be happy,Lovers! 5
なんで仕事に戻れなくなるようなタイミングで、それを言うか。
踊り場で上下に分かれ、鉄の扉を押した後に、龍太郎は手洗いに入った。鏡を見るためだ。席を空けた後に口紅を残して戻ったら、シャレじゃすまない。ついでに用も足して、手を洗っていたところに出先から同僚が戻ってきた。
「お、今、篠田の彼女とロビーですれ違ったよ」
あ、そう、とやり過ごす。
「なんか、すっげーかわいくなったよね。急いでたんかな、すげー早足で」
「いや、それは普段の彼女の歩き方」
かわいくなったって思ってるの、俺だけじゃないんだ。それは、面白くないぞ?早足ってことは、いつものテンポに戻ってるんだ、良かった。
「ニヤけんなよ」
「ニヤけてねーよ」
帰宅時間を見計らって、美緒はメールを入れる。
―気力回復。甘えちゃってごめんなさい。
―もっと甘やかしたい!
間髪入れずに戻ったメールに、絶句する。うう、対応に困る。
そういうこと、言う人なんですか?
言う人なんです。おイヤでしょうか?
いつだっけ?ずいぶん前の会話。今なら、ちゃんと答えられるのにね。リアクションに困るだけです、イヤじゃないです。ああ、そうか。あたしと龍君は、そんなやりとりが必要ない程近くに来たんだ。
きっかけを作ってくれたのは、龍君だ。あたしはいつも、作ってもらったきっかけに乗っかってただけ。そして、今も次のきっかけを作ってもらうのを待ってる。全部、龍君まかせで。
それで、いいの?
四月も終わり近く、外をそぞろ歩くには良い季節だ。公園の木の陰で、やっとベタベタできるなーなんてお互いに思っていても、それを口に出すのはちょっと・・・の状況で、だけど肩をつけて座っているのが嬉しい。
だあれも見てない。キスしちゃっても大丈夫。
熱心にキスしているうちに、龍太郎が足を組みはじめた理由など、美緒に知る由もないが。
「帰んないで」
耳打ちのように言われた言葉に、美緒の肩はびくっと震えた。
「困る」
やっぱりか、と内心溜息をつく龍太郎は、「無理ならいいんだ」と努めて普段の声を出した。
やばい!これ、また絶対誤解する!龍君、きっとがっかりする!
美緒のうなじを撫でる龍太郎の指はやわらかく、それだけでも充分大切にされているのだと実感できる。自分ももっと近くに行きたいって、ちゃんと伝えたい。でもね。
あたし、男の人にこれを言ったこと、ないんだけども。体育の先生にすら言ったことないんだけども。
「・・・生理」
一瞬黙った龍太郎は、その後笑いだした。