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暗夜の礫  作者: 篁霞流
Ⅱ 辺境の多幸
21/58

正義の鉄槌はどこへ向かう 中篇

「…………リ……シシ……様……ア……シシリア様!」


 静かな声で呼ばれるに気づきシシリアが目を開けた時、目に入ったのは黄金の髪……ではなく、ばっちり商人風に変装したフォンビレートの黒髪であった。


「どうしたの? フォン?」

 真っ暗な中で、なぜ自分はたたき起されているのか必死に思いめぐらしていると、容赦な布団を剥がされる。

「頭を起こしていただけますか? これより、取引現場に臨場していただくので」

 彼の常と変わらない皮肉混じりの声に、少しずつシシリアの頭も覚醒していく。


「2時間前です。……今出発すれば、1時間半前に現場に到着できます」

「ああ……そうだったわね……」


 でも、眠いの。


 言葉によらず訴えかけられたそれに、フォンビレートは呆れたようにため息を一つつくと、よっと抱え上げてそのまま下に降りて行った。その場に待機していた侍女たちに身支度を頼み、自分は現場指揮を行うため出ていく。

 ……後ろでキャーと訳のわからない叫びがあがっているが、大したことではないと自分に言い聞かせ、気を取り直した。


 既に、待機場所には全員が到着しており、臨戦態勢だった。

 後はシシリアを待つばかりである。


「これより我らは現場に踏み込む。手順は頭に叩き込んでいるな?」

「「「応!」」」

 とても一般市民とは思えない力強い声が短く響き、彼らの異質さを際立たせた。


 それを横目に見つつ、シシリアを待っていたレライは数時間前のフォンビレートとの会話を思い出し、その時とのギャップに大きく息を吐きだした。



 ―― 数時間前。

 レライがコールファレスの処遇について、フォンビレートに相談した時。


 彼は揺るがずにこちらを見つめてきた。

 どこまでも論理的に、一切の感情を排除して、答えた。


「私は反対でございます」

「……どうしてだ?」

「秩序は温情と相反するものではありませんが、赦すことと温情は全くの別物であるからです。そして、赦すことは秩序と寄り添うことが出来ないのです」

「それが?」

 怪訝な顔で、僅かに気圧されながらも質問を重ねる。


「レライ様と今回の件、相違点があります」

 言い聞かせるようにフォンビレートは話始める。

 その、聞き分けのない子供に対するかのようなフォンビレートの態度にレライは頭がカッとなるのを覚えたが、なんとかこらえ続きに耳を傾けた。


「一つの相違点としては、既に死者が出てしまっている、ということです」

「……」

「彼らが罪を負うべきは王家ではなく、陛下でもありません。彼らが無為に死なせてきたすべての魂に向かって、です。彼らは知っていた。だが、それを隠し通した」

「だが! それは!」

「はい。国を守るため、とでも言うのでしょうね」

 フォンビレートは、レライの反論をたやすく封じる。

「ですが、それは傲慢以外の何ものでもありません。……国はただの器に過ぎないのです。水の入っていない亀に、食べ物の入っていない装飾皿に、宝石のはめ込まれていない金の台座に、何の意味があるというのでしょう? その人自身を知らない忠節に何の意味があるのでしょう? ……愛でるために国はあるのではない、と私は考えます」


 『人』が国を創るのだ。

 レライがこれまで、頭の中で(・・・・)で幾度となく考えたことを、フォンビレートは直接たたき込んだ。そしてそれは、彼の貴族としての考え方の傲慢さをはっきりと浮き彫りにする。

『貴族は、民を(・・)を守らねばならない』と痛烈に批判しているのだ。『心を知らぬ"王"の命の重さと、顔をも知らぬ"民"の命の重さを天秤にかけるな』と詰っているのだ。

 それを突き付けられたレライは、顔を赤くして恥じ入っている。


「彼らは、今現在に至るまで、誰のことも信じていないのです。……それはつまり、国を憂えているのであって、守りたいと思っているわけではないということです」

「……」

「貴方も身に覚えがあるのではありませんか? レライ様」


 最後の一言は、レライの胸を正確に貫いた。

 彼の間違った正義感 ―― 正しいことを信じて疑わなかったそれ ―― をフォンビレートは再び切って捨てる。

 騎士団には少なくとも一度、秘密を打ち明けるチャンスがあった。忠誠を誓うのであれば、それを打ち明けるべきであった。それをしなかったということはすなわち、彼らが忠誠を誓う騎士としては失格であるということだ。


「壊したいのであれば、ご自由に。……革命を行いたいとしても、ご自由に。……ですが、それを覚悟もせずに行おうとすることを、私は断じて許すことはできません」

 王家を間違っているとするのも、王を無能とするのも、すべては個人の自由である。守ってやらなければ!と力むのも勝手である。

 だがそれを、彼らは禄を食んでいながら思い、行った。

 1500年の長きにわたり、そうしてきたのだ。


「それは、頭の悪い子供のすることです」

 それはあまりに幼稚で、質の悪い、冗談に過ぎない。

 そういうレベルでの主張は心から受けるに値しない、とフォンビレートは断罪した。


「それは分っている。だが、それは私も同じではないか……」

 レライもわざわざ口に出されるまでもなく、重々承知していた。

 理解し、悔いたからこそ、彼はこの場において王の側に立っている。

「私はその状態で罪を救われた。……私とて、誰一人犠牲にしなかったわけではない……」

 言い訳がましくとも、コールファレスで目撃した、あの統制のとれた軍隊がまったくの私心で出来ているとは信じ難く、レライはなおも擁護を続けようとした。


 だが、それは次のフォンビレートの言葉で完全に断たれる。


「ええ。その通りです。レライ様のおっしゃることにも一理あるように思います」

「そ・」

「ですから、最も簡潔に申し上げれば、利用価値がないということです」


 断言するフォンビレートの顔を思わず見る。

 意味が浸透してくるたびに、呼吸が苦しくなる感覚を覚えた。


「それは・」

「もう一度申し上げましょうか?」



「利用価値が一切見出せません」



 自分が知っていた事実を、目を背けていた事実を改めて突きつけられ、レライは沈黙した。それでも、フォンビレートは追撃を緩めようとはしない。


「貴方が赦されたのは、シシリア様がそう望んだから。本当にそう考えていらっしゃったのですか?」

 レライが赦された主な理由は、シシリアの政治基盤がしっかりしていなかったからだ。彼女の成そうと思っていた壁はあまりにも高すぎた。

 基盤を固めてから……となると、途方もないもののように思えた。

 だが、それを解消する案件が目の前にあったのだ。

 それを利用した時と、厳罰に処した時。その二つを天秤にかけ、シシリアは前者を選び、フォンビレートはシシリアの心のうちまでを考慮に入れてそれを支持した。


「他に適当な方法があれば、そちらを選んだでしょう。……ですが、あれが最も手っ取り早かった。それゆえの裁きなのです。……つまり、既に落ち着いてきた国内情勢を鑑みた場合、利用価値はまったくないのです」


 この上なく、残酷なことを口走りながら、フォンビレートは美しく微笑んで見せた。


「ご理解いただけましたか?」、と。


 完膚なきまでに論理的な暴力で打ちのめされたレライは結局、自分の願いをシシリアに述べることなくこの場に立っている。それは、彼が自分の甘さに気づいたからというよりは、シシリアがあの執事の主人であることをはっきりと思い知らされたからだ。

 彼女の弱さを指摘したのはレライだが、それを今度は返されるとは思わなかった、というのが彼の正直な心であった。フォンビレートの口調から察するに、既にシシリアが了解していることは疑いようがなく、その上での行軍中の態度であったとするならば、彼女に甘さなど一片も存在していないことになる。


 ――自分が、自分だけが未だにぬるま湯に浸かっていた――



「レライ?」


 不意に聞こえたシシリアの声にハッとして顔を上げると、いつの間にか輪になった兵士の姿が目に入った。

 その中心で、シシリアが面白そうに笑っている。


「貴方、最近呆けていることが多いわよ? しっかりなさい?」

 多分に笑いを含んだ声で掛けられた言葉にレライは背筋を伸ばした。


「貴方はこちら側、でしょう?」


 違うと思っている気配が全くしないその問いかけに、しっかりと頷く。


 そうだ、自分は今、王の側に立っているのだ。何を迷う必要がある?


「はい、永久に」

 ほんの少し、キザったらしく言葉を返したレライの言葉に満面の笑みをつくると、シシリアは右手を高々と掲げた。


「ついてきなさい。……勝利を掴むのです!」



★★★★★★ ☆☆☆☆☆☆ ★★★★★★ ☆☆☆☆☆☆ ★★★★★★ ☆☆ 



 静かに開始された行動は、すぐに目的のものを発見した。

 カンパリの森の中を進んでいく馬車と銀の鎧である。


 カンパリの森とは、ミューズ共和国とコモロ辺境伯領地との間を遮る小さな森である。何か果物が成るわけでもなく、ただただ鬱蒼と木々が生い茂っているだけで、道が通っているわけもなく、馬車は不審極まりなかった。


「情報に間違いはなかったみたいだな」

「はい、銀の鎧。それに、あの紋章。……コールファレスに間違いありません」


 フォンビレートの呟きにリリーが答える。

 獅子の意匠が施された鎧は、暗闇の中でも月明かりに照らされてよく映えていた。


 そのまま、並走するようにゆっくりと後を追いかける。

 あと少しで、森の外まで出るというところで、フォンビレートは手を振って全体を停止させた。

「リリー、予測経路をすべて抑えさせろ」

「御意」


 待つ体制に入った騎士たちを遠巻きに取り囲むよう指示を出し、自らも木の影でじっと息を凝らす。レライとシシリアは当然、非戦闘員であるため、遥か後方での待機となっていた。

 十分な明かりがあるため、近づかずとも監視は容易であるので、このような体制をとっている。


 手元の時計を確認すると、現在第19時。王都(・・)で言えば22時である。城壁の方に目を向ければ、見張り台のところにうごめく人影を発見し、今すぐ射殺したい衝動に駆られる。呑気に手を振ってくる人影は間違いなく、アルマン=ダ・ルシェンダその人であった。


『カンパリの森経由。取引は、タンムズの日の22時から、国境で』


 つまり、ミューズに合わせて取引時刻を言うならば、『タンムズの日、第19時』と言わなければならないところをあえて―― フォンビレートの勘では、ただ試しただけか、もしくはからかっただけ ――ミューズでの日の呼び方と、王都の標準時間を混ぜた情報をわざと寄こしたのだ。


 ミューズの22時は、王都の1時。既に取引は終わっており、フォンビレートは間抜け面をさらすことになっていただろう。

 フォンビレートとて気づいたのは、1日経ってからであり、シシリアがこちらに到着するまでにもう一度考える時間がなければ騙されていたに違いない。


 本当に、イッサーラ先生とよく似ている。


 それが、フォンビレートの感想であった。

 イッサーラは嘘ではない嘘を見抜くのが得意だった。だからこそ、言葉の綾などに惑わされずに真実にたどり着く。一方、アルマンは嘘ではない嘘を吐くのが得意なようで、ある意味で、本当に似ている。


 そんなことをつらつらと考えていると、ミューズの城壁、アルマン達がのぞき見ている所とは反対の報告からゆっくりと人影が降りてくるのが視界に入った。殺気を出さないようにしながら、体を備えさせる。


 二つの人影は歩み寄り、


「呪詛に失いし友」

「その仇をとるは誰ぞ」

「「運命の神、エメリカ」」


 合言葉を述べ合ったのち、地面に懐から出したものを落とす。

 同じスピードでそれぞれの方へ近寄って、拾い上げた。

 影から判断するにそれは金と鍵の交換を行っていたらしかった。


 鍵を拾った方は馬車に近づき荷台を確認している。

 金を拾った方は慎重に枚数を数えていた。


「確かに」

「こちらも確認した」

「「では」」


 取引を終え、それぞれ帰宅の徒につこうと双方が背を向けあった瞬間。



「確保!!!!」


 シシリアの鋭い命令が下される。

 男たちが身構えるよりも早く、暗がりから隠密方が襲いかかりあっという間に抑え込んだ。幾ら勇猛でならす騎士団であっても、夜襲となれば隠密のほうが1枚上手である。

 自害することがないように、猿轡をし、手足を縛りあげる。


 喚き立てる二人の前にシシリアが立つ。


「カルデア王国君主・シシリア=マイアー=ド・イジュールの御前であるぞ!」


 闇夜の中で一際輝く赤髪を確認した2人は驚愕とともに押し黙った。


 レライの鋭い言葉に続いて、シシリア自信が捕縛を宣告する。

「コールファレス王立騎士団団長・テリス=クトス=ダ・コモロ。及びミューズ共和国商人・ミハエル=ダ・コムロ。劇物取引の疑いで拘束する!」


 顔を上げさせられた男達は、そっくりな顔をして目を見開いていた。



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