもある。正しいことをしたいと願っていても正しいことができるとは限らない。まして彼は、新王に対して傍観者を装っていたのだ。どちらかと言えば、冷徹な目を向けていたとさえ自覚している。

「ソーイ。あなたは、私と同じようにならないがいいでしょう」

「えっ?」

「私は私の忠誠心が筆頭執事の持つべき忠誠心とはかけ離れていることを知っています…………正直に申し上げて、私は陛下がただ幸福であればいいと思うような盲目的な人間です。国として正しいかなど微塵も考えてはいません…………だから、あなたはあなたの義の基準を持ちそれに沿って行動してください…………仮に敵対するとしてもそれがあなたの正義なのですから、恥じることも後ろめたさを感じることもないでしょう」

 フォンビレートの言葉にソーイはハッとした。

 そうだ、自分はあの時、父の屋敷に踏み込むときに『よく考えるように』言われなかったか。

『「あなたは何を愛し、何を優先し、何に頭を垂れるのか。」』

「そうですね。でなければ、私はただの犬になってしまう」

 犬という自虐的な言葉を使ったにも関わらず、ソーイは濁りのない瞳をフォンビレートに向けた。

「国家の安寧のために、全力を尽くす。それが、私の生き方であるようにします」

「そうですか」

 決然とした顔に、フォンビレートもまた小さく笑いかけた。

「はい」

「……そう、願います」

  本当に、そうあってくれればいいのに、と願いながら――。



「で? 私をいつまで忘れているのかしら?」

 男の友情を視線で交わし合っていた二人が、弾かれたように前を見ると、一行はすでに執務室の前に到着しており、シシリアがジト目でこちらを見つめていた。

「……はぁ…………男の子ってどこでもこうなのかしら……」

 大きなため息を態とつくシシリアに、フォンビレートは彼にしてはとても珍しく動揺をあらわにして、取り繕うに言葉を出している。誰がどう見ても言い訳にしか見えないが。

「申し訳ありません。決して忘れていたわけではないのですが……その、陛下の……」

 シシリアはその様子に先ほど感じていたわずかな嫉妬も忘れてフフッと笑った。

 いつでもシシリアしか見えていなかったフォンビレートが、我を忘れるほどに信頼した友情を築き、それでもシシリアに全力を尽くそうとするその姿が愛おしかった。

「いいわ、あなたのそんな姿久しぶりに見たしね……ま、報告をこちら向きでやってくれれば問題ないわよ。ソーイ騎士団長もね」

 フォンビレートが開けた扉を通りながらシシリアにチクリと刺され、二人とも撃沈したのは言うまでもない。30才のソーイとてシシリアの前では子供に過ぎないのだ。



「さて、事の顛末と何を出し、何を明らかにしていないか報告して頂戴」

「「はっ」」

 二人揃って、雰囲気が鋭くなる。

なんだか、この二人ってお似合いね。などという全く関係のないことを頭の片隅で考えながら、シシリアも姿勢を正した。

「まず、私の出した情報ですが、必要最低限しか出していません。というのも、ルシアの名を出した時点で侯爵は全てを悟り、みっともなく抵抗するような真似はしなかったからです」

「全部話して」

「はっ。まず、我々はアルイケ侯が全ての使用人を呼び寄せるまで屋敷を取り囲んだまま待機していました。その後、ルシアが呼ばれたことにより全ての準備が完了したことが知れましたので、フォンビレートの手引により屋敷内に進入しました」

「進入にあたり、騎士団は5分遅れて入ってくることを申しつけ、執事に『陛下の使いである』と宣言し、部屋に取り次ぐように言いました」

「……その執事はあなたがルシアだとは分からなかったの?」

「いえ、何となく感づいたようでございます。ジェームズに取り次ぐ際、『お見えのようです』と述べていましたから疑念は抱いていたのでしょう」

 まだ罪は確定していないが、罪を認めているため内輪の中で敬称を取り払って『ジェームズ』と呼ばれることにソーイは心が痛むのを感じたが、そのまま報告を続けた。

「その時「フォンビレートか?」と呼び捨てにするほど私の存在に慌てた後、侯爵の権限を利用して部屋に閉じこもろうとしましたので、執事を無視して部屋に入りました」

「……筆頭執事を呼び捨てにするなんて、とても焦ったのね……」

  王家の筆頭執事は『影の執政官』であるので、たかが一使用人にも関わらず『様』をつけるのが慣例になっている。フォンビレートは最下層の出身であるため、かなりの貴族たち―― 大方、彼に関わったことのない貴族が多かったが ――は馬鹿にしていたが、それでも礼を失することはなかった。筆頭執事の及ぼす影響をよく知っている貴族ならば、たとえ心の中で侮蔑していてもきちんと『様』をつける。それすらも忘れるほど、ジェームズは焦っていたのだ。

「侯爵の権限の発動をしようとしたようですが、私の姿を見たことで途切れてしまったので、正当に室内に入ることができました」

 貴族に与えられている特権の一つに、『私室』に何人たりとも許可なく立ち入ってはならず、その中で行われた話も罪に問われないというものがある。

 これはつまり私室―― その者の所有する屋敷の中であればどこでも ――で行われた話は国家転覆計画であってもそれだけでは罪に問われることはない、ということである。もしそれを実行に移したとしても私室で行われた話は証言として採用されることはあっても証拠とはならないのだ。10人以上の前での話なら『公の宣言』と認められ罪にもなるし、証拠としての採用も認められる。ただ、それには10人以上が『聞いた』という証言が必要となるため、あまり意味はない。

 今回の場合も同じであり、執務室の中は特にその権限が保障されているためジェームズが「入るな!!」と命じて権限を発動すれば、フォンビレートも騎士団も部屋に入れなかっただろう。

「私がルシアであることに気付いたジェームズは、私がこの計画を聞いたことを悟り、自供に至ったというわけです。もっとも罪を認めた上で、私を勧誘してきましたが」

「そう……ところで、ルシアが聞いた話は証拠能力を持っている?それとも、証言にしかならない?」

 フォンビレートの暴露したジェームズの勧誘の話には一切反応せずに、シシリアは話を進めた。

 彼女自身は、優秀であったカイルとの違いをことさら言い立てる者たちが居ることを知っている。そしてその中の一部の貴族が、シシリアよりもフォンビレートを高く評価していることも、また知ってた。

 実際、王位に就く前、フォンビレートにその手の勧誘話を持ちかけてきた者は多かった。フォンビレートがその才を発揮し始めたころは、敏感に反応していたが、彼の返事を聞き続けた後は、ほとんど気にしなくなっている。絶対の信頼関係が彼女を支えるのだ。

 それを見せつけられたソーイは苦笑を広げて、かなわないな、と笑った。

 横を見れば、フォンビレートが一切の頓着なしに、再び報告に入っている。


「端的に申し上げて、私がルシアとして聞いた話は証拠として採用するには至らないでしょう」

 フォンビレートはルシアが聞いた話を証拠とすることが困難であるとの見解を示した。

 道すがらに概要を聴いているソーイもそれに同調した。

「自分も同じように考えます。貴族特権を最大限に利用するでしょう。それをされれば証拠とすることは難しいと考えます。むしろ、この証拠を法廷に持ち込むことはこちらを不利にすることにつながるかもしれません。現在、騎士団員の説得に当たっていますが、成功するかどうかは五分五分でしょうか」

 フォンビレートとしては、これほど長く潜入するつもりはなかったのだ。

 それどこか、適当な時に外で上手く誘導尋問でもすればよい、と考えていた。もし、一歩でも外で話すなら罪に問うことは十分可能であるから、「主を危険にさらす前に」とさえ考えていたのだ。

 だが、ジェームズはやはり百戦錬磨と言おうか、フォンビレートの思惑の通りになど動いてはくれず、特権の及ばぬところでそう言った話をすることなど一度もないままだったのだ。

 10人以上の前で話したこともあるが、彼らがそれを証言するとは思えない。逮捕の場にいた者たちも、法廷に立たせることはできるが、冷静になれば素直に証言しないと思われる。何人かは保身に走るかも知れないが。

 確実でないものを手札として数えることは出来ない。

 シシリア側が手札として法廷で使えるものは実に少なかった。

 ジェームズがここまで連行されたのだって、ルシアショックとでも言うべき意表を突いたことによるものである。あの場で切り捨てることが可能だったからと言って、法廷で有罪に持ち込めるとは限らない。

 あの場であれば、フォンビレートに心を折られたまま死んでいっただろうが、こう時間がたっては向こうも立て直してきているはずだった。

「…………そう、なかなかうまくいかないわね」

 明日にでも開廷される裁判においてどう攻めるべきか深く考え込む。

 強引に有罪に持ち込むこともできようが、それでは貴族たちは黙ってはいないだろう。

 カルデア王国は、独裁国家から独立したという歴史を持っているため、『法治国家』を標榜している。

 王といえど、法の前では平等であり、これほどの大物の裁判に鶴の一声を利かせることができるとは考えにくい。


「もう一つ、別の問題があります」

「それは?」

「王国法の採決に際してです」

 ジェームズの計画遂行したことを証明するのだけでは根本的な解決にならない。王国法の採決そのものが無効であると証明しなければ、将来的にアルイケ家へと実権がうつることは避けられない。

 だがこれは口で言うほど易くない。採決そのものへの手順は正しく行われているからだ。

  ヘンリルを含む御前会議において決定されたことに疑いはないのだ。それは、フォンビレートが確認したことにより疑念を呈する余地が無くなってしまっている。


  さて、どうしたものか……と10分ほど沈黙が続いた後、シシリアはふと違和感を覚えた。確たる言葉を持たないまま、零れ落ちる。

「ねぇ……事の始まりは、王国法第1条に細則が付け加えられたことによるのよね?」

「…………ええ、そうなります。確認は取れていませんが」

 確認するためには諮問機関から鍵を借りねばならず、こちらの動きを知らせることになるのでそれが出来ていない。

「でも、それって変よ?」

 そもそもの前提に対して疑問を提起するシシリアにフォンビレートもソーイも怪訝な顔になった。

  おぼろげだった引っ掛かりが明確な形を帯びてシシリアの脳裏に現れる。


いつ(・・)、書き加えられたのかしら?」

「いつ、とは?」

  自信をもって指摘したはずなのに、2人から怪訝さが取れない。

  あれ?間違ったか、と首を捻る。

「……あ。そうか、2人は知らないのね」

「なにをですか?」

「王国法を保管する金庫の鍵の保有者は、7代国王の治世の失敗のせいで王太子にあるのよ」

 さらりと話されたのは、間違いなく王国の機密だ。

  聞いてはいけないものを聞いてしまったのでないか、と顔を見合わせ。

「……そうか!!…………そうです。鍵の不正使用が行われたに違いありません!!」

 シシリアの言葉に、得心するものがあったフォンビレートが興奮気味に語る。

「お、おい、どういうことだ?」

 私にもわかるように説明してくれ、と言うソーイにフォンビレートはすぐに説明する。

「先ほど、御説明したように王国法第1条に細則が付け加えられたことが事の発端です」

「あぁ……私の父も含めた御前会議で『第1子の男子の家系が』という文言を付け加えたことか」

「えぇ、そうです。それは御前会議を経て、採決に至りました。採決が行われたのは、一昨年の冬、最速でも1542年12月29日になります」

 当時、王太子であったカイルが亡くなったのは1542年12月19日。王族が亡くなると、喪に服する期間が1週間取られる。つまり、1542年12月26日まで国全体は一切の仕事が止まっていた。また、近親者はさらに2日休むことになっているため、ヘンリルが会議に出席できたのは、1542年12月29日ということになる。

「……なるほど、そうだ」

 ソーイも指折り数えて、記憶を手繰りその推測を支持した。

「実際に原本に書き加えることができるのは、半年後。となれば、1543年6月28日以降ということになります」

「ふむ……そうなるだろうな…………王位簒奪を狙うならば、早急に…………」

 フォンビレートの説明に納得しながら聞いていたソーイに脳裏にもひらめくものがあった。

「そうか!!それを指摘すれば、強力な切り札だ!!とりあえず、一度原本を確認しなければ……」

「ええ、すぐに行います」

 ソーイとフォンビレートはその可能性を最大限に広げるために話し合いをする。

 シシリアは不謹慎かもしれないが、それが微笑ましく思えてこっそりと笑いをもらした。

 それからすぐに顔と気持ちを引き締める。


 この裁判は、一貴族の裁判ではなく、国を誰がおさめているかをはっきりと示すことになるだろう。

 大丈夫、恐れることはない。私には、味方がいる。


 シシリアはもう一度、自分を確認して二人に声をかけた。

「行くわよ……共に闘いなさい」

「「御意」」

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