Standstill a little 1
「おお。初日から同伴出勤」
「それ、なんかニュアンスが違くね?」
あけましておめでとう、の前の会話である。美緒と龍太郎が並んで歩く横に、藤原が並んだ。
「あたしも同伴させて?篠ちゃんを女になんか渡すもんですか」
「・・・やめろ、正月から」
出社時には早足で通り過ぎるだけの美緒が、はじめて隣を歩いているのだ。
「男にモテても嬉しくねえ」
「女にだってモテるクセに。篠ちゃんのいけず」
黙って横を歩く美緒が、まったく違うテンションで受け止めているのだとは、藤原も気がつかない。
そうだよね、普通に考えたら人気はあるんじゃない?顔は良いし、性格も悪くないと思う。ちゃんと社会人だし。身長だって、気にする人ばっかりじゃないもん。
本館のロビーから入って美緒が手を振った時、龍太郎の後ろからピンク色のコートが近付くのを見た。
「篠田君、藤原君、あけましておめでとう。今年もよろしくぅ」
顔が明らかに龍太郎の方を向いている。
むか。感じ悪っ。
当然、美緒が何かされたわけではない。だから、何故それを感じ悪いと思うのか、自分でもよくわからない。強いて言えば、語尾に漂う媚が気持ち悪いと思う程度である。
「松山さん、勘がいいね」
美緒の表情を見送った藤原が、ニヤニヤ笑いながら龍太郎に話しかける。
「松山さんって、誰ぇ?」
「篠ちゃんのカノジョ」
さらりと答えた藤原は「俺も今日から階段で行く」と龍太郎と階段室に向かった。
「お正月、進展あったあ?」
こちらはロッカールームで着替え中の美緒の方である。
「2回、一緒に出掛けた」
不機嫌の残る顔で、美緒は鈴森に返事をした。
「順調じゃない。で、そのぶすったれた顔は何なわけ?」
「あたしって、女っぽくないよね?」
何を今更、と鈴森は笑う。
「女っぽさを求める人は、もともと松坊になんか声、かけないでしょうよ。篠田さんだってそうじゃない?」
「篠田さんのことじゃないっ!」
赤くなりながら、美緒は言葉を返す。
「またまたぁ。今までそんなこと言い出したことないクセに、そんな顔で否定しなくっても」
「違うってば!」
「あーあ。中学生レベルから始めなきゃなんない篠田さんって、カワイソー。早く育たないと、待ちきれなくなるぞお」
膝掛けを抱えた鈴森は「お先に」とロッカールームから出て行った。そういう意味じゃないんだけど。呟く美緒にも、どういう意味かは説明できない。