get nervous 8
えいっと覚悟を決めて、龍太郎の手を自分の手に乗せた美緒は、丁寧にクリームを伸ばしはじめた。
華奢な人って、指まで華奢なんだ。あたしの手より、ずっとやさしい手。綺麗なのに、持ち主に気に入ってもらえないなんて、可哀想。
親指の付け根を強く押して、仕上げだ。顔をあげて終わりを告げる。
「ありがとう。手のマッサージって案外と気持ちいいね」
少し照れたように笑う龍太郎の顔から、美緒は慌てて目線を逸らす。この顔には、ちょっと逆らえない。強力な武器だ。
試用期間なんて言わなくたって、彼女なんてすぐに見つかりそう。たとえば、あのピンクのコートみたいな。
そう思ってから、自分の考えがイヤになる。とても卑屈になった気がした。
一度通った道は、通りやすい。寒いけど屋上に行ってみようか、と龍太郎は当然のように美緒の手をとった。文句を言うわけにもいかず、美緒はおとなしく手を引かれる。
ドキドキする。このドキドキは、ワクワクに近いドキドキだ。
龍太郎と美緒は今、感情を共有しているのだが、お互いがそれを知らない。不安を含みながらも何かが始まる予感を、自分の心の中に抱え込むのみだ。
屋上の休憩所で缶の紅茶を買うために一度手を離した龍太郎は、下のフロアに戻る階段で、また手を差し出した。
お手!わん!懐きかけた柴犬は、もうじき首輪をつけさせてくれる・・・かも知れない。((注)そうは問屋が卸すか)
朝の悪い出来事を払拭したかのように上機嫌の龍太郎と、自分の感情に整理がつかないまま気分だけが上ずった美緒は、向かい合わせでパスタをフォークに巻きつけていた。
「大盛じゃなくていいの?」
「家にいると食べすぎちゃって、あんまりおなかが空かないの」
「疲れたんじゃないよね?」
普段から女の子扱いに慣れていないので、気を遣われると緊張する。
「大丈夫。あたし、頑丈だし」
「でも、筋力も体力も違うでしょ。俺みたいなチビでも、美緒ちゃんより腕力は強いし」
アイドル顔で笑う龍太郎に、腕力があるなんて想像もできない。この人は体重1.5倍に喧嘩仕掛けちゃう人だったな、と思い出す。とりあえず、美緒の想像の範囲外ではあるらしい。