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相手の興味がどこを向いているのかわからないときに、映画や美術館は危険だ。趣味がまるで違う場合、どちらかがしらけてしまう恐れがある。できれば水族館か博物館――話題がなくても、目の前のものを眺めれば良いのだから。
―サンシャイン水族館のチケットがあります。今度の土曜日にどうですか。
チケットがあるのは、嘘じゃない。新聞の勧誘員が置いていったから、と藤原に譲られた。すぐに返信は来ないだろうと龍太郎がポケットに携帯電話を落とした時、着信音が鳴った。
―行けます。時間等お知らせください。
時間等お知らせください・・・仕事の返事じゃないんだから。
行けますって返信しちゃった!
携帯電話を握ったまま、発信しちゃったメールって取り戻せなかったかな、と考えているのは美緒だ。無意味に発信履歴を確認して、頭の中がジタバタする。
会って確認しないと、どんな人だかわからないって鈴森に怒られるし。
自分への言訳が必要なのかも知れないが、何の言訳なのかは美緒にもよくわからない。とりあえず理解できるのは、龍太郎と会うこと自体がイヤなわけではない、ということだ。大体、イヤなのなら朝の挨拶なんかしない。
まずは友達からってね。考え過ぎんな、あたし!
そう思うこと自体が、相手を異性だと認めている証拠なのだが、美緒はそれに気がついてはいない。ともあれ、約束は出来上がった。
休日出勤の時と同じく、ジーンズにMA-1の龍太郎が電車に揺られている頃、美緒は池袋駅にくっついて建っているメトロポリタンプラザの化粧室で、自分のいでたちのチェックをしていた。散々考えた挙句、「友達から」と念じてニットコートにジーンズだ。
しまった!篠田さんってあたしより足、細い!並んで歩くとあたしの足がっ!
・・・後の祭だ。
なんであたしを誘ってくれるんだろ。面白そうに見えるかな。
それも、今頃になってから浮かんだ疑問だ。いや、浮かばないこともないことはなかったのだが、龍太郎の容姿は、あまりにも情報の連想からかけ離れていた。「あーんなことやこーんなこと」をするようには見えないのだ。
よしっ!新しい友達と、水族館に行くわよっ!
かくして土曜日の午後一時、池袋駅の「いけふくろう」前から、ようやっと話が動き出すのである。