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暗夜の礫  作者: 篁霞流
Ⅱ 辺境の多幸
22/58

正義の鉄槌はどこへ向かう 後篇

 取り押さえられた現場から最も近い直轄領地にある屋敷の中で裁判が執り行われようとしていた。

 王国法によれば、「緊急と認められ、かつその場に常の裁判を執り行うことのできる者が立ち会う場合に限り、王家所有の屋敷を裁判所として用いることができる」と規定されている。この場合、緊急と認めたのは『女王・シシリアと王位補佐・レライ』であり、裁判を執り行うことのできる者は、執政官の働きをしているとフォンビレートである。公平を期するため数人の第三者(法務局)が呼ばれていた。


 裁判の準備が整うまでに今しばらくの時間が必要で、その時間を利用してフォンビレートとシシリアは打合わせを行う。


「では、政府代理はレライ様ということでよろしいでしょうか?」

「ええ、いいわ。それがあなたの考える"最善"なのでしょう?」

 フォンビレートの確認に、シシリアは冷静に答えた。

 レライをこちら側として認識させ、彼に掛けられた温情を盾に使われないために、そうしているのだと理解したからだ。フォンビレートは僅かに語気が強まったことに気付いたはずだが、それをなかったことのようにして頷く。

「それから……コールファレスは全員、中に入れようと思いますが、よろしいですか?」

「ああ……そうだったわね」

 コールファレス騎士団・総勢120名の騎士たち皆、王都からコモロ辺境伯地への道路建設の前準備だとして、計画的に呼び出されていた。それによって、あの取引現場にはテリス唯一人しか行けない状況を作り出し、捕縛を容易にし、裁判への出席も命じることが出来る状況を作り出したのである。

「それでいいわ。全員を傍聴人として、被告人として席に着かせなさい」

「御意」


 打ち合わせの後、その通りに場を整えてから、正式な手順に則って裁判は開始された。

「これよりコールファレス王立騎士団団長・テリス=クトス=ダ・コモロを含むコモロ家全てとコールファレス王立騎士団及び商人・ミハエル=ダ・コムロ。両人の裁判を執り行う! 罪状は、国家撹乱罪及び偽証罪及び劇薬取締法違反罪」


 既にシシリアの前に引き出されていた二人はともかく、どうみても作為的に集められたことに気付いた騎士団にざわめきが広がる。彼らは一様に、事態を把握しようと努めていた。

 自分たちの尊敬すべき団長であり、次期領主。それが、拘束されている。


「訴状提出者は政府である。ジェームズ=ダイナン=ダ・レライ、代理を」

「はっ」


 フォンビレートが促すと同時にレライがシシリアの背後から、場の中央まで進み出た。



「今回の件、その始まりは1500年前にあります」


 フォンビレートの合図に開始されたそれの、あまりの突拍子のなさに広間は戸惑いに満たされた。その空気感の中、レライは言葉を並べる。


『友を呪詛によりて失いて。幻に惑わされること数度。森を彷徨いて、喉を渇きを訴。度重なる不幸は多幸感を増し加えた。温情を与えしはイシュタル。覆いを用いて三日三晩を過ごす。光に出会いしその後を知る者はおらず』

エメリカを指し示すこの文章の意味するところは一つである。


「1500年前、初代コモロ辺境伯であるエメリカ=フォーヘント=ド・コモロ命を失いかけた。……幻覚を見、幻聴を聞き、森の中を歩き続け死にかけた。……つまり、『狂い病』にかかった。そうですよね? テリス団長」

「なぜ、私に聞く。……そんな昔のことを私が知るはずもない!」

「いいえ! 貴方は、知っているはずです! ……貴方もその影響を受けているのだから」


 テリスの激高にも揺るがず、レライは説明を続ける。


「皆が『狂い病』と呼び恐れるものの正体。……エメリカが危険な状態に追い込まれた原因。……それはこれです!」


 懐に手を入れ高々と掲げられた袋。

 手を左右に振ればわずかに音がする。

 それを見た瞬間、騎士団の多くの者は場の状況を完全に理解し、息をのんだ。


「これは、アサという植物の花冠と葉を乾燥させたものです。タバコのように呑むか食べ物に混ぜることによって幻覚を引き起こし、陶酔作用つまり多幸感を湧きあがらせる事が出来るのです。これを私が手に入れたのは、18日のことです。」

「……18日、だと……?」

 レライの言葉でハッと気付いたテリスは睨みつけるのも忘れて目を泳がせた。

「ええ、テリス団長の待機部屋で、手に入れました」

「ば、かな……」

 状況が分らない高官たちのささやき声が飛び交っているが、レライは構わずに追撃の手を加速させる。


「エメリカは、この薬物による危険にさらされながらも、後の活躍によってもわかるとおり、何らかの方法によって生き延びた――。……テリス騎士団長、貴方にお答えいただきたいことは唯一つです」



「貴方は狂い病を治す方法を知っていましたね?」



 レライの一片の疑いもない質問に、室内は瞬時に静まり返った。

「貴方は、この薬物のもたらす効用を理解し、利用していた」

「そんなことは!」

「知らない。とでも言い張るおつもりですか? 今日、これを取引していたと言うのに?」

「何だ「お二人!」


 にらみ合ったまま膠着状態に入ろうとした場に、一人の高官が割って入った。


「すまんが、我々にもわかるように説明してくれ」

「我らはまだなにも把握していないのだ」


 レライはその言葉で、現在の突っ走った状態を自覚し、より丁寧な説明を行うべく彼らの方を振り返る。



「カルデア王国が成立したのち、エメリカはその貢献に合わぬ地を拝領しています。現在の辺境伯領地です。……不思議だとは思いませんか? 今に至るまでミューズ共和国は無害であるというのに、王国一精強な軍隊を持つエメリカがそこに行かねばならなかったのか?」

「まあ、そういう噂はずっとあるな」

「その真相は、ワルメールと気候のよく似た土地が欲しかった、というものです」


 カルデア王国の最南端に位置するワルメール。その緯度とほぼ同じ位置にある王国内唯一の土地が現在の辺境伯領地であった。

 彼女はそんな辺鄙な土地を拝領して何がしたかったのか?


「エメリカはワルメールで自生していたアサを同じ気候を持つ領地内で栽培しようとし、実際それを行ったのです。そのためには、あの土地でなければならなかった」


 長年にわたり、精強な兵士が必要か議論されていた土地の真実は、密約でもなんでもなく、ただ「アサの栽培のために」選ばれた、ということである。


「エメリカはそれを計画的に栽培し、3つの方法で用いました」

いつもフォンビレートがしているように、レライも指を立てて説明した。

「1つ目は、麻袋の原材料としての使用。……コモロ辺境伯地は麻袋の生産で有名なのは、皆さまがご承知の通りです。……彼女は麻を使用し、強度のある袋を生産していた」

 なるほど、と、高官たちから納得の声が上がる。


「2つ目に、彼らはそれを劇物にした上で、ミューズ共和国に血族を送り込み、わざと(・・・)流通させた」

「どういうことだ?」

「アサという植物はその毒性を栽培方法によって、左右することが可能です。つまり、彼女はそれの毒性を最も高めたうえで、ミューズ共和国に潜入した身内を使って売りさばいていた」

 商人に全員の視線が注がれる。

「……彼の名前は、ミハエル=ダ・コムロ。……お気づきでしょうか?」


 その言葉で、彼の名前の秘密に気付いた者が声をあげた。

「なっ!ということは……」

「はい。コムロはコモロのミューズ訛り。……彼はコモロ辺境伯の血縁関係者です」


 そう言われてみれば、彼らの顔には、コモロ辺境伯の子孫にしか存在しないはずの特徴がはっきりと浮き出ていた。


「……なぜ、そんなことを?」

 緩衝地帯であるはずの国に手を出す意味がわからず、高官は戸惑ったように疑問を出す。それに対して、レライは余裕を持って答えた。

「推測ですが……エメリカ存命の時代に取引が始まったとするならば、答えはおのずと出てきます。……すなわち、ミューズ共和国を吸収しようとした、ということではないかと」

 ミューズ共和国はカルデア王国の反乱に乗じて、芸術家が集まりつくった都市国家のようなものだ。つまり、革命を起こし、命がけで闘ったものにとっては「土地の泥棒猫」に等しい。

 それを取り返そうとしたとしても不思議ではなかった。

「時経つうちに、その目的は薄れていき、取引だけが残ったと考えられます」


「ふぅむ。……3つ目は何だ?」

「3つ目に、彼女はカルデア王国の軍部充実を目指し、そのために、自分の私兵、後のコールファレス王立騎士団の団員たちに適切に管理しながら与えたのです。……この薬物は先ほどもご説明したとおり、多幸感を伴う。戦争の恐怖を和らげるのにこれほど適したものはありません。……そうですね? そこで傍聴している騎士団のみなさん?」


 レライが水を向けると、騎士達は顔を固くし、あるものはうつむいた。

 その反応は、彼らがその薬物の摂取を間違いなく行っていることを示している。


「もちろんこんなの物一つで、この精強さを維持していたとは申しません。彼らの日々の鍛錬は、どの騎士団に勝るとも劣らないでしょう。……ですが、彼らがこれを使い、戦闘を行っていたことも、あるいは、騎士団員を死なせてしまったこともまた事実なのです」

 1週間前に起きたメイゼル=イージス=ダ・コモロの死にも、この薬物は深く携わっている、とレライは指摘した。

「亡くなった騎士団員、メイゼルはおそらく酩酊による死亡ではなく過剰摂取による死亡でしょう。隠そうとしたことであまりにつじつまの合わない説明をするハメになった」


 もし、とレライは続ける。


「もし、彼らがこれらを行っていただけならば彼らは訴える必要はなかったでしょう。……だが、彼らはそれにとどまらなかった。……長年の秘密を守るために、メイゼルの死の真実を隠した。女王に対してさえです。……なにより、治療法を隠すことによって、民に対して罪を犯した」


 戦いのために最善を尽くしていた。

 その言い訳を使うには、もう遅すぎるのだ。


「コモロ辺境伯の一族とコールファレス王立騎士団。彼らを死に処するべきであると私は考えます!」



「被告人、反論はあるか?」

 フォンビレートの静かな問いに、穏やかな表情になっていたテリスはゆっくりと顔をあげた。


「一つだけ、陛下にお聞きしたいことがあります」

「何だ?」

「あの日の、陛下の言葉は嘘であったかどうか、です」


 テリスの言葉にシシリアは顔を歪めた。

 それが、忠誠をダシに使ったことへの痛烈な皮肉であると理解したからである。


 ――5日前。

 シシリアが、中庭で自虐的な熱弁をふるった日。


 あの時、騎士団を取り囲み詰った民衆は全て(・・)イジュール家配下の者たちである。

 筋書きはこうだ。


 テリスが抵抗した場合、シシリアは自分を嘲る言葉を大声で叫ぶ。

 それにつられてイジュール家の者たちが、集まり騎士団に敵対する。


 その騒ぎの間に、レライは法務局の人間を伴って宿舎に侵入。

 隠し持っていた大麻を見つけ出した、というわけだ。


「全ては私が仕組んだことだ。……だが、決して忠誠心を買おうと思ったわけではないことは伝えておく」


 この茶番でコールファレスの忠誠心を買うことができたのはシシリアの最大の計算違いであった。

 というのは、彼女が騎士団をかばった言葉は筋書きにはない、彼女自身の内からあふれ出た言葉だった。その言葉に心を動かされた騎士団の忠誠―― 歴史上、ほとんどの王が買うことのできなかったそれ ――を自分が持つことができたというのはシシリアの自信にもなった。

 だが、それは自分の茶番の上に乗っているということをシシリアは十分に承知しており、それが彼女を責め立ててもいる。


 シシリアの言葉は、決して謝罪をすることのできない彼女の、精いっぱいの言葉であった。



「それだけ聞ければ結構です。陛下、あなたの裁定に従います」

 きっぱりと告げ、前を見据えたテリスの表情に曇りも痛みもなかった。

 彼は、自分の誓いが間違いかどうかを知りたかったのであり、それが分かった今、憂いはなかった。

 テリスに従って、騎士団もまた神妙に頭を垂れた。

 唯一の例外はミハエルであるが、彼はミューズ共和国の商人であるので、シシリアの裁定すべき人間ではない。


 シシリアは誰にも分らぬように、深呼吸する。

 それから、声が震えないように抑えながら宣告した。


「コモロ辺境伯から5親等以内の全ての血族及び姻族を極刑に処する。その他の一族については、財産没収の上、領地返上。拝領する者は未定とする。……また、コールファレス王立騎士団は解散。現在、騎士団に所属している者は強制労働を申しつける。内容は追って言い渡す。……過去において所属していた者は、これまでの功績を考慮に入れ、永年隔離もしくは強制労働をそれぞれに応じて申し渡す。……ミハエル=ダ・コムロはミューズ共和国へ強制送還。正式な抗議を行うことをカルデア王国国主の名によって命ずる。……以上だ」


 シシリアの裁きを受けて、フォンビレートは裁判の終結へ舵を取る。


「このたびの裁定に、異議ある者は申し出よ!」


「沈黙多数。裁判の閉廷を宣言する。……解散!」



大麻にどれほどの害があるのか、という点に関して多くの意見があるのは重々承知していますが、その中の最も小説に都合のよい説を採用しています。ご了承ください。

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