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暗夜の礫  作者: 篁霞流
Ⅱ 辺境の多幸
17/58

師の真実

「わざわざ、ご足労いただきまして申し訳ありません」

 悠然と王宮に参上したイッサーラを前に、シシリアは恐縮して言葉をかけた。本来、そのような言葉遣いであってはならないのだが、師である以上、大仰な言葉は言いにくい。

 いつもはそのような下手に出る言葉遣いを窘めるレライでさえ、別格に頭が切り替わっているらしく、特に注意は行わなかった。

「いや、シシリア陛下。そのようなお言葉はもったいないと存じます。私もまた、陛下の公僕でありますゆえ」

 逆に、イッサーラの方がやんわりと諭す。

 それを聞いたシシリアとレライははっとした顔で、すぐに表情を情けなく崩し、聞こえるか聞こえないかの声量で『すみません』と呟いた。

「……」

 それも必要ないのだが、と柔らかく微笑みながら、イッサーラは無言でやり過ごした。それ以上口出しすることは、自分の方が師としての立場を逸脱することになる。

 3人のやり取りを見ながら、フォンビレートもまた、『師は生涯』という格言を思い出していた。国政を担っているはずの2人が、未だ生徒であるかのような顔をしているのは、なんとも微笑ましい。

 が、それを眺めている暇はない。

「本題に入ってもよろしいでしょうか?」

 使い物にならない2人を置いて、話を進める。

 フォンビレートとて、彼の弟子であるのだが、2人よりもさらに叩きこまれているがゆえに、彼を師として必要以上の扱いをすることはしない。

「今日、お呼び立てしましたのは、『狂い病』についてなのです。先日……」

「ああ、また、『狂い病』の者が帰ってきたという話ですね?」

「……はい」

 常の彼らしく率直に切り出したが、イッサーラがごく普通に応じたことで、場は固まった。

「……一応ギルドと僅かな政府関係者しか知らないはずなのですが」

 たかが1孤児院の院長が知っているはずもない情報をサラリと出されて、この人って、という思いが強くなる。

「まあ……まぁ……」

 対するイッサーラは、口が滑ったとばかりに、誤魔化すように微笑んだ。それ以上聞いたら知らない。訳せばそんなところだ。

「……そこまで知っていただいているならば、話は早いかと。……直截に申し上げます。先生は、『狂い病』がエメリカ=フォーヘント=ド・コモロに発症したという話を御存じですか?」

 視線を逸らさずに言い切ったフォンビレートを見やって、それからゆっくりとイッサーラは頷いた。

「ええ、知っていますよ。赤髪の女騎士の伝説ですね?」

 ややもすれば、微笑んでいるようにさえ見える穏やかな表情で核心をついてみせる。王都中の畏怖の対象となるそれに、3人が3人とも背筋の震えを感じた。フォンビレートは常日頃から規格外ぶりを他から指摘される事があるが、それとは段違い、いや格が違うことを思い知らされていた。

「知っていますよ」

 念を押すようにイッサーラはもう一度、ゆっくりと口にする。

 婉曲に話を進める、つまり、どんな隠し事も不可能だと判断したフォンビレートは、すぐに、対話を切り替えた。

 見せかけではなく、本当に助けを全面的に求める。

「率直に申し上げて、我々はその文章を全て解読できていないのです」

 主君の代りに頭を下げる。


「……私も推測であることを最初に断っておきます」

 ややあって、イッサーラは重い口を開いた。

「それでもよろしければ、狂い病に関して、私の把握する全てをお話ししましょう」

「それでも構わないのです。お願いします」

 警告を与えるイッサーラに対して、フォンビレートもまた怯まない。

 何度でも依頼するであろうことを態度で示す。


「承知いたしました」

 フォンビレートと、それからシシリアを見ながら、イッサーラは了承の意を示した。

「恐らく陛下方は、エメリカが如何にして立ち直ったのか、というより何が原因でそのようになったのか、というのを考えておられるのでしょう」

「その通りです。1500年前に開拓済みであったワルメールの範囲を推察していただき探索しようかと考えています」

「なるほど、それも一つでしょうな」

「一つ、というと?」

「そもそも『狂い病』とは何か、ということなのです」

「……は?」

 イッサーラの呈した疑問に、3人とも見事に首をかしげた。

 イッサーラは質問を重ねる。

「『狂い病』とは何でしょう……レライ王佐、貴方の見解はどうですか?」

「……未開拓地に居る者が発症するモノ、という認識です」

「それも一つですね。……フォンビレート、君はどうですか?」

「同じかと」

「ふむ。陛下はどうでしょうか?」

「……さぁ、それ以上のことを思いつきませんわ」

 お手上げ、という表情を浮かべたシシリアを見ながら、イッサーラはまた笑った。

「3人とも間違いですね」

「は?」

 眼を見開いて凝視しても、イッサーラの表情は変わらない。呆れたような、微苦笑を浮かべているだけだ。

「言葉は正確に、と幾度となく教えてきたはずですよ?」

 正確に、と強調しながら指を立てる。

 昔から変わらない、教え諭すときの癖を見せながら、笑みを深めた。

「『狂い病』は発症する(・・・・)のですか?『狂い病』と名付ける必要はありますか?未開拓地は『狂い病』との因果を指し示していますか?」

 重ねて問われる質問は、脳髄に直接届くような衝撃を与える。

「さて、これを踏まえてもう一度質問しましょう。……フォンビレート、『狂い病』とは何でしょうね?」

 問われて、フォンビレートの頭の中を情報が駆け巡った。

 『狂い病』の特徴。『狂い病』の症例。『狂い病』の死。

「正確に定義しなさい」

「はい。『狂い病』とは、幻覚や幻聴を伴うものの、身体的な損傷は全く見られないため、病のようなもの(・・・・・)として認識されている症状全般を指します。報告されている(・・・・・・・)症例の多くは未開拓地から戻ってきた者達であるため、世間一般での認識は『未開拓地で何かがおこり、そのために狂ったようになってしまう病気』と認識されているものです」

 一気にまくしたてたフォンビレートを見て、イッサーラは満足げに微笑んだ。

「その通りです。『病』などと名付け、その発祥地まで特定してしまうので混乱してしまうのです。……真実は常に、真っ白な目で見なければ浮かび上がらない」

「……」

「フォンビレート、君はどうやらわかったようですね?」

「はい」

 イッサーラの言葉を聞くうちに、フォンビレートの脳裏にはある事実が浮かび上がる。

「病は病と認識しなければ、同一種の症状はいくらでも転がっている……ということですね?」

「そう、その通りです。従って、君が行おうとしていた探索範囲を狭めたところで、あまり意味はない」

 語気を強めながらイッサーラが肯定すれば、フォンビレートは小さく息を吐き、「そういうこと……」と呟いた。やはり、昨日の考えは正しかったのだと確信を強める。まさか、ここまでとは思わなかったが。

「エメリカの伝説とコールファレスとコモロ辺境伯領地……それらはすべてつながっている」

「そう。……可能性は幾つか考えられますが……」

「一番大きな可能性は、麻袋でしょうか」

「私も同じ見解です」

「ただ……そうなると、アーデルハイトの方が解せません。北には存在しないはずです」

「ただし、似たような症状を引き起こすものは存在するでしょうね」

「……しかし、それは……」

「北の大地は寒いでしょうからねえ」

「!」

 穏やかに言い切ったイッサーラを見つめたまま、フォンビレートは息をつめた。イッサーラが出した手札は、フォンビレートの考えの外にあったこと。その、揺るがぬ言に、生涯『知恵』において、この人を上回る日はないだろうと改めて思い知らされる。

「どうかね?」

「十中八九は正しいかと。ただし」

「そう、証明するのは大変難しい」

「政府は禁じていない。焦点は、コモロ家が使用による結末を知っていたかどうか、ということになる」

「だからこそ、先生も指摘するわけにはいかなかった。……あるいは、もたらされている功績ゆえに」

「そこまでだ!」

 話しているうちに、気付いてしまった真実をフォンビレートが言おうとした瞬間、イッサーラは強い調子で諌める。

「それ以上は踏み込んではならない……残念だが」

「……はい」

 危ういところにいたことに気付いたフォンビレートも、残念ですが、と答えながら口を噤んだ。


「どうするかね?」

「そうですね……全ては証拠がなければ始まらない。ただ、それだけのことです」

 政府関係者でもないイッサーラに話すことはできないが、情報へのお礼としてそれだけ言う。

「そうか、健闘を祈っておるよ……」

「感謝します」

 律儀に頭を下げたフォンビレートと、それから後ろで呆気にとられている2人の教え子を見やって、イッサーラは眼を細めた。

 何も持たざる者だったが、何も与えられざる者だったが、何かを求める者だったが、こうして事に当たるようになったのだなあと感慨深く思う。既に、高齢に達しようかというレライでさえも、彼にとっては子供に過ぎない。

 そんな感傷を感じ取って、3人とも苦笑いを返しながらもどこか嬉しげに眼を見合せた。


「それでは、これで私は帰るとしよう」

「はっ。ご足労感謝申し上げます」

 フォンビレートが頭を下げれば、シシリアもそれに続く。

「先生、ありがとうございました」

「……」

「え、と、大儀であった……」

 無言で言い直しを迫られ、しぶしぶ口にしたそれは尻すぼみで、なんら威厳がないものだったが、イッサーラは嬉しそうに笑った。

「ま、宿題じゃな……」

 師の顔に戻り、悪戯な瞳を向ける。

「ではの」

「はっ、お送りいたします」

 出ていくイッサーラの後に続いて、フォンビレートも執務室を出ていく。


 それを見送りながら、レライはシシリアに向かってぽつりと呟いた。

「ところで、先ほどの会話の意味、分かりました?」

「いいえ、全然。わかる筈がないでしょう」

 真相から完全に置いて行かれた2人は、いつのタイミングでフォンビレートに説明を求めようか、小さな悩みに頭を抱えた。



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