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今日も、精霊と魔法日和  作者: July
第2章 眠れる水鏡と秘密の願い
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2

 夕暮れ前、魔道具店の小窓から差し込む光は、棚の間を柔らかく縫うように広がっていた。


 ルアは店の奥で、レンが預けた水鏡の状態を静かに見守っていた。


 水鏡はまだ完全には応えていない。表面に揺れる波紋は小さく、光もちらほらと瞬く程度だ。

 それでも、レンの心が少しずつ鏡に届き始めた証拠だった。


「レンくん、もう少しで心が鏡に届くと思う」


「……でも、どうして急に答えをくれなくなったんでしょう」


「人は、時々自分の心を隠すことがある。悲しみや不安、怖さを抱え込むと、精霊もそれを感じ取って動けなくなるんだ」


 レンはうつむき、静かに頷いた。

 その背中から、誰かに見守られているような安心感が漂う。


 ルアは水鏡に手をかざし、精霊の内側にそっと意識を沈める。


(……君、本当は何を伝えたいんだい?)


 水鏡の中で、弱々しい風のような声がかすかに響いた。


(……僕は、もう……隠したくない……でも、怖い……)


 その声は、レンの感情そのものだった。

 願いの奥にある恐怖、拒絶されるかもしれない不安――それが、精霊の動きを止めていた。


 ルアは目を閉じ、深く呼吸する。


「怖いと思う気持ちは、否定しなくていい。精霊は、そのままの君を見たいだけだから」


 水鏡の表面が、わずかに震えた。

 光の輪が一度は途切れそうになったが、再び小さく灯る。


 レンは勇気を振り絞って声を震わせる。


「……僕、ちゃんと勉強できないけど……家族に見てほしいんです。僕が努力していることも、失敗してしまうことも……全部、知ってほしいんです!」


 その瞬間、水鏡は小さく震え、表面に光が広がった。

 鏡の中で、まるで水面が波立つように、レンの家族の笑顔や日常の一瞬が映し出される。


「……見えた……!」


 レンの目が潤む。

 水鏡の精霊も、波紋を通して感情を返している。


 ルアは優しく微笑む。


「まだ全部ではないけれど、君の本心が少しずつ伝わっている。精霊は、それを喜んでいるよ」



 しかし、ルアの意識は同時に別の場所にも向けられていた。

 街の地下で、微かに揺れている“土の精霊”の気配。

 先日、ギメルの工房で暴れた精霊の残響が、未だ深く沈み込んだまま、力を求めてうごめいている。


(……水鏡の精霊は安定してきた。だが、土の方はまだ警戒が必要だ)


 ルアはレンに目を向ける。


「レンくん、今日はもう少しここで水鏡と向き合ってみよう。無理に答えを引き出す必要はない。君の心の動きに合わせて、少しずつ鏡も応えてくれる」


「……はい」


 レンは深く頷き、水鏡を抱きしめた。

 その手の温かさが、鏡に伝わるのか、波紋がゆっくりと広がる。



 そのとき、店の扉が再び鳴った。


「ルアさん、ちょっとお尋ねしたいことがあって」


 声の主は、背の高い青年だった。


「いらっしゃい。どうぞ、店の中へ」


 青年は一歩踏み入れ、周囲の魔道具を目に止める。


「……実は、ある魔道具に異変が起きていまして。何とか直してほしいのですが」


 ルアはゆっくり頷き、青年の持ち物に目をやった。


 ――そこには、小さな木箱があった。

 蓋を開けると、内部の水鏡とは違う、不思議な光を宿した古い魔道具が見える。


「……これは?」


「声を失った水鏡です。長い間、家族の願いを映してきましたが、最近、何も映さなくなったんです」


 ルアは深く息をついた。


(……この街には、まだ多くの精霊が心の行き違いで苦しんでいる。水鏡も、土精霊も……)


 青年は箱を差し出す。


「どうかお願いします。もう手に負えなくて……」


 ルアはゆっくりと箱を受け取り、水鏡を手に取る。


「大丈夫。君の願いを、精霊に伝えればいい」


 その瞬間、水鏡の表面がかすかに光を返した。

 まるで、ルアの言葉を待っていたかのように。

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