追放された無能力者の私が、実は伝説の魔法使いだったらしい。今さら土下座されても遅いんですけど?
魔力測定の水晶が、何も反応しない。
いつものことだ。
リリアーナは無表情のまま、王宮魔法使いの冷たい視線を受け止めた。
「やはり、何の魔力も感じられません。リリアーナ様は魔力を持たぬ、ただの平民と変わりませぬ」
周囲から漏れる嘲笑。
母が平民だった。それだけで、リリアーナは伯爵家の厄介者だった。腹違いの妹アメリアは強大な魔力を持ち、父も継母も妹ばかりを可愛がった。
リリアーナの部屋は使用人部屋より狭く、食事はいつも残飯だった。殴られ、蹴られ、魔法で焼かれることもあった。
それでも、婚約者のエドワードだけは優しかった。
そう思っていた。
「リリアーナ、婚約は破棄させてもらう」
王子であるエドワードが冷たく告げた。隣には妹のアメリアが、勝ち誇った笑みを浮かべている。
「アメリアと恋に落ちた。君のような無能力者では、王妃は務まらない」
リリアーナの喉が、震えた。
「そう、ですか」
「それと、君が僕の時間を無駄にした慰謝料として、金貨百枚を請求する。一週間以内に支払えなければ、投獄だ」
金貨百枚。リリアーナが一生かけても稼げない額だ。
「払えないなら、王国から出て行け。二度と戻ってくるな」
その夜、リリアーナは荷物もまとめず、王都を後にした。
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隣国エルトリア。
森の中で行き倒れかけたリリアーナを拾ったのは、黒いローブを纏った魔法使いだった。
「君、魔力が封印されているね」
アルベルトと名乗った青年は、リリアーナの額に手を当てた。
温かい。
生まれて初めて感じる、優しい温もり。
「封印? 私には魔力なんて」
「いや、ある。それも、とんでもない量がね」
アルベルトの指先から光が溢れる。リリアーナの額に刻まれていた、見えない呪印が浮かび上がった。
「これは、誰かが意図的に施した封印だ。おそらく、君が幼い頃に」
継母の顔が浮かんだ。
あの女は、リリアーナが生まれた時から憎んでいた。もしかして。
「解いてもいい?」
アルベルトの声が優しい。
リリアーナは頷いた。
光が弾けた。
体の奥底から、何かが溢れ出す。
空が、割れた。
雷が落ち、大地が揺れ、風が渦を巻く。リリアーナの髪が銀色に輝き、瞳が金色に変わる。
「すごい、魔力だ」
アルベルトが目を見開く。
「君は、ただの魔法使いじゃない。おそらく、伝説の賢者の」
そこで言葉を止めた。
自分も、同じだからだ。
アルベルトは隠していた。自分が滅びた古代魔法王国の最後の王、その転生体であることを。そして目の前の少女が放つ魔力の波動は、かつて自分と共に世界を救った賢者と同じものだった。
だが、言えない。
言ってしまえば、彼女は自分を利用価値のある存在としか見なくなるかもしれない。
「伝説の、賢者?」
リリアーナが首を傾げる。
「いや、何でもない。とにかく、君の魔力はこの国でもトップクラスだ」
アルベルトは笑った。
「僕の弟子にならないか? 魔法を、一から教えよう」
リリアーナの目に、初めて光が宿った。
「本当に、いいんですか」
「ああ。それに」
アルベルトは少し頬を赤らめた。
「君といると、なんだか落ち着くんだ」
それから、二人の日々が始まった。
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アルベルトの家は森の奥深く、小さな木造の家だった。
「魔法の基礎から教える。まずは魔力の制御だ」
毎朝、森で魔法の訓練。
リリアーナは驚くほど早く、複雑な魔法を習得していった。炎、氷、雷、治癒。あらゆる属性の魔法が、彼女の手から溢れ出す。
「すごいな、君は」
アルベルトが微笑む。
その笑顔に、リリアーナの胸が締め付けられた。
昼は魔法の勉強。夜は二人で料理を作り、暖炉の前で本を読んだ。
アルベルトは何気ない仕草で、リリアーナの髪を撫でた。
「リリア、今日もよく頑張ったね」
リリア。
彼だけが呼ぶ愛称。
リリアーナの頬が熱くなる。
でも、アルベルトには言えない。
自分が、彼に恋をしてしまったことを。
アルベルトもまた、言えなかった。
リリアーナのために、世界を敵に回してもいいと思っていることを。彼女の笑顔のためなら、自分の命さえ惜しくないことを。
二人は互いに、相手には言えない秘密を抱えていた。
そして、互いが伝説の存在の転生体であることも、まだ知らなかった。
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半年が経った頃。
「リリア、魔法学院の試験を受けてみないか?」
アルベルトが提案した。
「エルトリア王立魔法学院。この国で最高峰の学び舎だ」
リリアーナは少し迷ったが、頷いた。
試験当日。
リリアーナが放った魔法に、試験官たちが凍りついた。
「こ、これは」
「伝説の『七属性同時行使』」
「そんな、数百年に一度の天才が」
リリアーナは満点で合格した。それどころか、教師たちが彼女に教えを請いたいと言い出す始末だった。
噂は瞬く間に広がった。
「銀髪金眼の天才魔法使いが現れた」
「エルトリア始まって以来の逸材だ」
その噂は、隣国にも届いた。
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「何、リリアーナが生きている?」
王子エドワードが、玉座で立ち上がった。
「それも、エルトリアで魔法学院に首席入学したと」
「嘘だ。あいつは無能力者だった」
側にいたアメリアの顔が青ざめる。
「魔力が、封印されていた可能性は」
継母が震える声で言った。
「まさか、本当にあの娘が」
数日後、エルトリアからの使者が来た。
「我が国の至宝、リリアーナ様をお返し願いたい」
「何を言っている。彼女はこの国の」
「追放したのは貴国です。今さら何を」
使者は冷たく言い放った。
「それに、リリアーナ様は既にエルトリアの宮廷魔法使いとして、迎え入れることが決まっています」
エドワードの顔が蒼白になった。
宮廷魔法使い。
国の最高位の魔法使いにのみ与えられる称号。
「待て、彼女は元々この国の」
「追放した者に、何の権利が」
使者は踵を返した。
エドワードは、初めて後悔した。
自分が、何を失ったのか。
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その夜、リリアーナの元に一通の手紙が届いた。
エドワードからだった。
『リリアーナ、君を失ったことを後悔している。戻ってきてくれ。婚約も、復活させよう』
リリアーナは手紙を破り捨てた。
「師匠」
アルベルトが心配そうに覗き込む。
「大丈夫、ですか」
「ええ。もう、あの人たちのことは、どうでもいいんです」
リリアーナは微笑んだ。
「今は、あなたと一緒にいられる時間の方が、ずっと大切だから」
アルベルトの頬が赤くなる。
「リリア、僕も」
言いかけて、止まった。
言いたい。
君を愛していると。
でも、自分は君に相応しくない。
君は伝説の賢者の転生体だ。そして自分は、かつて世界を滅ぼしかけた魔法王の。
そんな自分が、君を幸せにできるのか。
リリアーナもまた、思っていた。
こんな私が、師匠を愛していいのだろうか。
私は追放された、価値のない存在だったのに。
二人は互いを想いながら、言葉にできないまま、夜が更けていった。
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数ヶ月後。
エルトリア王立魔法学院の卒業式。
リリアーナは首席で卒業し、宮廷魔法使いの称号を授けられた。
式の後、アルベルトが彼女の手を取った。
「リリア、話がある」
二人は森の奥、初めて出会った場所に来た。
「僕は、君に嘘をついていた」
アルベルトが静かに言った。
「僕の正体は、古代魔法王国の最後の王、アルトゥスの転生体だ」
リリアーナの目が見開かれる。
「そして、君は」
「私は、その時代の賢者、エリシアの」
二人の言葉が重なった。
沈黙。
そして、笑い声。
「なんだ、お互い様だったんですね」
「ああ、そうだな」
アルベルトがリリアーナの手を強く握る。
「リリア、前世でも、僕は君を愛していた。そして今も、変わらず愛している」
「師匠」
「もう、師匠とは呼ばないでくれ。僕の名前を呼んで」
「アルベルト」
リリアーナの瞳から涙が溢れる。
「私も、ずっとあなたを愛していました」
二人は抱き合った。
その瞬間、空が輝いた。
古代の魔法陣が二人を包み、光の柱が天に昇る。
二つの魂が、再び結ばれた証。
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その後、リリアーナとアルベルトの結婚式がエルトリアで盛大に執り行われた。
招待状は、かつてリリアーナを追放した者たちにも送られた。
エドワードは、式場の最後列でそれを見ていた。
銀髪を輝かせ、幸せそうに微笑むリリアーナ。
彼女を抱きしめる、黒髪の魔法使い。
「なんて、美しいんだ」
アメリアが悔しそうに呟く。
「あの力が、あの地位が、本当は全部私のものだったのに」
だが、もう遅い。
リリアーナは二度と、あの国には戻らなかった。
そして数年後。
リリアーナを追放した国は、魔物の大群に襲われた。
助けを求める使者が、エルトリアに来た。
「お願いします。リリアーナ様の力を」
「お貸しください」
エドワードが土下座した。
リリアーナは冷たく見下ろした。
「お断りします」
「そんな」
「私を追放したのは、あなたたちです。今さら助けてほしいと言われても、知りません」
リリアーナは踵を返した。
アルベルトが彼女の肩を抱く。
「行こう、リリア。こんな奴らのために、君の時間を使う必要はない」
二人は手を繋いで、去っていった。
その後ろ姿を、エドワードたちは呆然と見送ることしかできなかった。
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それから十年後。
リリアーナとアルベルトには、三人の子供が生まれた。
皆、強大な魔力を持つ、美しい子供たちだった。
「パパ、ママ、見て見て!」
一番下の娘が、小さな手から炎を出す。
「すごいね」
リリアーナが娘を抱き上げる。
アルベルトが二人を後ろから抱きしめた。
「リリア、幸せか?」
「ええ、とても」
リリアーナは微笑んだ。
あの日、追放されて本当に良かった。
あの苦しみがなければ、この幸せには辿り着けなかった。
「ありがとう、アルベルト」
「こちらこそ。君に出会えて、僕は本当の人生を手に入れた」
二人は口づけを交わした。
遠く、かつてリリアーナを追放した国は、既に滅んでいた。
魔物に蹂躙され、王城は廃墟と化し、エドワードもアメリアも、もうこの世にはいない。
因果応報。
自業自得。
それだけのことだ。
リリアーナは、もう振り返らない。
大切な家族と、愛する夫と共に。
新しい未来を、歩んでいく。
それが、彼女の選んだ、幸せな人生だった。
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