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今日も、精霊と魔法日和  作者: July
第2章 眠れる水鏡と秘密の願い
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1

 午後の街路は、昼間の光で白く照らされていた。


 子どもたちの声や市場の喧騒が遠くに響き、路地裏の魔道具店ルアは、静かに佇む影のようだった。


 店内の魔道具を眺め、観察しながら店奥の小さな水鏡の前で、ルアの指先が止まった。


 水鏡は、普段は所有者の思いを映し出す魔道具。

 しかし今、その表面はどこか濁り、微かに揺れるだけで声を失っていた。


(……君もか)


 ルアは小さく溜息をつく。

 沈黙する魔道具は、単なる“故障”ではない。

 人と精霊の間に小さなすれ違いが生じることで、力を閉じてしまうのだ。


 そのとき、扉の鈴が鳴った。


「……いらっしゃいませ」


 声の主は、年の頃なら十七、八ほどの少年だった。

 肩に背負ったリュックには、少し重そうな布箱が収められている。


「あの、こんにちは……これを……見てもらえますか?」


 少年の手元には、古びた水鏡。

 縁には小さな装飾が彫られ、表面はかすかに光を反射する。だがその光は弱く、まるで眠っているかのように静かだった。


「名前は?」


「レンです。……家に伝わるものなんですけど……最近、声を聞かせてくれなくなって」


「声?」


「はい。いつもは、水鏡に話しかけると答えてくれるんです。未来や、困ったことを映してくれるんですけど……。最近、黙ったままで」


 ルアはそっと水鏡に触れる。

 表面はひんやりとしており、内部から微かな波紋が揺れているだけ。


(……人の心が、届いていない)


 ルアは少年に優しく微笑む。


「レンくん、この水鏡は君の心の奥を、まだ理解できていないようだ」


「え……?」


「魔道具の精霊は、人の表面だけを見てはいない。心の奥底を感じて、答えを返すんだ」


 レンは少し戸惑ったように水鏡を見つめる。


「僕の心の奥……?」


「君が何を思っているのか、ちゃんと映せば、水鏡もまた答えてくれるよ」


 レンはそっと唇を噛む。

 手元の水鏡が、まるで息を潜めているように静かだ。


「……僕は……本当のことを、あまり家族に話せなくて……。だから、水鏡に聞いてほしかったのに……」


 ルアは頷く。


「分かるよ。君の心の中で、伝えたいことと、恐れが混ざっているんだね」


 水鏡がかすかに揺れる。

 微かな波紋は、まるで「うん」と答えるように震えた。


 ルアは指先でそっと水面をなぞる。


「心の奥を映すには、勇気が必要。でも、怖がらなくていいよ。少しずつ、精霊は応えてくれる」


 レンは息を整え、ゆっくりと水鏡に向き直った。


「……じゃあ……話してみます」


 その瞬間、店内の空気が一瞬、静かに張りつめる。

 水鏡の表面が、波紋を描き始めた。


 ――ルアは目を細める。


(……これは、少し強い感情だな)


 レンの心の中の葛藤が、水鏡の精霊に伝わり、表面に微細な震えを生じさせている。

 しかし、それは暴力的な感情ではない。

 むしろ――真剣な願いが混ざった、強い焦燥だった。


「……父さん、母さん……。僕、最近ちゃんと勉強してないし……友達とも……」


 レンの声は震え、息が詰まりそうになる。

 しかし、水鏡は少しずつ答えを返そうとしている。


 微かに、表面に光が灯った。


「……! 水鏡さん……!」


 ルアは静かに笑む。


「少しずつだ。焦らなくていい。君の気持ちを、ひとつひとつ伝えていけば、必ず応えてくれる」


 レンは深く息を吸い込み、もう一度心の奥を整理する。


「……僕、本当は……父さんと母さんに、認めてもらいたいんです。勉強できなくても、ダメでも、ちゃんと自分を見てほしいんです」


 その言葉が、水鏡の表面を揺らす。

 波紋が小さく、しかし力強く広がっていく。


 ルアはそっと手を添え、精霊に話しかける。


「ねえ、水鏡よ。レンくんの気持ちは、本当に真っ直ぐだよ。どうか答えてあげて」


 水鏡の表面に、一瞬、レンの家族の姿のような光景が映し出された。

 レンは驚きと喜びで目を見開く。


「……見えた……! 家族が……」


 ルアは微笑んだ。


「まだ全部ではない。でも、少しずつ君の本心を映すことができるようになったね」


 レンは水鏡を胸に抱きしめ、少し涙を浮かべた。


「ありがとうございます、ルアさん……!」


 ルアは優しく頷く。


「さて……問題はこれからだね。街の奥で微かに揺れていたあの感情……まだ放置できそうにない」


 ルアは店の奥に目を向けた。

 土の精霊の小さな波動と、水鏡の精霊の反応が、遠くで微妙に絡み合っている。


(……やはり、街全体の精霊が、何かを求めている)


 扉の向こうには、まだ見ぬ依頼者がいる予感。

 ルアは微かに息をつき、覚悟を決める。


「よし……次の奇跡を、始めようか」


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