meaning of inferiority complex 7
キスが深い。もう、後ろには逃げられない。背にまわす必要がなくなった龍太郎の腕が、美緒の顔の横に置かれている。時折、やさしい手が髪を撫でる。今までのキスと違う。やだ、怖い。でも。
でも、もっと触れて欲しい。
息継ぎのたびに乱れてくる呼吸が苦しくて、美緒は龍太郎の肩にしがみついた。やっとはずされた唇は、次に頬に触れて耳の下に落ちた。息遣いを耳元に感じる。
乱れた呼吸に混ざる自分の声に驚いて、美緒は自分の指で自分の口を塞いだ。そうしている間に、龍太郎の指がニット越しに胸を確認していく。
熱くなった頬を確認して、顔を見た。赤く上気した顔がかわいくて、もっとその顔を見たいと思った。俺もドキドキする。口を塞いだ指の一本一本にキスした。俺だけが見る顔。
胸のふくらみを押さえてみる。余裕なんかない、もっとキスしたい。やべ、抑えが効かないかも。
龍太郎の指は胸からニットの裾に到着する―――ところだった。((注)だから、甘いって)
ぱち。美緒は突然目を見開いた。自分が今、薄いニットの下につけているものを、唐突に思い出したのである。
ここで美緒の名誉のために、付け加えなくてはならない。彼女は腰を痛めたばかりであり、保温の必要がある。そして、今日は龍太郎の部屋に訪れる予定はまったくなく、ましてこんな展開なんて三十分前ですら予測できていない。
あたし、腰までのババシャツ着てる!遠赤外線保温の!
そう、彼女が着ているものは、カジュアルメーカーのヒートなんたらの薄いインナーではなく、スーパーマーケットの下着売り場で購入した、胸に伸縮レースのついたベージュの肌着であった。ジーンズの下には、海賊の暴れまわる漫画の中のキャラクターであるトナカイの絵のついたニットのオーバーパンツ、平たく言うと毛糸のパンツだ。
「ちょっちょっ!ちょっと待って!だめっ!」
時ならぬ色気レスの声を責めては、気の毒というものだ。
あれを見られるくらいなら、荒川流れて帰れって言われる方がマシ!
呆然とした龍太郎を押し退け、美緒はコートを羽織った。
「バス、まだ間に合うから!急に来てごめん!帰る!」
慌てて靴を履いている。
「ちょっと待って、送ってくから」
「大丈夫、まだ遅い時間じゃないから!」
呆然とした顔のままの龍太郎を玄関に残して、美緒は走り出した。
送ってもらったって、どんな顔ができるっていうの!