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暗夜の礫  作者: 篁霞流
Ⅳ 沈黙の法
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大罪

 秋に始まったカルデア王国と神聖クメール帝国の戦いは刻一刻と進んでいっていた。 

 カルデア王国は瞬く間に国境を乗り越え、破竹の勢いで帝都を目指して進軍している。戦いが進むにつれカルデア側の死傷者の数は減り、嬲り殺しの様相を呈していた。

 現在は、一度の戦闘につき、軽傷者数百名程度の損害で済むことも稀ではない。それぐらいに圧倒的な力で敵をねじ伏せ続けるカルデア王国軍の戦いぶりは、王都ペンタグでも毎日のように報じられ、国民の熱狂や賞賛を喚んでいる。

 いつ完全勝利宣言が出されるのかと、それだけが人々の関心の的だった。

 もちろん、シシリアの元にも報告は届けられ、何十年ぶりかの戦争で勝利を掴むことが出来そうな気配に、政府内部の関係者はほっと胸を撫で下ろしている。

 『大義があったとしても、それに呼応する結果がなければ、それは無となる』

 それが、人が営みとともに見つけた”真理”とも呼ぶべきものだ。

 敗者は歴史に顕在することすら許されず、唯ひたすらに勝者の的となる。

 それを十分すぎるほどに自覚しているからこそ、未だ勝利の確定の声が無くとも、ほんの少し安んじる事の出来るこの状況に感謝しか浮かばない。

 それはすなわち、前線にて力を振るい続ける戦士達への、言い尽くしえぬ感謝、と言うことだった。


 「レライ、あれは順調か?」

 シシリアは今日の報告を聞き終えると、すかさずレライに関連する事案の確認を取るべく、話を振った。

 振られたレライも心得たもので、小さく首肯をすることで返す。

 「どこまで進んでいる?」

 「はっ。現在、最初の1週間のうちに戦死した894名の身元確認が終わっております。ただ、概ね、2階級特進を前提にしておりますが……」

 途中でレライが言葉を濁す。

 シシリアはその意味を正確に汲み取り、大きくため息をついた。

 「問題があるのね……」

 「はい。褒章と見舞い金の分配に苦慮しておりまして……」

 カルデア王国において、大規模な戦闘が行われたのは数十年ぶりだが、国境での小競り合いは短い間隔で行われてきた。しかしながら、戦死者が出たのはもう2年も前のことだ。コールファレス王立騎士団員が一名、刺し傷の悪化により死亡しているのが最期の事例であり、そのときは慣例どおり2階級特進が適用されている。

 しかしながら、この戦争に当たっては、これまでの経験不足が足を引っ張り、事務方は連日連夜不眠不休で働いてもなお、処理が遅々として進んでいなかった。遺族への連絡や遺体の検分は待ってくれないというのに、だ。

 戦死者に対する特進においても、これほどまでに多ければ、誰でも彼でも同じ特進をするわけにはいかず、対応に追われていた。死者よりも生者が多いこの現状では、後々不満の種を残すことになる。

 すなわち、命を失い戦えなくなった者と、命を最大限に使い戦い抜いた者とではどれほどの差があるのか、ということだ。

 階級には限りがあり、役職にも栄誉にも限りがある。

 シシリアとしては、誰に対しても最大級の賛辞を送りたいのだが、そうはいかない。

 最前線の兵士を持ち上げすぎれば支援部隊が黙っていないだろうし、支援部隊に対して過ぎる栄誉を与えれば命を張ったのは誰だ、と言う話になりかねない。

 勝利がほぼ手中に入った現在、目下シシリアの頭を悩ませているのはそういった戦後処理のほうだった。

 国政についている大抵の人間が経験が無く、唯でさえ王として経験の浅いシシリアを苦しめていた。

 「わかった。あまり使いたくは無かったけれど、イッサーラ先生を呼びましょう」

 「私も実はそうしたほうが良いと思っておりました」

 本来、国政に携わらない人間がこのような重要な案件に関わるのは好ましいことではない。これまでの、「情報屋」という立ち位置ではなく「差配する人間」=「執政官」と同じほど重要な地位を外部の人間でありながら、占めてしまうことになるからだ。

 だが、四の五の言っている場合ではなくなった。

 なにもかもが急ぎで、正直手が回らなくなってきている。

 「ただし、あくまで助言をもらうだけ。……そうね、50人程度まで指導してもらいましょう。その後は、政府が一切を行うこと。特に軍部と財務部との連携を密にするとか、そういった部分はレライ、貴方のほうから手を廻すように。いいわね」

 「はっ。承知いたしました。すぐにそのように手配いたいます」

 「ん、よろしく……それから……」

 レライの返事に鷹揚にうなずいたシシリアはそれからほんの少し躊躇いの間を空けて、搾り出した。

 「それから、遺体の返還は?」

 その表情に、レライはシシリアが本当に聞きたかったことを思い知り、苦い思いを抱く。

  ――シシリアもレライも。政府そのものが、未熟すぎる。

 「それも順次。ただ、もっとも後に手続きが始まった約200名に関しては、遺髪などの返還にとどめております。……その、原型をとどめておりませんので」 

 「そう、でしょうね。特進その他はひとまずおいておいて、遺体の返還を滞りなくしておくように」

 少し言葉に詰まりながらも、続けさまに出した指示は、やはり的確とはいえなかった。それを自覚しているらしいシシリアの自嘲するような顔つきに、レライももって行かれそうになる。

 「……今のは、無かったことに」

 ややあって響いた訂正の声に、レライ他誰もこたえようとはしなかった。否、適切な言葉を思い出せなかった。

 「決して、ないがしろにしたわけではないの。申し訳なかった」

 自らの失態を正確に理解し、謝罪する女王に誰も言葉をかけれない。

 「…………」

 妙な静けさを帯びた執務室の中央で、ふとレライは考える。

 もしも、この場に彼が居たらなんと言っただろう。

 やはり痛烈に批判したのだろうか、と。

 『国が唯一報える形を、ひとまず、と言う貴方は何様なのですか? 何を持って、貴方は報いようというのでしょうか?』とでもいうのだろうか、と。

 

 「何様、って話よね。本当に申し訳なかった」

 続けさまに、レライと幾人かの側近にのみ伝えられた言葉に、面々は小さく苦笑をこぼした。

 3、4人の視線をまともに受けてたじろぎ、戸惑うシシリアにレライは解を教える。

 「賢人の言葉は真実だと思いましてね」

 「……」

 「主従、永久に相反せず」

 神話の時代にまでさかのぼる、本当に居たかどうかもわからない大賢人の言葉。だが、それを当てはめて考えたくなるほどに、彼らは似ている。おそらくは、忠誠を誓ったその日から。

 レライが彼らのそばに居たのは、ほんの少しの時間だけだが、それを確信するには十分すぎるほどの時間だ。

 フォンビレートはシシリアを補う。

 シシリアはフォンビレートに与える。

 そして、彼らは永遠に相反する行動をとらないだろう。

 たとえ、意見の相違が在るとしても離れるという選択肢を、僅かも思いつかないだろう。

 本人達でもないのに、レライはその予感に裏切られたことは一度も無い。むしろ、傍から見ているからこそ、一種傍観者であるからこそ、それほどに確信を持つのだろう。

 忠誠を誓ったといえど、レライとシシリアは一生持つことは出来ない、絆。

 羨んだ事がないとは言わないが、それはフォンビレートと同じ時間を、裏切る前に時間を戻し忠誠を誓ったとしても決して持ち得ないものだろうと何処か諦めていることでもあった。

 カルデア王国の歴史上でも、他国の歴史でも存在してきた『裏切り』が少しも疑うことの出来ない主従。

 絶対ない、などという甘い認識は国政に関わるものとして持つべきでないのは百も承知だが、それを補ってあまりある関係。

 レライが出会ってからの数々。

 

 壊してはいけない、と思う。

 私は彼らを一生見ていたい、と思う。


 「どうぞ、陛下は信じてお待ちください」

 するりと転がり出た言葉に、レライは自分で驚く。

 同時に、これがずっと言いたかったことか、と妙に納得した。フォンビレートとシシリアをその即位以来見続けて、ずっと口にしたかったこと。

 周りの文官たちもしばし仕事の手を止めて、シシリアとレライに視線を送っている。

 きっと誰もが同じ事を言いたかったのだと得心し、レライは目を見開くシシリアに静かに語りかける。

 「あれ(・・)とは比べものにはなりますまいが、それでも、我らは陛下の臣下であります」

 「……」

 「信じるに足ると証明して見せましょう」

 「な、にを」

 核心を言い当てられ、シシリアは取り繕えないほどに表情を崩す。

 その様子に、レライはひっそりと笑いを漏らす。

  ――本当に、似たもの同士だ。

 わかりやすく作られた偽りの愚者と賢者(キャラクター)。円滑な国政のために割り振られた為政者と執政官(役割)。納得の上で引き受ける余人には理解しがたい理性(残酷さ)。それでいて、腹に一物据えていて、見詰める先に互いあり。

 国にしか見詰めていないと前を向きながらも、闇に手を伸ばし続ける愛すべき、我らが女王。

 光しか見詰めていないと全てを切り捨て、手を広げるその中に万人を囲う愛すべき、同僚(阿呆)


 戸惑いを隠しきれないその瞳に、真っ直ぐに対峙する。

 「陛下。どうぞ、心安くお待ちください。」

 「……」

 大きく揺れるシシリアの動揺を知っていて誓う。

 「あの執事は、必ず取り戻してまいります」

 

 レライの真剣な口調に気圧されながら、シシリアは思考を必死にまとめようとしていた。

 なぜ気づかれたのか、それはもはやどうでもいい。

 どうやってするのか、それは今、考えることではない。

 だけれど。 だけれども。 それよりも。


 「陛下、ご命令ください」

 いつかのフォンビレートと同じ台詞を、彼よりも淡々と語るその顔を見る。

 「私は……」

 声は震えていないだろうか。情けないと思われないだろうか。

 「私は」

 「はい」

 「正しいことがしたい」

 「はい」

 「国を守りたい」

 「はい」

 何度も考えた。自分のしたこと。彼の引き起こそうとした事態。

 その背景を。その収束を。

 何度も考えて、そのたびに一つの結論を導き、否定する。これは正しくない、と。

 その願いを、今、口に出していいのだろうか。


 「陛下、ご命令ください」

 力強く請うレライに視線を吸い寄せられる。

 

 「――――」

 

 

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