meaning of inferiority complex 1
美緒が龍太郎の部屋に入るのも三回を数え、キスの最中の息継ぎに慣れてからの話だ。((注)好事魔多し)
地下鉄の階段に見えた時に、テンポが違うとは思った。だから龍太郎は階段の上で、美緒を待っていた。
「龍君、おはよ」
「具合でも悪いの?」
「悪くないよ?昨日古い書類処分してたら、今日はちょっと腰の調子が悪くて」
えへへ、と美緒は笑った。
「重いもん持ったんだろ。なんで手伝ってもらわないの?」
「みんな、それぞれ仕事があるもん。自分の力でできることに手を貸してって言うのも」
「美緒ちゃんがフルパワーでやらなくちゃならないことでも、男の力なら『ちょっと重い』でできちゃうんだよ?腰痛めてまで、そんなことしない」
美緒の頬がぷくっと膨れたので、つついてやろうかと手を伸ばしかけた時、後ろから藤原が真ん中に割り込んだ。
「はい、篠ちゃんも松山さんも朝からイチャイチャしたら犯罪。松山さん、篠ちゃんは俺のものよ?」
「いつから?」
「入社研修の時に、押し倒されてくれたじゃないの」
確かに蹲った相手に蹴りを入れようとした時に、上から押さえつけられた記憶はある。
「・・・古いこと思い出させんなバカ」
実は、マジで痛いのだ。無理をしなければ良かったな、とは思う。書類箱を棚に上げた時、確かに違和感を感じた。腰に負担をかけないように、美緒はそろりそろりと着替えて仕事をはじめた。
今日、仕事が終わったら整体にでも行ってこよう。
キーボード操作をしていても、座っている態勢がきつい。かと言って立ったままでも痛い。同じ部内の事務に、お茶汲みだけは変わってもらった。
「松山さん、見積りお願い」
課長の席から声がかかり、立ち上がろうとした瞬間だった。
ぐき。顔が歪んだ。
どうしよう。姿勢が戻せない!
机を伝い歩いて課長の席まで行く。資料を受け取った時は息も絶え絶えだ。
「どうした?歩けないのか?」
「いや、なんか腰やっちゃったみたいで。大丈夫です、帰りに病院に行くし」
「それまで持たないだろう。おい、誰か車出してやれ。松山を整形外科まで連れて行け」
大木がキーフックから営業車の鍵を外し、女子社員がロッカーから美緒のバッグとコートを持ってくる。財布をデスクの引き出しからバッグに入れ、大木の首に腕を回して、美緒はエレベーターに向かった。
幸いなことに、大木の営業車は地下の駐車場に入っていた。
「ごめん。仕事中なのに」
「他ならぬ松山さんのためですから。午前中の納品、ちょうどないしね」
大木の首にぶら下がったままの移動である。ひとりで歩くのは、あまりに辛すぎる。
「松山さん、胸がないから抱きついてても違和感ないし」
「セクハラ!・・・声張っただけで痛い・・・」