執事と陛下と殿下と親王殿下と ~王宮殿にて~
「それで? クラミズは何と?」
「出来る限り協力してくださるそうです」
自らの私室横の小部屋にて、先日のクラミズとの会談を報告するフォンビレートは浮かない顔でシシリアと向き合っていた。シシリアも似たような顔をしているので、不敬にはなるまい。
それくらい、2人の心中は似通っていた。
「しかし、ルイズがなあ。……成長と見るべきか、浅はかと見るべきか」
夫をもらったことのないシシリアには当然、子はない。よくある貴族の醜聞すらなく、年もとってしまった今、子を持つことは生涯ないだろう。
それゆえ彼女はルイズを娘同然に可愛いがっておる、その子供が巻き起こした今回の件に関する複雑な胸中が滲み出ている。王としては「浅はか」という思いの方が勝っており、それはレライとフォンビレートとて同じ事であった。
「浅はかというほかはないでしょう。よりによってあの大商会の奴隷に手を出すとは」
「そうだな……」
レライが心底疲れたように吐き出した言葉に反論しないことが、それをより浮き彫りにしている。
それも、ルイズとの面会前とあっては当然かもしれない。
もうしばらくすれば、ルイズが王宮殿に到着する予定である。
今回の場合、取り調べられるのが主、取り調べをするのが使用人という特異な状況であるため、私室棟が提供される予定であった。といっても、女王の私室に、フォンビレートはもちろんのこと王族といえど直系ではないため、たかが一家臣が理由なく踏み込めるわけがない。
したがって、現在居る小部屋のさらに奥に作られた「名無しの小部屋」(通称。設計上にミスでできたとのうわさが絶えないためこう呼ばれている)に簡易な机といすを用意し、面会部屋としている。
「一応、ダン殿下の同席希望は却下しようと考えておりますが、よろしいでしょうか?」
「もちろん。あなたのやり方でいいわ」
「というか、もろもろを排除するためにはそれしかないだろう」
フォンビレートはこれからのルイズとの面会にあたり、2つ条件を出していた。
それは、自分のやり方に対していかなる口出しも不要であるということと、彼女が全てを打ち明けたのちの対処も全てこちら側にまかせるということである。
最初のうち、ダンはこの要求を飲みたくないという意思をやんわりと示していたが、『ルイズ様を贔屓されるのですか? 』というフォンビレートの「執政官」としての痛烈な批判の前に、かばいきれなくなったのだ。それも、情報戦に負けた相手に、歯が立つはずもない。
その事実が懇切丁寧にダン殿下に突き付けられている様をつぶさに見たレライの感想が、「あの時の私は止めてやりたい」であることからも、彼の絶望がわかろうというものである。
何はともあれ、王本家側はすべての準備を整え、騒動の張本人の登場を今か今かと待っているのであった。
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「ルイズ様がお見えになりました」
あくまで、イジュール家の問題として取り扱っているため、近衛や侍従ではなく、グレイブが部屋まで案内してきた。
黒髪ではあるが、碧眼の顔は純粋カルデア人の特徴そのままであり、彼女が高貴な生まれの人間であることを証明していた。やや表情がこわばっているといえど、さすがは王族、堂々たる態度で小部屋まで入ってくる。
臣下の礼ではなく、淑女の礼を行うあたり、頭は良いようだった。
一通りのあいさつを済ませ、シシリアがフォンビレートへ目線を送る。それを正確に理解して、フォンビレートはルイズへ向き直った。
「さてルイズ様。大変申し訳ありませんが、これから少々お付き合いいただきます」
「はい、わかっています」
柔らかな部分など一つも見えぬ、無表情でルイズに宣告すれば、ルイズもまたしっかりとフォンビレートを見つめていた。
「結構です。無駄な説明は省きますが、大事な点だけお伝えします。つまり、これから私とともにあちらの部屋に入っていただきますが、もしも、身の危険を感じた場合は躊躇なく大きな声をおあげになるようお勧めします」
冗談とも本気ともつかないフォンビレートの口調に、皆ぎょっとしたように目をむく。その外野を全く意に介さず、フォンビレートは淡々と説明を続けた。
「もっとも、私はこれよりイジュール家当主の権限と同様のものを持ちますので、その点留意していただけると幸いです。……殿下」
最後に小さく付け加えられた「殿下」という言葉に、ルイズは息をするのも忘れて固まった。
それはつまり、「家の9歳の子供」ではなく「責任ある王家の人間」として扱うということであり、つまりそれは「容赦しません」という宣言に他ならなかった。その意味をルイズが理解したことを確認して、フォンビレートは静かに左手を伸ばした。
「どうぞ、お入りください」
その手に、あるいは見つめる瞳に魅入られたように、ルイズはふらふらと扉のほうへ歩き出す。後を追う間際のフォンビレートの笑みは、悪役と見まがうばかりのいい笑顔だったことはシシリアだけの秘密だ。あれが、自分の執事だとは思いたくない。
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「どうぞ、おかけください」
フォンビレートの勧めに、ルイズは素直に従った。
といっても、その瞳が明らかに滾っているからして、質問に素直に答える気はない、という決意が見える。もっとも、それはフォンビレートにとって笑ってしまうような迫力だったが。
「さてルイズ様。わ・」
「私は何もしゃべらないわよ」
先制をしようとばかりにフォンビレートの言葉を遮ったルイズに、フォンビレートは呆れたようにため息をついた。
「ダン様の教育を疑いますね」
「なっ! 父上のことを悪く言うなんて、あなた、何様のつもり・」
「この場の主導者ですが?」
ルイズの激した言葉を簡単に遮って、そうして絶望的な言葉を告げる。
「きちんとした教育を受けた人間は、主導者の言葉を遮ったりはしないものです」
「……」
言い聞かせるようなフォンビレートの言葉に、ルイズは不服そうな顔を見せる。その心情を正確に理解して、フォンビレートはやや口調を和らげた。 言葉の手加減は一切しない。
「ルイズ様。どうかよくお考えください。あなたはなぜこの場に呼ばれているのですか?」
「……」
「貴方の行動はなにを引き起こしたのでしょうか?」
「……」
「そしてこれからどんな事態が予想されますか? その明確な予想を持っていらっしゃいますか?」
ゆっくりと立てられる白い指先を見詰めたまま、無言を貫くルイズに、フォンビレートは鼻を一度鳴らした。間違いなく馬鹿にするために鳴らされたそれは、平素冷静であるはずのフォビレートがすることで数倍の迫力を与えていた。
「沈黙ですか。まぁ、良いでしょう」
これから茶番を演じなければならないことへの苛立ちで言葉が荒くなっていることをフォンビレートは自覚していた。自覚しているからといってそれを控えることなど微塵も考えないが。
「ルイズ様。あなたがとられた行動は、この国全体に存在するすべての人間に勝って愚かしいものです」
主家に向けることの出来る範囲を明らかに逸脱したフォンビレートに、ルイズの脊髄反射のような言葉が出かかる。
「ぶ」
「少しお黙りいただきましょうか。私は発言を許したつもりはありません」
「無礼者!!」
「……本当に面倒くさい方だ。少しはご自分の立場をご理解ください」
そう言って、フォンビレートは予備動作なしで腕を振った。
彼が何をしたかわからずただ身をすくめていたルイズはその正体を知って、さらに息を詰まらせる。
「け、け」
「そうです。剣です。今しばらく黙ってお聞きくだされば、手荒なまねをは致しません。したがって、黙っておられたほうが賢明かと思います」
薄く微笑みながらフォンビレートは言葉をたたきつける。
本物の剣に触ったこともない子供には十分以上の脅しであった。
すっかり黙りこんだことにフォンビレートは満足し、首元に剣を突き付けたそのままの姿勢で話を進める。
「さて、貴方があの日に起こした行動の何が悪かったかといえば、すべてが悪かったと申しあげましょう。といっても、それが悪いことをすでに知っていらっしゃるようですから、これ以上は申し上げません。」
フォンビレートの本気を思い知り、すっかり静かになったルイズを見て、フォンビレートは剣を引いた。
正直なところ、腕がだるい。
そんな考えを悟らせぬよう緩慢な仕草で、わざと音を立てて剣をしまう。
「しかしながら、貴方が起こした行動がすべて、他の人にとっても悪い結果であったことの自覚はありますか?」
「……」
「どうですか?」
「……ないわ」
フォンビレートの催促に、ルイズは絞り出すように答えた。
「そうでしょうね。だから、貴方は愚かしいというのです」
「……」
「では、どこら辺がどのように駄目だったか、一つずつ検証してまいりましょう」
そう言って、楽しげな笑みを浮かべて見せるフォンビレートは間違いなく、国民を守る者の顔をしていた。