meaning of inferiority complex 5
美緒が昼休みに龍太郎に送ったメールへの返信は来なかった。別に、怒っていたわけではない。それどころか、現場打ち合わせの際に「篠田さんが担当で助かったよ」なんて言われて、回復に向かった龍太郎は、週末の予定なんか考えていたのだ。返信しなかったのは何のことはない、個人用の携帯電話を家に忘れてきたからだ。作業用防寒ジャンパーのポケットが普段のコートと違うので、内ポケットに入れたつもりで忘れた。早あがりができれば美緒の会社を直接覗けばいいや、それくらいの気分だった。もちろん、頭が一杯になってしまっている美緒のことなんて、知らない。
夕方までメールの返信が来ない。定時過ぎに電話しても、出ない。美緒は、泣きたくなっていた。悪い予想ばかり膨らみ、連絡が取れないことで妄想に拍車がかかり、私服に着替える頃には「龍君は怒っているから電話に出てくれないんだ」と、頭に完全に刷り込んでしまっていた。
あたしが気を遣えないから、龍君は怒ってる。
ここで誰かに聞いてもらえば、「急にそんなことになる筈がない」と否定してくれるだろうが、美緒は行動が早いのである。
最初、本館の五階に顔を出そうかと思った。しかし、現場から直帰の率も高く、受付で呼び出してもらう勇気はない。
家の前で待ってよう。怒ってるんなら謝らなくちゃ。
美緒が龍太郎のアパートの前に立ったのは午後七時、まだ部屋に灯りは点いていなかった。
ちょっと早い時間かも。
携帯電話を呼んで見る。当然、出ない。電車の中かも知れないと思い返し、駅に戻って改札で待ってみる。しばらく待っていると、どこかですれ違ったのかも知れない気になって、アパートに戻る。その合間に携帯も呼んでみる。それを何度か繰り返した。
なんで、電話に出てくれないの?あたしの声なんか聞くのもイヤ?
完全に妄想に支配されてしまっても、誰もそれを知らないのだから、止めてくれる人はいない。美緒の頭の中にはとんでもない結末が構築されつつあり、パニック寸前で龍太郎のアパートの外階段に座り込んだ。一時間半が経過したところだ。
一方、コンビニで夕食を買いこんだ龍太郎である。自前の携帯電話は家なので、電車の中の暇つぶしに駅で貰ったフリーペーパーの「お出かけ情報」を、家で検索してみようと足取り軽く帰ってきた。
どこかで見たような。
アパートの外階段に蹲っているコートに見覚えがある。
「美緒ちゃん?どうしたの?」
顔をあげた美緒は、泣きだす寸前の顔だった。
「ごめんなさい!怒んないで!」
「・・・はい?何のこと?」