Standstill a little 6
食事を一緒にしても表情の戻らない美緒を乗り換え駅まで送ったあと、帰宅して炬燵に足を突っ込んだ龍太郎の携帯が震えた。発信者は藤原、時刻は十一時半である。
「篠ちゃーん、泊めてぇー」
「ウチは簡易宿泊所じゃねえ」
「もう、池袋まで来ちゃったもーん。それとも松山さんがいる?」
「・・・まだそんな段階と違う」
「あ、電車出る!じゃ、三十分で着くから!」
甚だ勝手だが、毎度のことと言えば毎度のことだ。
藤原が来る前にシャワーを浴びてしまおうと思った所にメール着信がある。
―無事、帰宅しました。今日はごめんなさい。
謝ることないのに、と龍太郎は思う。もともとが自分に起因する事柄で、だからあんな顔をさせたのは俺自身だ、と悔しい。慣れてくれと言うのは容易い。好きなんだからと押し付けてしまうことも簡単だ。
「とりあえずシャワーだっ!」
―今からフジが来るらしい。明日、メールする。おやすみ。
携帯電話のフラップを閉じて立ち上がる。
いいよな、顔のいいヤツは女にチヤホヤされていい気になれて。そんなことを言われた研修時の、思い出したくないことまで思い出す。
ちくしょう。羨ましけりゃ俺の外見そっくりくれてやるよ。
言いたい相手は、入社して半年で会社自体を辞めて行ったが。
「しーのーちゃんっ!あっそびっましょっ」
「酔ってんな、てめえ」
「酔いますよう。三浦から質問攻めだもん。他の人がどん引くくらい、松山さんのこと根掘り葉掘りー」
大きなコンビニの袋を龍太郎に差し出してから、藤原は備え付けのスウェットに着替えてスーツを吊るす。
「余計なこと言ってねーよなー」
「言うほど知らねーもん。篠ちゃんが声かけて篠ちゃんがめろめろだっつーのは言っといた。不満そうだった。いや、うるせーうるせー」
それは、とてもリアルに想像ができた。
「まま、篠ちゃんも飲んで飲んで。なんかさー、誘導するわけよ、向こうから声かけたんじゃないかとか、たいして綺麗でもないよね、とか」
「俺の趣味だ、放っとけ」
「放っとけない人もいるんでしょ。やーね、モテる男は」
あれは、俺が相手にしてないからムキになってるだけだ。プライド高そうだし。
龍太郎は冷静にそう考える。
盛大にシャンプーの泡をたてながら、美緒はまた思い出していた。
キス、しちゃった。あれが返事になるんだろうか。俺がそう思ってるだけじゃ、ダメ?あの言葉がとても嬉しくて、そんな風に言ってもらえるあたしが、しあわせだと思った。でも、本当に?
じゃあ、不採用だって言って、取り消してもらう?それでメールを待ったり、自分がどう見えるかなんて気にすることはなくなる筈。そして、あたしは「誰から見ても不自然じゃない男」と出会う。龍君も「誰からもお似合いに見えるタイニーな女の子」と一緒に歩く。たとえば、あのピンク色のコートの人みたいな。
それは、いや。
自分の中の力強い声に、シャンプーを流すために掴んだシャワーの柄を握り締めた。
―龍君が、とてもとても好きです。
やっとの思いで送ったメールは、夜中の三時を過ぎていた。
これが、あたしの結論。