おまけ。
急に割り込ませて済みません。
「あーんなことやこーんなこと」に行きつく前の、ある日のデート風景です。
本編以外のエピソード、ひとつ。
美緒と龍太郎が居酒屋で食事をしていると、注文していない皿が運ばれてきた。
「あちらのテーブルのお客様からです」
振り向くと若いサラリーマンらしき男ふたりが、隣のテーブルで手を振っている。意味が飲み込めない顔の美緒の耳に、龍太郎は小声を吹きこんだ。
バカに金使わせちゃおう。美緒ちゃんは普通に対応していいからね。
にっこり笑った龍太郎は、そちらのテーブルに会釈してみせた。美緒も一緒に頭を下げる。
龍太郎がブザーを押して店員を呼ぶと「それもこっちの伝票につけていいから、一緒に飲もうよ」と割り込んで来た。龍太郎は愛想の良い顔で頷き、ぼんやりしている美緒にメニューを指し示して料理を幾品かととドリンクを追加させながら、隣のテーブルの伝票についたことを確認する。
美緒と龍太郎が使っているのは、四人掛けのテーブルだ。
「OLさん?ふたりとも、可愛いね。まだ新人さんかな?」
なんて、男ふたりが席を移って来る。美緒は曖昧な返事を戻し、龍太郎はにこにこしていた。酔っ払いは陽気に自己紹介をはじめ、一見ならば会話が盛り上がって見えないこともない。
主に美緒が曖昧に受け答えし、時々龍太郎が頷いたり首を横に振ったりする。運ばれてきた料理に手をつけ、相手の皿にも盛り分けたりしてやるものだから、酔っ払いは上機嫌だ。
「ねえ、両方ともおとなしいね。名前だけでいいから教えてよ」
にこにこしていた龍太郎の肩に、ひとりが手を掛けた。
「ボーイッシュな彼女、名前はなんていうの?」
龍太郎の笑顔は、底意地が悪かった。
「龍太郎だよ。ついでに言うと、ボーイッシュじゃなくて、ボーイ」
「うそぉっ!」
龍太郎の声を聞いてどん引いた相手の手を掴み、胸へと導く。
「納得?どうも御馳走さんでした。美緒ちゃん、帰ろ」
自分のテーブルの勘定書きを持ってレジに向かう龍太郎に、慌てて美緒は立ち上がった。
「ごめんなさいっ!失礼しますっ!」
相手が呆気にとられているうちに龍太郎に追いつき、もう一度振り向いて、恐縮した顔で頭を下げた。勘定を済ませた龍太郎が、美緒の腰に腕を巻き付け、出口へ誘導する。
その間残されたテーブルは、静まりかえっていた。
「・・・なんか、申し訳なくない?」
「勝手に勘違いしたの、向こうじゃない。女の子と仲良くしようなんてスケベ心なんだから、いいのいいの」
美緒の手を引きながら、龍太郎は笑った。
「ざまあみやがれ!」
こんなことには、慣れてる。生まれ持ったものを悔しがることに、本当は意味なんかない。努力してもどうしようもない劣等感なら、遊んじゃうしかないじゃないか。
だけど本当は好きな女の子の前で、あんな勘違いされたくなかったなあ。
握った手が、きゅっと握り返された。
「あたしには、龍君はどう見ても男の人なんだけどな」
「見せてないけど?」
「そこじゃないっ!」
そこじゃないのは知ってるけどさ、まともになんか答えられないじゃないか。照れくさすぎる。
いいんだ、美緒ちゃんが男だって思っててくれるんだから。
「気をつけてね」
乗り換え駅まで美緒を送って、電車の窓に手を振った。
自分がそう見られたい相手が、ちゃんと理解してくれてるんだから、それでいい。それが一番欲しかったものなんだから。
fin.
どこにアップして良いのかわからなくて、こちらにアップです。
ごめんなさい、もうしません。