for the time being 3
龍太郎が帰り電車に乗っていると、後ろから声をかけられた。
「篠田さん、どうも。この路線だったんですね」
顔を思い切り上げると、「エア・トラッド」の津田である。
「あ、こんばんは。そうです、上板橋なんです。津田さんもですか」
よく見ると隣に、龍太郎から見ても更に小柄な女性が立っている。
「母ちゃんです。子供が風邪引いて、保育園で預かってもらえないから、実家に預かってもらってて。今から迎えに行くんです」
女性はぺこりと頭を下げた。
共稼ぎも大変だな、と顔を見る。それにしても、この夫婦の伸長差、どれくらいだ?
「篠田さん、現場の評判良いですよね」
意外な言葉を聞いた。
「頼りないとか思われてるんじゃないですか?」
「いやいや。管理がしっかりしてて、工程に余裕があるって設備屋さんが言ってますよ」
二年目にしては、結構な評価である。ガッツポーズをとりたいのを、抑える。見た目で舐められる分、他人よりも努力しないと信頼がついて来ない。業者からの信頼度を、外見のせいにしたくはない。入社後の部署が決まった時期に、文系の大学では縁のなかった設備のあれこれを、頭に叩き込んだ。
舐められてたまるか。
龍太郎の仕事の原動力は今のところ、その一言に尽きる。
「津田にも見習わせてくださいね」
津田の隣の女性が口を開いた。
「いいな、外見がスマートで仕事ができるの。うちの子供もそうやって育つといいけど」
「チビですよ?」
「背なんか高くたって嵩高いだけで、電球換える時くらいしか役に立ちません」
「きつっ!」
「実際、一緒に過ごして快適なら、関係ないでしょう?」
自分が好ましいと思える女性が、そう思ってくれればいいんだけど。
津田夫妻に手を振って電車を降りた。現場の評判が良いという言葉が、やけに自分を高揚させる。携帯電話を取り出して、アドレスを呼び出す。
―こんばんは。近いうちに夕食をどうですか。