begins to move 5
水族館を一周回って、外に出た。まだ夕方とも言えないような時間だ。
「展望台にでも行く?高い所、怖い人?」
「高い所は大丈夫です。ナントカと煙は・・・って言いますけど」
「俺もそのナントカのクチだ。今度は東京タワーにでも行こうか」
「大観覧車がいいな。葛西の水族館も好きです」
とりあえず、もう会いたくないとは思われていないらしい。
展望台の入り口で、また財布を出そうとする美緒を制して、龍太郎が先に立つ。
「だって、はじめて会った時からお金出してもらいっぱなしで」
「年下のかわいい女の子には、見栄くらいはりたいもんです」
臆面もなくこんなこと言えちゃう人なんだ。かわいいって言ってる本人の方が、あたしよりよっぽどかわいいのに。
「いつから、あたしの顔知ってました?」
美緒が『たぬきや』にひとりで入った時、龍太郎は確かに美緒の顔を知っていた。会釈したのだから。
「昼休みのエレベーターに乗り合わせたことがあるんだよ。美緒ちゃんが『たぬきや』に行きたいって主張して、他の人たちにダメ出し喰らってた」
いつのだろう?年がら年中のことなので、美緒はまったく記憶にない。
「とにかく、その時に顔を覚えたわけ。で、面白そうだなと思ってて」
「面白いですか、あたし?」
「まだわかんないね。ちゃんと話してもいないし」
そこで話を切って、龍太郎は窓の外を眺めた。
まだ、ちゃんと話してもいない。気が合うかどうかなんて、わからない。「とりあえず、誘われてみ?」という鈴森の声が聞こえてきた。
あたしって、そこの部分を飛ばして来てたんだ。つきあっちゃおうか、なんて言葉ばっかり気にして。
美緒は息を吸い込んで笑顔を作ってから、龍太郎の横に立って窓の向こうに目をやった。
「そうですね。よく知らない人と友達にはなれませんもん。龍太郎君、よろしくお願いします」
「はい、よろしく」
女の子にわざわざ声かけて、デートの段取りするのが「友達」か?
美緒と一緒にいた女友達(名前は忘れた)の「すっごい鈍い」がどこから来たのか、龍太郎は身をもって体験したのだった。