Standstill a little 3
ランチの時に美緒が後ろの席の会話に気を止めたのは、「篠田君」という単語が出てきたからだ。珍しい姓ではないだろうが、田中や佐藤のように多くはない。
「・・・さ、篠田君と朝・・・っていうか・・・つりあいが・・・たいして綺麗な子じゃ・・・」
あたしのことだ、と気がついた瞬間、箸が止まった。
「どこが・・・なわけ・・・向こうから・・・飽きるんじゃ・・・もっと小さくてかわいい子・・・」
つまり、あたしは龍君より大きくてかわいくないから、つりあいが取れないって言ってる?振り向きたいのを必死でこらえ、箸を握り締めるが、口に運ぶことができない。表情の強張りに気がついたランチ仲間が声をかけても、聞こえないほど美緒は後ろの会話に注意を向けていた。
「・・・の身長じゃ・・・だけど・・・選びようが・・・・ねえ」
「松坊、どうしたの?箸が進んでないじゃない」
「・・・残す」
食べられない。誰がどんな噂をしているのか、確認したくても振り向けない。直に言われたわけではない分、これはきつい。他人からどう見えるか、なんて考えたこともなかった。つりあわない?
「具合悪い?あんたが出された物残すなんて」
「違う違う、今朝お餅みっつ食べてきたから」
あたし、今、ちゃんと笑えてるだろうか?みんながあたしの顔見てる。楽しい息抜きの時間、雰囲気を壊しちゃダメ。
美緒のグループより先に席を立った後ろの集団は、揃ってレジの前に立ち、やっとのことで振り向いた美緒の目に映ったのは明るい髪の色。
髪型に見覚えがある。ピンク色のコートの人だ。
同僚たちと並んでも一際小柄で華奢なその後ろ姿は、龍太郎の横に立っていたら自然なカップルに見えるような気がした。
帰り時間を合わせて美緒と龍太郎は待ち合わせをしていた。少し会話にハズミがないかなと思う程度で、龍太郎は美緒の鬱屈には気付かない。食事を終え、通りがかりのガラス張りのビルに映る自分たちに美緒は気がつく。
あの人たちが言ったのは本当だ。少なくとも、あたしと龍君はカップルに見えない。
ニットコートにスキニーのジーンズ、斜め掛けのポストマンバッグ。そのスタイルは動きやすいし、会社に行けば制服があって失礼にはならない。だけどスーツの上にコートを着た龍太郎とは、どう見てもアンマッチだ。
紺色のダッフルコートに寄り添ったピンク色のコート。出社する時も休日に遊ぶ時も同じスタイルのあたし。おかしいのは、あたしの方だ。誰が見ても多分、評価はマルの龍君につりあってないのは、あたしだ。
試用期間と言ったのは、龍君の方だ。あの時は、迷っているあたしに猶予をくれたんだと思っていたんだけど、龍君からも試用期間なんだろうか。あたしが決定通知出しても、向こうから不採用です、なんて。
そうか、あたしはもう決定するつもりでいたんだな。その前に「つりあわない子とつきあってる」と言われてるんだとしたら、とても申し訳ないことをしてるのかも知れない。少なくとも、そう思う人がいるんだから。