PRAYER 04 Monopoly&Corollary
――12時頃/アーク・リットの厨房――
依頼人の男は、休憩中の合間を縫って話しに来てくれた。
「……ええ。確かに妻は一口も飲めません。だから、酒に酔って、なんてことは無いと思います。」
リシェルは今日、三つ目のクロワッサンを頬張りながら、冷めた目で男を見つめる。
「お酒じゃない。……なら、薬物かな? ……でもなぁ…死体を見てみないことには何も分からないし……。」
リシェルはパンを飲み込み、椅子から立ち上がり机を叩いた。
「そうだ!……非常に失礼なお願いですが。お墓を掘り起こさせてください。」
「な……っ! 」
男は絶句し戸惑った。だが、リシェルの一切の迷いの無い瞳に、死者への冒涜を通り越し男の迷いを打ち払った。あるのは「確証」への渇望だけ。
「……分かりました。妻の死の真相が分かるなら涜神でもなんでも……あんな終わり方、妻も納得しない。お願いします。」
「よし!そうと決まれば……今夜実行だね♡」
リシェルは椅子に座りクロワッサンに手を伸ばすとモスに取り上げられ睨まれた。リシェルは膨れっ面を浮かべたのち依頼人に聞いた。
「そう言えば……奥さんの死の詳細を聞いてなかったんだよね……。」
男は記憶を捻り出す。
「さぁ……私には。ただ妻の遺体が運ばれて何処で亡くなったかも聞かされてません。ただ首を括って亡くなったとだけ聞かされました。……あっ!でも妻は亡くなる前日に『ハリソン課長が担当のヴィクター劇場の融資相談に同行する』と言ってました。」
リシェルは深く考え込んだ……。
――22時頃/ ホワイトチャペル外縁墓地――
湿っぽい霧が地面を這う、月明が仄かに届くと暗闇の中で、2人は、手慣れた手つきでシャベルを土に突き立てる。隣に土がモリモリと盛られている。
「……そういえば、リシェルさん。よくテルールさんに小袋、渡してますけど……中身は何だったんですか?」
墓石に腰掛け、土に塗れながらスコーンを食らい土を掘るリシェルは、事もなげに答えた。
「ああ、あれ? 薬物だよ。アヘンだったかな。あの子へのお駄賃」
モスの手が止まり、見上げる。
「は!?。あぁ……アヘン……なんですね。」
「テルールって薬物中毒なんだよね。あの子はあれがないと、仕事出来ないんだよ。クロロ様もそれの賜物って言うか……この街じゃ、正気でいる方が難しいでじゃん?」
砂を掻っ捌く音が響く。
「てか……何処で手に入れてるんです?リシェルさん病院や薬局は大嫌いじゃないですか。…もしかして……。」
少し苦笑いをしながら答えた。
「そうだよ……パン屋で使ってる質の良い小麦粉と同じでアレスターファミリーから貰ってるんだ。でも!テルールが中毒なのは私のせいじゃないよ……。元からああだったんだから。」
スコーンの全て飲み込むリシェルの「目的のためなら手段を選ばない」狂気が、夜の冷気よりも鋭くモスを貫く。だがそれよりも、心配と呆れが勝っている。
「リシェルさん。アレスターファミリーに恩を着るのは良いですけど……いつか厄介な事になりますよ。」
……ザッサッ――カチコン。
シャベルが硬い木箱に当たった。
「あったよ♡」
二人は重たい棺を手早く引き出し、その蓋を開けた。
「……失礼するね、奥さん」
リシェルは仕事用の薄い手袋をはめ、ランタンの光を遺体にかざした。数日が経過ている、そこまで腐敗は始まっていない。首筋には、はっきりとした索溝の跡が残っている。そして顔面には、絞死特有の激しい鬱血。
「……死因は、首を吊った事による窒息で間違いない。……となると、毒物の可能性はなくなった。毒を飲まされたなら、首を吊る前に心臓が止まるから、鬱血の後はでないね。」
リシェルは遺体の首筋を指先でなぞり、首の骨の折れ方を確認する。
「……やっぱり、生きたまま吊るされてる。でも、争った形跡もない。手足に縛られた跡もない、抵抗して引っ掻いた後があるから眠らされた可能性も低い……ねえ、モス。この奥さん、『自分から縄に首を通した』みたいに見えるねぇ。?」
湿った土の香と、死臭が混ざった、隅墓地の影。
二人が棺の中の「違和感」を考察している姿をのぞく一人の男……アーサー・コナン・ドイルは、手帳を片手に、月明かりを反射するリシェルの行動を遠方から観察していた。
「……ほーう。墓を暴くか。死神とはそこまでやるのだね。さてと……被害者とハリソンは、被害者と『ヴィクター劇場』に融資金相談で赴いていたという記録。……となると、凶器は『あれ』と推測するか……。」
ドイルは口角を上げて、独り言を吐き捨てる。
「果たして、あのパン屋の娘たちはそこまで辿り着けるか? ……まぁ劇場に着けばわかるだろう。まったく……真相を見届けるのがゾクゾクしてたまらないな。」
ドイルは手帳を閉じると、退屈そうに首骨を鳴らした。
しかし見守るだけでは、物語が単調だと考え、彼は少しばかりの「毒」を放つ事にした。
「――おい! そこで何をしているッ!」
静寂を切り裂くような、野太いドイルの偽怒声が墓地に響き渡った。
「けげげっ! 管理人!?」
リシェルが飛び上がる。
「リシェルさん、ずらかりましょう!」
モスは瞬時に棺の蓋を閉め、最低限の土を被せると、リシェルと共に霧の奥へと姿をくらました。
背後から追いかけてくる足音や怒鳴り声は聞こえない。ただそこにあるのは、愉快な微笑みを浮かべるドイルと彼の視線の先にある柔らかい地面だった。
――22時40分頃/ホワイトチャペル近辺の道端――
「はぁ、はぁ……! もう、びっくりしたぁ……。心臓止まるかと思ったぁ。」
月明かりは手を膝につくリシェルを照らす、乱れた髪と共に息を整える。
「……おかしいですね。管理人の割には、追いかけてくる気配がありませんでした」
モスは不審そうに墓地の方角を振り返ったが、ただそこには、霧が冷たく滞留しているだけだ。
「まあいいや。それよりモス、死因は絞殺でまちがいない……なら今度は奥さんがハリソンと同行したって言
う劇場に行ってみようか……。」
「……えぇ。そうですね。此方からは、『ハリソンからの依頼でパンの差し入れを持ってくる。』と言うふうに伝えておきます。」
「頼んだよ……モス。劇場を調べれば、ハリソンがどうやって彼女を『大人しく』吊るし上げたのか、その答えがある」
リシェルは空腹を思い出したのか、懐から潰れたクロワッサンを取り出し、不敵な笑みを浮かべガブリと喰らい付いた。




