Standstill a little 4
「あれ?今日はずいぶんOLさんらしいカッコ。どうしたの?」
ロッカールームで鈴森に声をかけられ美緒は、まあちょっと、と言葉を濁す。せめて並んだ時に違和感を感じさせない程度に合わせたいなんて、自分の考えが媚を含んでいるようで嫌だ。
「金曜日だし、今晩おデート?」
「時間が合えば」
デートという言葉に過剰反応しなくなった、と美緒は思う。日常に組み込まれてしまえば、ただの単語でしかなくなる。自分の感情にも、そうやって馴染んでいくのだろうか。
夕方近くに残業の確認のメールがあり、ビルのロビーで待ち合わせる。階段室からロビーに出たところで目に入ったのは、龍太郎と何人かの同僚。女の子の方が少し多めなのは、仕事帰りに、と誘いあったからだろう。
「じゃ、俺はそういうことで」
抜けて背を向けた龍太郎は知りようがないが、美緒は龍太郎の肩越しに値踏みするような視線を見ていた。自分の勤め先とは雰囲気の違う社風なのだろう。全体的に華やかで明るい雰囲気だ。視線を寄こしているのは女の子たちで、「ああ、あれが」なんて目で会話をしていそうだ。
やだ。なんか怖い。
今まで「すっごく鈍い」美緒は、同性にけしかけられたり呆れられたりすることはあっても、こんな視線にさらされたことはなかった。「誰それのカノジョはどういう子」なんて噂話をすることはあっても、されることはなかったのである。一際強い視線は、ピンク色のコート。明るい色の髪に、綺麗なアプリコットカラーのリップグロウが、自分のアピールポイントをきちんと把握している「女」に見える。
ふいに足に合わない靴を履いているような気分になり、美緒は怯んだ。
「さて、行こ行こ」
美緒に寄った龍太郎は、強張った顔に気付かずそのまま歩きだした。
「会社の人たちにつきあわなくていいんですか?」
「美緒ちゃんに声かけた方が先だもん」
それに今のところ、こっちの方が優先度高いし、と龍太郎は思う。
「何か食べたいもの、ある?」
そう聞きながら美緒に向き直った時、やっとその表情に気がついた。よく笑いそうな明るい表情は潜み、変わりに浮かんでいるのは怯えに似たものだ。
「何か嫌なことがあったの?」
「ないですよ?仕事も上手く片付いたし、明日はお休みですもん」
慣れた証拠のように気易くなっていた口調が、元に戻っている。しかも本人は、それを意識していないらしい。
昨日の朝、駅から歩いた時は普通だったぞ。今朝は会ってないけど。
それからおもむろに美緒の服装に気がつく。ハーフコートと膝丈フレアスカート、いわゆる「女の子服」だ。普段とずいぶんイメージが違う。それが余計におとなしやかに見えるのだろうか?
もう一度、どこに行こうか?と声をかける。
「知ってる人の、あんまりいないところがいい」
ぽつんとした返事が戻った。