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今日も、精霊と魔法日和  作者: July
第2章 眠れる水鏡と秘密の願い
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3

 魔道具店の奥で、水鏡はまだ弱々しい光を揺らめかせている。


 ルアは青年、カイルから預かった木箱をそっと開け、精霊に語りかけた。


「君は長い間、誰かの願いを映してきたね。けれど、最近答えを返せなくなったのは……怖さのせいだろう?」


 水鏡の表面に細いひびが入ったかのように光が震える。

 その奥には、確かに小さな存在の心が息を潜めていた。


(……んー。やはり、自分が間違った答えを返すことを恐れてる。)


「大丈夫だよ。誰も責めたりしない。君が正直に答えればいいだけだ」


 水鏡がゆっくりと応えるように、表面の光が広がり始めた。


「君は鏡でありながら、人の願いを映すだけじゃない。君自身も、願いを持っていい」


 カイルは息を飲み、話し出した。


「……僕は……ずっと、父のことを恨んでいました。幼いころに家を出て行った父を、憎んで……でも、本当は会いたくて……」


 ルアは優しく頷く。


「本音を打ち明けることは勇気がいる。でも、精霊はその勇気に応えようとする」


 水鏡の表面に、かすかな光が渦を描き、微かに声が聞こえた。


「……会いたい……」


 カイルの目に涙が浮かぶ。

 幼い日のわだかまり、憎しみ、寂しさ――すべてが一気に解けるように、胸の奥から温かさが広がった。


 ルアは微笑み、手をカイルの肩に置く。


「精霊は、正直な気持ちに応える。それだけで、道具は生き返るんだ」


 水鏡の光が、揺れる波紋の中で輝きを増す。

 ついには、はっきりとカイルの願いを映し出した。


「……見える……父さんが、笑ってる……!」


 カイルは声を詰まらせ、震える手で水鏡を抱きしめる。

 精霊もまた、応えたのだ。長く封じ込められた感情を、やっと表に出すことができた。



 その時、店の床が微かに震えた。


(……やはり)


 ルアは静かに目を細める。

 街の地下深くで、土精霊の力が未だ収まっていない。

 ギメルの工房で鎮めたはずの波動が、まだ小さく揺れている。


「カイルくん、少しだけ待っていて。土精霊の方も確認しないと」


「……はい」


 ルアは店を出ると、路地を抜け、工房のあった街外れの方向へ向かう。


 地面の奥に潜む揺らぎは、微かにうなり声のように響く。

 深い土の中から、力強い存在の感情が渦巻いている。


(……来るな、暴走するな……)


 ルアは意識を沈め、土の精霊と呼応する。


(落ち着け、無理をするな。君の力は十分に強い。でも、壊れてしまう必要はない)


 土精霊は微かに震え、揺れを抑えるように身を縮める。

 荒れ狂う波は徐々に静まり、ゆっくりと呼吸が戻った。


「よし、これでとりあえずは大丈夫かな」


 ルアは深く息をつき、肩の力を抜いた。

 目の前に広がる静かな街路には、夕陽が淡く染み渡っている。


 再び店へ戻ると、カイルが水鏡を抱きしめたまま、目を輝かせていた。


「……ルアさん、ありがとうございました。これで、やっと……本当に、向き合えそうです」


 ルアは微笑み、棚の上に置いた精霊たちに目をやる。


「精霊は、君たちの心に応えるために存在している。だから、本音を伝えれば、必ず答えてくれるんだ」


 カイルは深く頷き、安心した表情で店をあとにした。


 カイルが店の戸を閉めた瞬間、遠くの路地で風がそよぎ、かすかな鈴の音が響いた。


(……まだ、街には多くの精霊たちが待っている)


 ルアは肩にかけたマントを直し、静かに笑った。


「さて……次の奇跡は、誰のもとへ」


 夕陽に染まる街並みの中、魔道具店ルアの小さな冒険は、まだ始まったばかりだった。


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