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追放、ざまぁ、もう遅い、溺愛等

私のことを「愛さない」ですって? ふーん、そうですか。それでは……。

作者: 山口遊子
掲載日:2026/07/05


 贅を尽くした初夜の寝室。


「君を愛することはない。形式上の婚姻だ。私に期待するな」と、夫であるヴィクターが私に背を向けたまま吐き捨てるように言い放った。


 私は彼の背中を見つめ、口元に微笑み、いや嘲笑を浮かべた。


 ……フフ、フフフフ。


「ふーん、そうですか」


 私が含み笑いと一緒にそう返すと、ヴィクターは振り返り不審そうに眉をひそめた。


 そんな彼の顔を私は目を細めて見つめ、グラスに半分ほど入った血の色をしたワインを一口飲んだ。


「君、何を――」


「では、貴方が十年かけて隠してきた『領地資金の横領の証拠』と、あなたが別邸に住まわせている『愛人の存在』の全記録を、今から社交界の重鎮の皆さんが持つ魔法具へ一斉送信いたしますわね」


 その言葉でヴィクターの顔色から血の気が失せ、面白いくらい蒼く、そして白くなった。


「な……っ! なぜそれを……!」


「私があなたとの結婚を決めたのは、あなたを愛したからではありませんわ。それはあなたも一緒でしょう? あなたは私の持参金目当てだったのでしょうが、私は貴方の化けの皮を剥がし、あなたを家ごと社会的に葬り去る絶好の機会だと思ったからですもの」


 私はそう言って、ワイングラスを持ったままベッドから降り立ち、バルコニーへの扉へ向かった。


「や、やめろ……! 今すぐ止めろ!」


 ヴィクターが駆け寄ろうとするが、私は優雅にバルコニーの扉を開け放った。


「残念ですけれど、私の忠実な侍女が、先ほど送信ボタンを押しましたわ」


 その瞬間、ヴィクターの懐の通信魔法具が悲鳴のような着信音を上げ始めた。

 

 ヴィクターが恐る恐るその中のメッセージ開いたところ、社交界の重鎮、言い換えれば王国政界の重鎮からの糾弾のメッセージだった。そして次のメッセージも、そしてその次のメッセージも同じ内容だった。


 一向に止む気配のない着信音を遠くに聞きながら、私はバルコニーで夜風を浴び、扉の向こうで青ざめて崩れ落ちた夫の姿を眺める。


 高潔なはずの貴族家が、一夜にして瓦解していく。


「あぁ……なんて素晴らしい夜でしょう」


 私は手元の赤ワインを口に含み、最悪の結末を迎えた夫の姿を、まるで最高級の舞台演目でも眺めるかのように、心ゆくまで堪能した。


 元より私には、初夜も結婚生活も必要ないもの。


 用済みになった「欠陥品」が破滅していくのを、ただ静かに見届けることが私の結婚生活と言えばそうなのだろう。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 朝の陽光が、寝室に降り注ぐ。


 窓の外からは、遠く王都の喧騒が聞こえるが、それは昨夜の宴とは異なり、彼の家の没落を告げる罵詈雑言の嵐だろう。


 私は寝室のソファーで優雅に紅茶を啜る。


 目の前では、昨夜の自信が嘘のように消え失せたヴィクターが、床に膝をついて震えていた。ヴィクターの体が一回り小さくなったように見えるのは気のせいかしら?


「お願いだ……。これ以上は、家が……わたしの人生が終わってしまう……!」


 彼は昨夜の傲慢な態度はどこへやら、にじり寄って来たヴィクターが私のガウンの裾に縋り付こうとする。


 私はそれを、汚物を見るような目で避けた。


「終わる? ええ、終わりますわね。あなたの家も、あなたの地位も、何もかも」


 背後では、忠実な侍女が冷徹な手つきで、ヴィクターの家の資産を没収するための公的書類を並べている。


 昨夜のうちに、私の実家と国王直属の監査局を動かしておいたのだ。


「君は、初夜の拒絶だけでここまで……!」


「拒絶? いえ、違いますわ」


 私は紅茶のカップをソーサーに置き、彼の顎を指先で持ち上げる。私の瞳には、かつての夫としての威厳など欠片も残っていないことが自分でもわかる。


「私は最初から、あなたの家を『更地』にするつもりでしたの。あなたは私の計画における、もっとも無能で、もっとも利用価値のある『踏み台』に過ぎませんわ」


 ヴィクターが絶望に顔を歪める。


 その惨めな姿を視界の端に追いやりながら、私は侍女から渡された次の封筒を受け取る。


「さあ、お行きなさい。あなたがこれから住むことになる辺境の監獄で、一生かけて罪を償うのです」


 ヴィクターが王宮から派遣された兵に引きずり出されていくのを見届け、私は窓辺に立つ。


 私の本当の目的は、この国の中枢に巣食う「真の黒幕」を炙り出すこと。


 ヴィクターという駒は捨てた。次は、誰の化けの皮を剥いで差し上げましょうか。


「次は……貴方かしら?」


 私は、遠く王宮の塔に視線をやり、誰にも聞こえない声で呟いた。


 私の無双劇は、まだ幕を開けたばかり。


 ```


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ヴィクターが去った後の屋敷で、私は溜まっていた公務を片付けていた。そんな私のもとに届いたのは王宮からの舞踏会の招待状だ。


 差出人は、この国の王太子。ヴィクターの家を唆し、私の実家を陥れようとしていた黒幕その人である。


「お嬢様、王太子殿下からの招待状でございます」


 忠実な侍女、マリベルが恭しく差し出した銀のトレイには、王家の紋章が輝いていた。


 私はそれを手に取り、冷ややかに笑う。


「ふふ、よくもまあ、平然と招待状を送れるものですね」


 舞踏会は、ヴィクターを排除した私への牽制か、あるいは懐柔のつもりか。


 どちらにせよ、これ以上ない好機だ。


 私はマリベルに目配せをする。


「マリベル、衣装を用意して。最高に美しく、そして『最も恐ろしい』ものを」


「畏まりました。最高の一着を、そして鉄扇の準備も怠りませんわ」




 王宮の広間。華やかな社交の場は、一瞬にして静まり返った。私が現れたからだ。


 ヴィクターの家を一夜で崩壊させた「冷徹な令嬢」として、私の名は既に王都中、いや、国中に知れ渡っている。


 王太子が近付いてくる。彼の表情は余裕に満ちていた。


「伯爵令嬢。君の昨夜の活躍、見事だったよ。だが、王宮で暴れるような真似は許さん」

 彼は私を脅し、支配下に置こうとしている。


 私はその言葉を無視して、王太子の手元をじっと見つめた。


 彼が持っている扇子。そこには、私の実家が代々管理していたはずの「秘宝の紋章」が刻まれている。


 私はマリベルから受け取った黒塗りの鉄扇を、ゆらりと開いた。

 カチリ、と硬質な音が広間に響く。


「殿下。一つ、お尋ねしてもよろしいかしら」


「なんだ?」


「その扇子、どうして貴方が持っているのですか? ……まさか、私の実家の滅亡を望んだ結果、泥棒に成り下がったわけではないでしょうね」


 王太子の顔色が青ざめる。


 私は微笑を深め、周囲の貴族たちにも聞こえる声で告げた。


「皆様、お聞きください。殿下は、この国の富を盗み、あまつさえ他家を陥れようとする、卑しき『泥棒』でいらっしゃいますわ」


 会場がどよめく。


 王太子が激昂し、兵を呼ぼうと手を上げたその瞬間。


「失礼いたしますわ、殿下」


 マリベルが影のように現れ、殿下の腕を鉄扇で軽くいなすと、そのまま殿下を床に正座させた。


 完璧な礼儀作法で、王宮の防衛線を突破したのと同じように。


「さて、殿下。裁判を始めましょうか。ここにあるのは、貴方の悪事の全記録ですわ」


 私は懐から、さらなる『証拠』の束を取り出した。


 これで王太子の命運も尽きた。


 私の無双劇は、まだ終わらない。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 広間を埋め尽くす貴族たちが、戦慄と共に私とマリベルを見つめていた。


 王太子は、泥を塗られたかのように床に這いつくばり、騎士団に連行されていく。


 彼が握りしめていた私の実家の秘宝は、すでに私の手元へ戻っている。


「……終わりましたわね、お嬢様」


 マリベルが静かにそう言い、私の背後に控える。

 彼女の顔には、安堵と、かすかな誇らしさが混じっている。


「ええ。長かったわね」


 私は王宮の窓から、朝焼けが広がる街を見下ろした。王都の空気は、これまでよりもずっと清浄に感じられる。


 その日のうちに、王宮からは正式な謝罪がなされ、私の実家が陥れられていた事実は公式に訂正された。


 私を追放しようとした者たち、私の居場所を奪おうとした者たちは、等しく裁きを受けた。


 屋敷に戻ると、私は手放していた鉄扇を、そっと机の上に置いた。


「マリベル。もう、戦う必要はないわ」


「はい。お嬢様が望むなら、いつでも私は剣を、いえ、エプロンを外します」


 彼女はそう言って、私に淹れたての紅茶を差し出す。


 彼女との絆は、この戦いの中で誰よりも深く、そして固いものになった。


「さて、次はどんな人生にしましょうか」


 私はカップを傾け、窓の外を眺める。


 これからは、他者の思惑に左右されることはない。私は自分の足で立ち、自分の望む未来を、私の手で築いていくのだ。


 私は微笑みを浮かべた。


 たとえまた何かが私の人生を脅かそうとしても、その時はまた、最高の礼儀作法で、鉄扇を手に取るまで。


「まずは、少し遠くへ旅でもしましょうか。行きたい場所がたくさんありますの」


 私の無双劇は、これにて幕を引く。

 だが、私の物語は――今日、ようやく本当の始まりを迎えたのだ。



(完)



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