for the time being 2
「おはようございます。土曜日はありがとうございました」
美緒が追い抜いた後、のんびり歩く龍太郎の頭には、毎度の手が置かれていた。
「頭に手ぇ乗せるなっ!」
「何?土曜日に一緒に出掛けたの?」
「出掛けたには出掛けた・・・ただ、なんつーか微妙」
「普通じゃない鈍さだって言ってたもんねえ」
鈍いだけじゃないような気も、しないではない。
「松山さん、カタログファイル作っといてー。外科外来用、50セット」
美緒は言いつけられた仕事をこなすために、カタログ庫でカタログを集めていた。ストックがないのに気がつき、キョロキョロ探すと、スチール棚の一番上に乗っている。誰かが持ち出したらしく、手近に脚立が見当たらない。
大丈夫、誰もいない。
セミタイトの制服の裾を膝よりもかなり上に持ち上げ、棚によじ登ろうとした瞬間、ドアが開いた。
「松山さん、電話入ってます」
慌ててスカートの裾を戻す。
「ちょうど良いところに。大木君、一番上のサージカルテープのカタログ、降ろしといて」
入れ違いにカタログ庫に入った大木が、「色気ねえ・・・」と呟くのを聞いた。
あんたに見せる色気はないっ。
かと言って、今まで色気を見せた相手はいないのだ。
「忘年会の会費の集金でーす」
龍太郎の席に回ってきた女子社員が、名簿にチェックしながら会費を集金していく。まだ12月は始まったばかりだ。
「二次会は独身だけでやるから、篠田君も参加ね」
にっこり笑う総務課の彼女は、小柄なのに豊かな胸の持ち主で唇の印象的な女の子なのだが、龍太郎は苦手である。研修合宿の最終日に龍太郎に「告った」のは支店の女の子ではなく、実はこの女の子だから。それは、藤原も知らない。
つきあって欲しいの。私なら、身長のつりあいも取れるでしょ?
身長のつりあいで彼女を決めたことなんて、一度もない。身長と気が合う・合わないは関係ない。だから、そう言われたことがひどく屈辱的に感じた。彼女、つまり総務の三浦は、龍太郎に「背が低いんだからストライクゾーンが狭い」と言ったようなものだ。そんなことに拘っていたら好きな女の子とデートもできないことは、学生時代に学習済なのだが、逆に「女の子は身長に拘るのだ」と念押しをされたような気になった。
そして、断わったにもかかわらず、三浦は龍太郎にちょこちょことアプローチしてくるのだ。
入社したばっかりで女の子とつきあう余裕はない、なんて言ったの、社交辞令だから!本気で好みじゃないから!
同僚という立場では、そんなに強い言葉では否定できない。距離が近くならないように気をつけるばかりだ。