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暗夜の礫  作者: 篁霞流
Ⅱ 辺境の多幸
20/58

正義の鉄槌はどこへ向かう 前篇

「――ということで、こちらの方も確認が取れましたので、事態の収束に向けて動こうと思います、だそうよ? レライ」

「ふむ、やはりそちらも当りだったようですな」

 

 フォンビレートからの報告は早馬によって、既にミューズ共和国との国境に向かっていたシシリアのもとにもたらされた。報告書は簡潔に書かれており、要約するならば、『すべて予定通り』ということになる。


「これで、この行軍も無駄にはならない、ということですな」

「そうね」


 現在時刻は、22日の午後0時を回ったところ、ミューズ共和国風に言えば11番目の日であるティシュリの日ということになる。

 その真っ暗な中を、シシリアとレライは軍馬に乗り静かに進んでいた。

 周りを固めるのは、どの騎士団でもなく、イジュール家の私兵・20名であった。フォンビレートが御者を殺してしまった時に、馬車を回収したのと同じ集団である。


「シシリア様」

 スッと、音もなく背後に人影が降り立つ。

「何かしら? リリー」

「フォンビレート様よりご伝言です。この道を進んだ右側の宿をとっているそうです。念のため、我らは展開しておくようにと。返事はいかがなさいますか?」

「そうね、そのようにしましょうと伝えてくれる?」

「かしこまりました」

 短く、低い声で会話を行うと、再び音もなく人影は離れていった。

 一部始終を傍で聞いていたレライは呆れ気味に、小さく息を吐いた。

「まったく、イジュール家は、どのくらいの隠し玉を持ってるのやら」


 彼が嘆くのも無理はない。

 というのも、彼の周りを取り囲んでいるのは確かに私兵ではあるのだが、正確にいえば『隠密集団』であり、なおかつ誰一人として防具を身につけてはいないからだ。

 『隠密を生業にする者は、身体能力に長けることを必須条件とし、闇こそが生きていく道である』というのが常識だが、イジュール家の者たちはだれが見ても、それとはまったく毛色の集団であった。

 庶民とまったく変わらない服を着こんでおり、闇に溶け込んでいるのは、20人中1名だけである。


「まったく。……どうせこれも、あ奴なのだろうな」


 彼らが普段、一般市民として生活していると知った時のレライの驚きようは凄かった。市井の人間として生活し、必要な時だけ召集される。しかも、案件にもっとも合う人材だけが召集されるシステムであり、召集なければ別段なにということもない。

 さらに他と乖離している点は、彼らが互いの顔を知らないということだ。

 全員を知っているのは、シシリアとフォンビレート、それに隠密を束ねているリリーだけであり、実質すべての作戦を統括しているのはフォンビレートであるので、すべてを知っているのは彼だけということになる。

 その彼でさえ名前を把握しているだけであり、実際その作戦を決行するとしても彼と交わらない者の顔はやはり知らないままだ。

 それゆえに、情報統制さえ行えば、どんな隠密よりも秘密裏に事を進めることが出来る、そんなシステムである。

 そんな運用方法を考え出したのは、あの(・・)執事であることは明白で、レライは今年何度目かの頭痛に襲われていた。


「それ以外に誰が居ると思って?」


 レライの読み通り、このシステムを構築したのフォンビレートである。

 彼がこの集団を育てることを提案してきた日、シシリアは本気で彼の頭を疑ったものだ。

 それでも彼はこの提案を熱弁し、了解を得たのちは、嬉々としてそれに取り組んだ。

 半信半疑でそれを見守ってきたが、まさかそれがこんな時に役立つとはという思いである。


「「いや、本当に頭が痛い」」


 二人揃って疲れ満載のため息をついたところで、リリーが再び現れ、宿がすぐそばであることを告げた。

 どうやら既にフォンビレートは宿の中にいるらしい。

 とりあえず、この非常識な集団を作った、この国一の非常識に会うべく、二人は気合いを入れ直した。




「おかえりなさいませ、旦那様。奥様もさぞかしお疲れでございましょう。お食事にしましょうか? それとも、湯浴みをご準備いたしましょうか?」

「「…………」」


 商人のような格好と、胡散臭さ満点の気持ちの悪い笑顔で出迎えたフォンビレートを見た二人は、気力・体力ともに根こそぎ奪われる感覚に体中の力が抜け、椅子に座りこんだ。

 もしかして、こいつこそ真の敵なのではないだろうか……などというバカげた考えさえ頭を駆け巡る始末である。


「とりあえず、それ、どんな設定なの?」

「設定? とはどういうことでしょう?」

 問い詰めようとするシシリアに対し、フォンビレートは『商家の旦那様と奥様に使える従者』という無駄に凝った設定を変える気はないらしく、笑みを一ミリたりとも崩さない。


「道理で。こんな衣装と集団なわけだ」

 レライが納得したように呟く。

 シシリアとレライは、カルデア王国内の商人がよく来ているジャンパルという衣装を着ている。ゆったりとしたそで口と、内側についている大きな袋が特徴で、お金を扱う商人にぴったりの服であるそれを、シシリア以下22名が身に着けていた。

 唯一人、リリーだけは一般的な隠密の衣装を着ており、彼女を除けばどこからどう見ても商人御一行様である。


「……ひとまず、詳細の報告を」

「かしこまりました。……リリー、散会させろ」

 彼の進めたい会話の方向をなんとなく見出したシシリアが会議の開始を告げると、フォンビレートはリリーに人払いの指示を出した。

 無言の首肯の後に、彼女自身も去ったことを確認すると、フォンビレートは改めて向き直った。




★★★★★★ ☆☆☆☆☆☆ ★★★★★★ ☆☆☆☆☆☆ ★★★★★★ ☆☆ 



「 ―― というわけです。ここまでは手紙にて報告したことと、一切の相違はありません。ただ、陛下とレライ様に共同で確認していただいた結果を踏まえますと、多少の変更は必要かと思われます」

 そこまで、一息に言いきったフォンビレートは、報告の終わりを宣言してから一歩後ろに下がった。

 シシリアはあまりに膨大な情報量を処理しきることが出来ずに、返事をすることなく、考え込んでいる。レライも似たようなものであり、室内は張り詰めた沈黙で満たされた。


「分かった。貴方の進言を受け入れるわ。……レライ、貴方はどう?」

「私も異論はありません」

 しばらくの無言の時の後、二人はフォンビレートの作戦をそのまま実行することに決めた。


「では、明日……あぁ、もう本日ですね。本日、取引の現場を押さえますので、それまでお休み下さい。警備体制は私の方で整えておきます。他に何かご不明な点はございますか?」

「いえ、大丈夫よ」

「私もないな」

「それでは、本日、2時間前にお迎えに上がります。それまで、お休みなさいませ」



 シシリアの言葉を受け、フォンビレートは最後の確認を行ってから部屋を辞する。続いて、レライも挨拶を行い、フォンビレートの後に続いた。

 警備を隠密方に引き継いだ後、それぞれ自室に帰るために歩きだす。


「では、私もここで。失礼します」

「ああ。…………フォンビレート!」

 簡単な挨拶だけをして、部屋の扉を開けたフォンビレートにレライは一旦、挨拶を返したものの、思い立って呼び止める。


「はい、何でしょう?」

 

 不思議な顔をしながらもフォンビレートは律儀に体ごとレライの方へ向き直った。


「ちょっと、時間をくれないか?」





「それで、ご用件というのは?」

フォンビレートはレライを部屋に招き入れた。

といっても、何か出すわけでもなく、すぐに椅子に座り、質問を放つ。


「コールファレスの処遇についてだ」

レライもまた率直に切り出した。


「このたびの関係者に対し、厳罰を科すということは私も承知している。それに、ミューズ共和国については触れない、ということも。……ただし、騎士団を失いたくはない、と私は思う」

「……なぜか、お聞きしても?」


「彼らもまた、国を憂える者の一人だ。それを、切って捨てるなど、私にはできない。……君も分かるだろう?」


彼自身、救われた過去と忠誠を誓う現在があるため、その擁護に熱が入る。


「それに、彼らが間違ってはいたといえど、この国を守ってきたことは事実だ。それを見過ごすわけにはいくまい。彼らは、1500年の長きにわたり、国境を守ってきたのだ。……私はそれを明日、陛下に進言しようと思う。……どう思う?」


自分が受けた温情を、何とか彼らにも。とレライはフォンビレートに訴える。

彼らが、つまり騎士団が国のためにやったのは間違いなく、そうであれば、自分と同じ温情をと考えたのだ。

だが、そのレライの考えは、速やかに、冷やかに、フォンビレートによって拒まれた。


「それが、どうしたというのです?」


冷静に放たれたフォンビレートの言葉によって。

まさか、フォンビレートからそのような全くの反対意見が出るとは思っていなかったレライは、反論を忘れ、彼の顔を凝視した。



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