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今日も、精霊と魔法日和  作者: July
第1章 風のペンダントと、嘘をつけない少女
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2

 昼に近づくにつれ、魔道具店の空気はすこしずつ温かみを帯びてきた。


 窓から差し込む光が、棚に並ぶ道具たちを柔らかく照らし出す。


 ミナは緊張した様子のまま椅子に座り、じっと自分のペンダントを見つめていた。

 ペンダントの中の風精霊は、依然として閉じこもったまま。


 昨日の透き通るさざ波のような羽音は、まるで陽炎のように消えてしまっていた。


「……ミナちゃん、すこし散歩しようか」


「……え?」


「体がこわばったままだと、気持ちも固くなるからね。学校に行く前に、風にあたりに行こう」


 ミナは戸惑いながらも、ゆっくりと頷いた。


 ルアは店の鍵を掛け、小さな布袋に魔道具を数点入れると、ミナと並んで歩き出した。



 街は昼前の柔らかなざわめきに包まれていた。

 道端のパン屋からは焼きたての香りが漂い、子どもたちの笑い声が遠くから響いてくる。


「……ねえ、ルアさん」


「ん?」


「ほんとうに……わたし、ちゃんと伝えられるかな」


「伝えようとする気持ちがあれば十分だよ」


「でも……うまく言えなかったら?」


「うまく言えなかった分は、心がちゃんと補ってくれるよ」


 ミナはきょとんとする。


「心が……?」


「うん。言葉はときどき嘘をつくけど、心は嘘をつけない。精霊も、人もね」


 ミナは自分の胸に手を当てた。


「……心って、そんなに見えるものなの?」


「見えるんじゃなくて、届くんだよ」


 ミナはしばらく黙って歩いた。

 やがて、学校の角が見えてくる。


 その門の近くに、三人の子どもが固まっていた。

 一人の赤い帽子の少女が、落ち着きなく地面を蹴っている。


「あ……」


 ミナの足が止まる。


「ミナちゃんのお友だち?」


「……うん。……私が怒らせちゃった子……」


 ルアは静かに頷いた。


「大丈夫。僕はここにいるから」


「……うん……」



 ミナがゆっくり歩み寄ると、赤い帽子の少女――ユイが気まずそうに顔をそらした。


「……ミナ、来たんだ」


「……うん。ユイちゃん……昨日は……その……」


 ミナの声は震えている。

 でも、逃げようとはしない。


 ユイは腕を組んだまま、地面の石をつま先で転がす。


「怒ってるわけじゃ……ないよ。ただ……あたし、分かんないんだよ。ミナがなんで急に泣いたのか……」


「……っ」


 ミナの胸がぎゅっと縮んだ。


 ルアは遠くから二人を見守り、手の中で小さな風の魔石を握った。

 緊張の気配が強すぎる場合、ミナの心が折れ、精霊が暴走する可能性がある。


(……頼む。ミナちゃん、逃げないで)


 ミナは深呼吸するように胸元を押さえ、ゆっくり顔を上げた。


「……わたし……本当は……ユイちゃんに嫌われるのが怖かったの」


 ユイの目が瞬く。


「……え?」


「行きたくないって言ったら……怒られるかもしれないって思って……。でも嘘ついたらもっと嫌われちゃう気がして……。それで……なんか……涙が出ちゃって……」


 ミナの声は震え続けている。

 けれど、その心の奥は真っ直ぐだった。


 胸元のペンダントが、かすかに光を帯びた。


「……あたし、嫌わないよ」


 ユイはぽつりと呟いた。


「ミナが泣いたの、びっくりしたけど……でも……そんなこと考えてたんだって……今聞いて、なんか……」


 ユイは耳まで赤くなりながら顔を背けた。


「……あたしも、ちょっと言いすぎた。ごめん」


 ミナの目から再び涙がこぼれる。

 でも、それは昨日のような“怖い涙”ではなかった。


「……ううん……わたしの方こそ、ごめん……!」


 二人がぎゅっと手を握り合うと、ペンダントが温かく震え、透明な風がふわりと舞い上がった。


 ルアは胸を撫で下ろす。


(……よかった。ミナちゃんの心が“届いた”)


 精霊は完全ではないが、確かに外へ出ようとしている。

 閉ざされた殻が、ほんの少し割れたのだ。



 だが――。


 そのとき、遠くで地面がかすかに揺れた。


 ほんの一瞬の振動。

 だが、ルアには分かった。


(……まただ。誰かが……強く、強く……精霊を呼んでいる)


 その“呼び声”はさっきよりも鮮明だった。

 まるで土の底から響いてくるような、深く沈んだ叫び。


 ルアはミナに気づかれないように空を見上げる。


(ミナちゃんの心が届いたのはよかった。でも……街のどこかが、別の意味で“壊れかけて”いる)


 ミナが友達と笑い合う声が戻り、風が柔らかく吹く。


 だが、空気の底には微かなざわめきがあった。

 まるで“嵐の前触れ”のように。


 ルアは静かに息を吐いた。


(……このままじゃ、誰かの精霊が……暴走する)


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