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暗夜の礫  作者: 篁霞流
Ⅳ 沈黙の法
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裏切りと裏切り 後篇

 フォンビレートの脳裏にはあのときの光景が完璧に蘇る。

 取り巻きたちが注視するその中で交わされたやり取り。誰もが、カルデア王国を滅ぼせ、という命令だと考えラプツェルに対する評価が上方修正されたその日。フォンビレートとラプツェルは、貴方を殺して差し上げる、という約束を交わしたのだ。

 それがいつになるか、は問題ではなかった。

 確実に君はしてくれるね、という信仰とも呼ぶべきラプツェルからの想い。それをフォンビレートは確かに受け取り、はるばるカルデア王国にまで出向いたのだ。


 計画には駒が必要だった。

 フォンビレートでさえも駒だったけれど、彼が自由に使うための駒が。

 そして、それらには明確な役割が与えられた。すなわち。

「騒乱の種となる駒と騒乱を収束するための駒が、必要でした。その駒に選ばれたのが」

「……もしかして、子羊たち?」

「そのとおりです。彼らはさらに教育を受け、カルデア王国に溶け込むことの出来る最適な人事でした」

 

 年齢・性別・面立ち。

 何もかもが違う者たちがカルデア王国にもぐりこみ、さらにその下の駒を呼び。カルデア王国に長い年月をかけてクメール帝国は巣食っていったのだ。

「……今現在、どのくらい?」

 こわごわとシシリアが差し出した質問に、フォンビレートは首を振った。

「おそらく、1000名程度かと」

「おそらく? 貴方が総元締めなのでしょう?」

「……私は確かに全ての権限を握りますが、それだけです。……シシリア様、私はイジュール家の隠密を掌握していますが、構成員全てを知りえているわけではありません」

 イジュール家の隠密組織を立ち上げたのはフォンビレートだが、それはクメールのやり方を模倣したに過ぎない。実質的な提案者はラプツェル、その人だ。

 例えば、イジュール家の影達は必要に応じて呼び出され、それぞれの顔など知らない。フォンビレートはその全ての権限を握っているが、資料として知りえているだけであり、実際に必要となり確認をするまで顔を知らない。そもそもフォンビレートが直接接触することは知らないので、顔も知らぬまま任務が遂行されることは珍しくは無い。それと同じことだ。

「私はカルデア王国において権限を握っていますが、しかし事細かに構成員を知っているわけではありません。従って、私より前に置かれていた駒は当然正確に把握できておりませんし、後に入った者達も、私が引き入れたわけではない者に関しては正確には把握できておりません」

 互いの顔を知りえないということ長所でもあり短所でもある、その実例だった。


「人数はなぜ知っている?」

「戦争が必要なためです」

「……それは、今起きようとしている戦争のことを指している?」

「はい」

 フォンビレートが揺らぎ無く断言したことで、シシリアますます混乱した。『予想していなかった』という言葉との矛盾をどうしても解消できない。

「猊下は、自らの計画にただ1つの制約を設けました。それは、必ずクメール帝国が根絶やしにされること。……根絶やし、です。唯一人も残されることが無いように、それだけを制約としました」

 シシリアにもその全貌が見えてくる。

 根絶やしという言葉はすなわち、カルデア王国に潜伏する者たちも全てということだろう。であるならば、それらの者達が一気に妥当な(・・・・・・)理由で死ななければならない。

 大量に人が死んでも不自然ではないのは。

「……だから、戦争が必要なのね」

「はい」

「ミスタリナ騎士団、コールファレス騎士団ってとこかしら?」

「よくお分かりに。そのとおりです。正確に申し上げれば、ミスタリナ騎士団の一部です。団長クイート以下半数以上は純粋カルデア人です」

「先の人事異動が引き金ね?」

 半ば混乱しているであろう状態で、それでも理解が進むシシリアにフォンビレートは内心で感嘆していた。だから彼女が女王なのだと強く思う。そして、自分は幸せであった、と噛み締めた。


「はい。コールファレスが反逆し、全てが瓦解したことがきっかけです。その為に、コールファレスに異動するどんな人事も容易くなりましたから」

 からくりといえばからくり。それ以上でもそれ以下でもない、偶然が作用させたそれ。

 カルデア王国民の反抗がクメール帝国の思惑を推し進めた。なんという皮肉だろうか、とシシリアは思わざるを得ない。

「つまり、」

「現在コールファレスに集められたユミル団長以下全員、クメール帝国の潜伏者です」

 フォンビレートの更なる一言に、シシリアは嘆息した。

 監視の強化・英雄の管理・戦争の準備。それがユミルを団長に据えたときの高官たちの(げん)であり、誰もが納得した理由だった。

 誰もが「周辺国への監視、コールファレスへサーブから異動してくる猛者たちの管理、周辺国に対する戦闘態勢の準備」だと補完した、その理由は全て神聖クメール帝国に向かっていたのだ。

 そう考えるなら、おかしなところが1点。シシリアの思考がさらに加速する。

「他には? それでは余りにも数が少ない。他にもあるはずよ。コールファレスの瓦解とともに集められた部隊が。騎士団ではない部隊がね」

「はい、その通りです。こちらが把握している限りでは、陸軍第1師団第12連隊がそうであると」

「……なるほど、それで1000人、か」

 つまり、騎士団にも陸軍にも潜り込んでいたと言うことだ。

 権力と知力をフォンビレートが持ち、その下に純粋な戦力を置いた。

 それがクメール帝国が用意した舞台であり役者である。


「さて、聞かせてもらいましょうか? ラプツェルと貴方はどんな筋書きを描いたの?」

 全ての舞台は整っていた。そこにどんな話を用意したのか?

 答えは単純明快だ。

「きっかけをつくり、戦争を起こし、1000人を根絶やしにし、クメール帝国を根絶やしにし、猊下を殺害する。それだけのことです」

「それだけのこと、ね」

「はい」

 単純明快で恐ろしく冷静さの求められる仕事。

 それをフォンビレートは成し遂げようとしている。

 カルデア王国の実質的損害はゼロ。もちろん、全ての軍部を引っ張り出すためには補給が必要であり、そのための経済的損失を皆無にはできないが、人的被害はゼロにする。それだけは守られる、それを成そうとしていた。


「それだけの筋書きゆえ、潰すことは容易であると思っていました」

 静かにフォンビレートは目を伏せた。

 唯一度の敗北を被った自責の念が彼の全体を覆っている。


 シシリアが玉座に就いた日。フォンビレートは心からの忠誠を誓った。初めて、である。

 そして、思い知ったのだ。この世の全てで自分ほど醜い者はいない、と。

 シシリアのそばで長い年月を過ごし、ラプツェルのもとで彼が喜ぶように働き続け。全ての計画が見えたとき、結論ははっきりしていた。


 ラプツェルは間違っている。


 それが事の真理だった。

 フォンビレートは既に正義とはなにかを知っていた。それが、足掻(あが)くのに()る大切なものだと、そしてラプツェルに正義はないのだと、知ってしまった。

 それゆえ、フォンビレートは決意したのだ。

 この計画を跡形も無く消し去ってしまうことを。


「だから、コールファレスは配置を完了していた」

「はい、単独で動き、猊下を殺害することを、私が指示しました」

 表向きには――この場合の表とは、ラプツェルとカルデア王国内でだが――たくさんの理由があったが、フォンビレート及びユミルには、ラプツェルを殺害し計画を消し去ることが理由の全てだった。

「……だから、貴方は夜半にも限らず起きていたのね」

「はい、報告を待っていました」


 筋書きは短く書き換えられた。

 すなわち、きっかけを起こし、たまたま(・・・・)国境付近で演習を行っていた部隊が逸早く呼応。クメール帝国にて出来るならばラプツェルのみの首を刈る。――自殺に見せかけて。

「クメール帝国内に戦争を起こせるほどの力はありません。そもそもクメール帝国内部での猊下の評判は芳しくありませでした。操り人形が反抗するなど許されないのですから」

「つまり、体裁が自殺である限り、あちらも載ってくるというわけね。……一応、聞くけれど、確約があったんでしょうね」

「はい。あちらの卿のうち2人を買収しています」

 クメール帝国側から見れば、ただの内部の裏切り。カルデア王国からすれば歯牙にもかけなくて良い事態。それゆえに可能な反抗。

 唯一つの分岐点は。

「きっかけをどう起こすつもりだったの?」

 きっかけが必要だということ。それも万人に納得を生じさせる正当な理由。

 誰もが、ラプツェルには自殺するに足る理由があると納得し、誰もが、しかし無用な戦争は防ぐべきだと思い、誰もが、その一連の出来事を静観しながらも黙認する。

 そんな都合の良いきっかけ。

「フォンビレート答えなさい。貴方は何を蒔いた?」


「クメール帝国よりカルデア王国に渡った者のうち、唯一人の王族」

 シシリアは静かに目を瞑る。

 ああ、それでは、余りにもダンが惨めだ。哀れで仕方が無い、と思った。

「エリザベス=クライム=ド・イジュール。彼女が全ての計画の出発点です」

「やはり、か……」

 純粋カルデア人とクメール人との間に見られる一番の相違は、黒髪だ。今もって、カルデア王国内で忌色とされる闇の色。それが一番の指標になる。そして、王族内に黒髪は一人だけであり、おのずと結論はそこに行き着くし、誰も疑いようが無い。

「エリザベスが、どうとでも取れる症状で倒れること、それがきっかけ、と言うわけだ」

「はい」

 クメール帝国が騒ぎ立てるようならば、暗殺未遂にしておけばよい。

 騒がないようならば、憎しみだけで力の無い国の国主交代劇などなんら関係が無い。

 大体からして、大抵のことが「神の思し召し」で片がつくような国である。卿たちも勝ち目のない戦に挑むよりは、ラプツェルを斬って棄てたほうが勝手が良い。それに大層な辻褄はいらない。

 『猊下は、神の思し召しにより、天に召されたのだ』これで通じる国なのだから。

 ましてや、卿たちの2人と密約を交わしているなら、それ以外の対応になる可能性は極めて低い。

  はずだった。


「エリザベスが倒れることは仕組まれていたはず。それなのに、貴方は『予想外』と言い切った。どこで計画が狂ったの?」

 フォンビレートの描いたそれに従えば、エリザベスが偽の意識不明になるのは承知のはず。それも「どうとでも取れる状態で」そうなるはず。

 それなのに、ダンもフォンビレートも慌てふためいている。

 どこかで計画にズレが生じた。どこか?


「申し訳ありません」

 再びフォンビレートは膝を折る。

 片足ではなく両足を。最大限の尊敬ではなく、謝罪を。その身をもって表現した。

「私より前に潜入した男たちを使い、ラプツェルが直接手を下しました」


 フォンビレートより前に入った者達。

 それはすなわち、フォンビレートよりも純粋かつラプツェルに忠誠を誓う者達。


「ラプツェルは、貴方の動きを知っていた、ということね」

 フォンビレートでさえ、全き信頼を勝ち得てはいなかったということだ。

 そして、幾重にも用意しておいた仕掛けを発動させたのだ。

「……処分は?」

「既に、リリーを(はじめ)とするイジュール家の闇の者達が探し出しております。……見つけたときには自決しており、口を割らせることは不可能かと」


 私室に沈黙が落ちる。

 仮に、手を下した者達が生きていればやりようはあった。その者たちをこちらの手で処分してしまえば、或る程度の対面は就くので、戦争を起こさなくとも良い。

 だが問題は、エリザベスが明確に暗殺の対象となり、下手人は既に居ないということだ。


「ダンも、もとより王国民も、納得しないでしょうね。……なによりヒデロム伯爵が納得しない」

 暗殺をしようとしたのが、カルデア人であったとした場合、責任を問われるのは、護衛の責任があるヒデロム伯爵である。そして、武人たるあの伯爵はそれを納得はしないだろうし、こちらとしても歴史ある伯爵家をそのようなことで、忠義の士を、潰したくはない。

 となれば、正攻法しか道は残されていない。


「国の対面とは……戦争、それしかないのね」

「……他に案がある者がおりましたらその者の言うとおりにされてください。……私といたしましては

もはや戦争が避けられない以上、あちらの思惑に載るしかないのでは、考えています」

 当初の計画通り、クメール帝国の人間を最前線に赴かせること。

 それが、最も被害を抑える方法であることは明白だった。


 シシリアは全てを知り、否、フォンビレートがあえて言及しなかった箇所も知っていて、号令を下した。


「相判った。…………カルデア王国君主として命ずる。敵の首を討ち取り、朽ち果てなさい!」

 

 フォンビレートは一度深々と頭を下げ、会談を準備するべく部屋を出て行った。

 シシリアはその後一言も発さず、その場で立ち尽くした――。




 それから間もなく、軍務大臣達が到着し、カルデア王国は開戦への道を進み始めた。

 11月30日現在、カルデア人の死者は1人も出ていない。


 全てのラプツェルの思惑通りである。


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